05
家に帰るとすぐにランドセルを玄関に置いて、カゴがついたダサい自転車に乗った。
ホームセンターの近くにある公園までは距離があるので、ギアを一番軽くしてペダルを漕ぐ。
走ってから気がついたが、自転車での行き方がよくわからない。お母さんが車で通る道を進む以外は、出来なさそうだ。
車が行き交う大きな道の横を、自転車で進む。しばらくすると、車でしか行ったことがない道になった。初めてのことで楽しくなって、ワクワクしながら進んでいる時だ。
少し手前のバス停に、バスが停まった。
乗客が数人降りてきたが、最後の一人に見覚えがあったのだ。全身真っ黒な服を着ていて、学校の時と同じ黒い鞄を持っている人物が、オレの方を向く。
女子と二人で遊ぶことに緊張していたが、本人を目の前にしたら、すんなりと声をかけることができた。きっと、外では二度目だからだろう。
「笹野さん、どうしたの?」
そういえば、バスでホームセンターまで来たと言っていた。でも、ここで降りるのはいくらなんでも早すぎる。
笹野さんに近づいて自転車を停めると、彼女は言った。
「河野くんのことが見えたから、降りちゃった」
「いや、まだ距離あるぞ?」
「そうだよね」
オレ一人だけ自転車でいくわけにはいかない。そうは言っても、歩いて行くのは時間がかかってしまう。それなら、答えはこれしかない。
いや……でも……。
「とりあえず、歩くか」
「うん」
土壇場で答えと違うことを言って、自転車から降りてしまったのだ。
言うのが恥ずかしいことを考えてしまったからだろうか。何も話せず、歩くことしか出来ない。笹野さんからも、特に話しかけてこなかった。
もはや前を向いて歩くことすら恥ずかしくなり、思わず下を向いてしまう。
すると、笹野さんの足元が目に入った。
履いている黒い皮靴は、男子のオレから見ても可愛いと思う。でももしかしたら、これでは歩きにくいかもしれない。
オレは答えを言った。
「自転車、乗るか?」
「ごめんね。私、自転車乗れなくて」
六年生で自転車に乗れない人がいることに驚いた。だけど、あからさまな態度は失礼なので、平静を装いながら伝えたいことをもっと正確に言う。
「オレの後ろに乗れよ。二人乗りしようぜ」
「え? そんなの河野くんに悪いよ……」
「いいから乗れよ。ほら、早く」
オレは歩くのをやめて自転車にまたがる。ここまで言って断られてもかっこ悪いので、半ば強引に言ってみたのだ。
「それなら……」
笹野さんがオレの後ろに乗る。
ダサい自転車に荷台があったおかげで、簡単に二人乗りが出来た。本当はかっこいいマウンテンバイクが欲しいけれど、今はこのダサい自転車に感謝だ。
ペダルを漕ぎ、一言も話さずに公園までの道を走った。いや、話さなかったのではなく、話せなかったのだ。
それは、女子と初めて二人乗りをしたからではない。思ったよりも笹野さんが重かったからだ。この日、女子の体重はそこまで軽くないと知る。
どうにか公園まで着いた。
入り口の前に着いて自転車を停めると、後ろにあった重みが一気に軽くなる。オレも肩で呼吸をしながら降りた。
笹野さんが心配してくれた。
「大丈夫だった?」
大丈夫じゃねぇよ。重いんだよ。と相手が冬美だったら言っていただろう。
「このくらいはなんとかなる」
オレも六年生なので、大人の対応をしてみた。大丈夫とは言い切れないが、ギリギリこの距離はなんとかなるので嘘ではない。でも、これ以上は無理だ。多分死ぬ。
笹野さんはニッコリ笑った。
「ありがとう。自転車に乗ったの初めてだから、すごく楽しかった」
二人乗りくらいでここまで喜んでもらえるとは思わなかった。オレもうれしくなってつい言ってしまう。
「また、乗せてやるよ」
「本当? 楽しみにしてる」
冷静に考えたら、帰り道は家まで乗せなければいけないので、さっきよりも大変なことになってしまう。自分を奮い立たせるように、ちょっとだけ強気に返事をした。
「楽しみにしておけよ。とりあえず着いたから、さっさと公園に入らないか?」
「そうしよっか」