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06

 自転車を押しながら公園の中に入り、おそらく遊びに来た人達が勝手に停めているだけの、実質駐輪場に自転車を停めた。


 公園はとても広く、他の学校の小学生達が休み時間の校庭のように遊んでいる。思ったよりも人は多かったが、端の方にある青いベンチは空いていた。



「あのベンチに座るか」



「そうだね」



 青いベンチへ行くと、オレが先に座った。本当は女子を優先した方が良さそうだが、二人乗りのせいで疲れていたので、気遣う余裕がない。


 一人分くらいのスペースをとって、笹野さんはオレの左側に座ると、持っていた黒い鞄から紙袋を取り出した。



「この前はありがとう。これ、良かったら食べて」



 受け取った紙袋の中には、高そうなお菓子の箱が入っていた。ワクワクしながら蓋を開ける。



「おぉ! 美味そうなチョコレートだ!」



 六個入っているうちの一つ食べると、二人乗りの疲れが吹き飛んだ。



「すげぇ! 今まで食べたチョコレートの中で、絶対に一番美味い! どこで買ったの?」



「ショコラカタブラのチョコレートだよ。イモリとか喋る草とか、変なものは絶対入ってないから安心してね」



「何だよ、それ! そんな心配するわけないだろ」



 変なことを突然言い出した笹野さんに、思わず笑ってしまったが、その理由は全く笑えなかった。



「だって私、魔女って呼ばれてるみたいだから」



 自分が笹野さんのことを、どんなふうに扱っていたかを思い出した。


 他のクラスメイトと服装や雰囲気が違うだけで、何か嫌なことをされたわけでもないのに裏で悪口を言う。本当に最低だった。自分がしたことを、いつの間にか忘れていたのはもっと最低だ。



「ごめん。本当のこと言うと、笹野さんのことをよく知る前は、オレもそう呼んでたよ。でもな、これからは魔女って呼ぶ奴がいたら、オレが注意する」



 もしかしたら、今日で嫌われるかもしれない。だけど、笹野さんの反応は意外なものだった。



「謝らなくていいし、注意もしなくていいよ」



「え? いいのかよ」



「うん。でも、河野くんはやめて。もう私のこと、魔女って呼ばないでね」



「もちろん。本当にごめんね」



 申し訳なくて少し涙が出てきそうだが、グッと堪える。すると笹野さんは明るく言った。



「よく考えたら、魔女も悪くないかも。魔法が使えたら楽しそうだし」



 オレだけがいつまでもクヨクヨしているのは逆に失礼だ。だから、明るく返した。



「確かに魔法が使えたら楽しそうだな!」



「河野くんはどんな魔法を使ってみたい?」



「ん……そうだなぁ」



 二人でチョコを食べながら、魔法についてあれこれ話した。公園で遊んでいる小学生達の声が、まるで風音のように聞こえてきて、なんだか不思議な気持ちになってくる。


 平凡なオレが、黒い服が似合いすぎて小学生に見えない笹野さんと、青いベンチに座って話しているからだろうか。


 人形のように綺麗な顔をしていて、今は眉毛を黒い髪で隠しているが、おでこを出してもきっと似合う。服だって何でも着られるはずだ。


 そんなことを考えながら話していたら、疑問が湧いてきた。



「そういえばさ、笹野さんはなんで黒い服ばかり着てるの?」



 笹野さんは恥ずかしそうに笑う。



「小さい頃、服を汚してばかりだったんだよね。だから、黒い服しか着させてもらえなくなったの。そんな感じで育っちゃったから、黒以外の着方がわからなくて」



 思いもよらない答えに、吹き出してしまった。



「そんな理由だったのかよ。ウケるな」



 学校での笹野さんしか知らない奴らは、放課後にオレが笑わされたなんて信じられないだろう。自分でもビックリだ。



「ね、ウケるよね。でも、今は黒い服大好きだよ。私らしいって感じするから、誰に何を言われても辞めなかったの。好きなバンドだって、黒服限定GIGやってたし」



 人生で一度も聞いたことがない単語を、普通にサラッと言われたので、聞き返すしかなかった。



「黒服限定ギグ? 何それ?」



「黒い服を着たお客さん限定のコンサートだよ」



 オレが通う学校にはたくさんの生徒がいるし、街にはたくさんの人が生活している。でも、笹野さんみたいな服を着ている人は、笹野さん以外で見たことがない。


 そんな人がたくさんいるところなど、全く想像できなかった。一体、どんな場所なのだろうか。そして、どんな音楽を聴きに来ているのだろうか。



「笹野さんは行ったことあるの?」



「ないよ。二年前に解散……じゃなくて終幕しちゃったの。行きたかったな」



 どうして終幕と言い直したか気になるが、それ以上に気になることがあった。



「それは残念だ。ところで、なんて名前のバンドなの?」



「Lunatic Cielってバンドなんだけど……」



「あぁ。なんか派手な人達か」



 曲は全く知らないけれど、見た目が派手な人達ということは何となくわかった。ロックバンドと呼ばれているみたいだが、音楽に全く興味がないのでよくわからない。確かにあの人達の曲なら、笹野さんみたいな人が聴いていそうだ。



「そうそう。派手な人達。私の周りに聴いてる人が全然いなくて」



 そういうのは大人が聴く音楽だから、オレには関係ないと思っていた。笹野さんは年上に見えるくらい大人っぽいが、音楽に興味を持つなんて、趣味まで大人だ。なんだかそれがすごくかっこよく思えて、オレも興味を持った。



「機会があったら聴いてみるよ」



「それなら今から聴かない?」



 笹野さんはポケットから銀色の正方形と、黒いコードが付いたものを二つ出した。明らかに何かの機械だ。


 液晶がついた細長い機械から伸びるコードを、正方形に挿す。その機械には、耳と同じくらい大きいイヤホンが付いているコードを挿した。



「何これ?」



「MDプレイヤーだよ。この中に、音楽を聴ける四角いディスクが入ってるの」



「音楽が聴けるゲームソフトみたいなものか?」



「それで良いのかな? うん、多分それで良いと思う。ちょっとこれ、耳にかけてみてよ」



 耳くらい大きいイヤホンを、笹野さんから渡された。



「こんなに大きなイヤホン初めて見たよ」



「正確に言えば耳かけヘッドホンなんだけどね」



「こんなヘッドホンがあるなんて知らなかった」



 初めて使うので、どうやって付ければ良いのかよくわからない。それでも、やってみれば難しいはずもなく普通に付けられた。



「付け方、これで良いな?」



「うん。大丈夫だよ」



 液晶がついた細長い機械を、笹野さんはいじり始める。ゲームで言うなら、おそらくこれがコントローラーみたいな物だろう。



「まずはこの曲から聴いてみて」



 耳かけヘッドホンから、衝撃が流れた。


 今まで聞いたことがない激しいサウンドと独特な歌声が、オレの中にあった何かを壊す。音量は大きくないはずなのに、大迫力の音が全身に響いていく。



「なんだこれ……かっこいい」



「本当? 気に入ってくれてうれしい。苦手な人も結構多いからさ」



「この曲、なんて名前?」



「『Shadow Hearts』だよ」



 曲が終わらないうちに、笹野さんは青いベンチから立ち、オレの前に移動して来た。すると突然、ヘッドホンの片方を取ったのだ。予期せぬことに狼狽えたが、何事もなかったかのように笹野さんはオレの右隣に座る。そこには一人分のスペースもなかった。


 笹野さんは長い髪の左側をかきあげる。

 そして、ヘッドホンを自分の左耳にかけた。



「やっぱり私も聴く」



「ど、どうぞ」



 曲よりも自分の心音の方が大きく聴こえてきて、急に人目が気になり始める。誰かに見られたら恥ずかしいと思って、公園中を見渡したが、幸いなことに誰一人としてオレのことなど見ずに遊んでいた。


 この状況を気にしているのはオレだけで、笹野さんも片耳から流れる音楽を、楽しそうに聞いている。オレも頑張って気にしないようにしたが、とうとう最後まで曲が頭の中に入ってこなかった。


 曲が終わると、笹野さんはまた操作を始めた。



「どうせなら、私が一番好きな曲も聴いてほしい」



 この状況のせいで変な間が出来てしまったが、意外と普通に声が出た。



「一番好きな曲か。楽しみだ」



「『CRY FOR THE MOON』って曲でね、さっきとは違ってゆったりしたバラードだよ」



 笹野さんがかけた曲がオレを、いや、オレ達を別世界に誘った。


 陽が落ち始めた空は一瞬で静かな夜になり、満天の星空に幻想的な満月が浮かぶ。公園だった場所は先が見えない広大な草原となり、心地良い冬の風の匂いがそっと二人を包み込んだ。


 そんな世界がどこまでも永遠に続くような気がした。


 果てしなく、どこまでも……どこまでも……。

 ……。


 曲が終わると、夜でも冬でもない現実の公園に戻ってきた。笹野さんはMDプレイヤーを止める。



「どうだった?」



「なんか、すげぇ体験だった。この曲、最高だよ。オレもめちゃくちゃ好き。本当にありがとう」



「うれしい。同じ学校にこの曲気に入ってくれる人がいると思わなかった。ヴォーカルが好き嫌い分かれる感じだからさ」



「このヴォーカルがいいんだよね。もっと色々な曲聞かせてよ」



「もちろん。他にもかっこいい曲いっぱいあるよ」



 笹野さんはMDを再生する。『Shadow Hearts』や『CRY FOR THE MOON』を初めて聴いた時のような衝撃はなかったが、どの曲もかっこよくて、時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。


 気がつくといい時間になってしまったので、曲が終わったと同時に、オレは耳かけヘッドホンを外す。



「そろそろ帰らないとやべぇな」



「もう暗くなりそうだよね」



 襟足を伸ばしたちょっと悪そうな男子達が少しいるくらいで、公園で遊んでいた小学生の殆どが帰ってしまっていた。



「あぁ。もっと遊びたいけどね」



「私もだよ。まだまだ聴いてほしい曲あるし」



 オレももっと色々聴かせて欲しい。今日は本当に楽しかった。だから、思い切って言った。



「空いてる日あったら、またここで遊ぼうぜ」



 どんな反応をするかソワソワする時間もなく、笹野さんは食い気味でうれしそうに言った。



「私はいつでも暇だよ」



 疑問に思ったことが、特に深く考えずそのままポロッと口から溢れてしまった。



「あれ? 習い事やってるんじゃないの?」



 さっきまでと一変して、笹野さんは首を傾げる。



「ん? 今は何もやってないよ? 転校する前はバレエやってたけど……その話したっけ?」



 そうだった。習い事をやっているというのはオレの勝手な推測だ。そのことを忘れていた。だけど、謝るのもなんか変だ。 



「いや……まぁ、次の予定決めよう!」



 結局、話をはぐらかして次の予定を決め、青いベンチを立って歩き始めた。


 来た時は疲れ過ぎて気が付かなかったが、公園の前にはバス停があり、乗客が並んでいる。


 自転車を停めた所に着いたタイミングで、バスが来た。終点が最寄駅になっているので、これに乗れば帰れるはずだ。



「オレは自転車だけど、笹野さんはバスで帰りな。もう遅いからさ」



「そうしようかな」



「また、ここで会おうぜ。じゃあな」



「うん。またね」



 帰りまで二人乗りにならなくて助かった。もし、家まで送って行くことになっていたら、途中で力尽きていただろう。


 この日から、二人で時々会うようになった。


 音楽を教えてくれたお礼に、オレが持ってきた一台の携帯型ゲーム機を交代でやったり、カードゲームを教えたりした。女子だからか、笹野さんはこうしたものをやったことがなかったようで、本当に喜んでくれた。


 公園では楽しく遊んでいたが、暗黙のルールで学校では一言も話さなかった。放課後限定の友達にオレ達はなったのだ。

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