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03

 月曜日の朝、見回りがいない通学路を列になって歩く。


 学校が近づいてくると色々な登校班が合流し、どんどん賑やかになっていく。他の班の列が乱れ始めたので、うちも同じだろう。先頭にいるオレが注意する前に、冬美の声が聞こえてきた。



「ほら、ちゃんと歩いて」



 後ろを振り返ると、他の班の人と話しながらも、乱れた列を戻す下級生達が見えた。先週の金曜日が嘘のように、何の変哲もないけれど大切な日常が戻って来たのだ。


 そのまま、何事もなく学校に着いた。


 先週は昇降口がいつもよりうるさいと思ったが、今日も大して変わらない。静かすぎる通学路とのギャップでそう感じただけだったのだろう。


 上履きに履き替えていると、冬美が明るく話しかけてきた。



「学校が平和になったね。事件が解決して良かった」



「あぁ、まぁな」



 そっけなく返事をしてしまった。


 土曜日、隣町にある別の小学校で動物を殺そうとした不審者が警察に捕まったのだ。


 確かに、犯人は逮捕された。だけど、奪われてしまった命は帰って来ない。そんな虚しい気持ちが、ずっと心に引っかかっていた。


 それに、笹野さんだって傷ついたままだ。


 オレの表情を察したからだろうか、冬美は声を落として言った。



「ごめんね。まだ気が晴れないよね」



「正直に言うとそうだな」



 すると、冬美はちょっと大きな声で言った。



「まだ金原に土下座させてないしね! ついでに男子達全員、土下座させてやろうよ!」



 いや、そっちかよ。とツッコミを入れたいが、それよりも言いたいことを言った。



「みんな悪い奴らじゃないから、そんな怖いこと言わないでくれよ。謝ってくれるはずだからさ」



「寿は優しすぎる! マジで男子全員ボコボコに殴ってやりたい!」



「やめろって。おまえも警察に捕まるぞ?」



「私をあんな気持ち悪いおばさんと一緒にしないでよ!」



 ウサギを殺した犯人は太ったおばさんだった。


 ニュースでその姿を見たが、冬美の言うとおりで、気持ち悪いという表現が正しい。


 今まで関わってきたどの大人とも違い、清潔感が全くなかった。「人生の全てに絶望して嫌になり、何かを壊したかった。子供はやり返してきそうで怖いから、ウサギを殺した」という動機を全身で表しているような人物だ。



「一緒になんてしてねぇよ。おまえはどうやって生きても、あのレベルにまでは落ちないからな」



「そうそう! 私は超絶美少女だからね!」



「調子乗んな、ブス」



 冬美はオレに色々と文句を言ったが目は笑っていた。オレ自身も文句を言われているはずなのに、何故かさっきより元気になっている。


 そんな感じで教室の近くに来た。


 ドアが開いている教室からガヤガヤとした声が聞こえるが、なんだかいつもと違う。女子の話声しか聞こえないのだ。男子は全員インフルエンザにでもなってしまったのだろうか。だが、そんな男子限定の学級閉鎖などはなかった。


 後ろのドアの方に、男子達が集まっている。


 前には一番仲の良い四人がいて、その後ろには他の男子がついていた。まだ来ていない人以外は全員いるだろう。オレはその場に立ち止まったが、冬美は前のドアから教室に入った。


 四人のうちの一人が口を開く。



「河野、この前は本当に悪かった」



 そのまま四人が頭を下げると、男子達は口々に謝り始めたのだ。



 やっぱり、謝ってくれた。こいつらは悪い奴らじゃない。でも、他にもっとやってほしいことがあった。


 金原が来ていないことが気になったが、オレは窓際の席を見る。


 そこには笹野さんが座っていた。他の女子達は誰かと一緒にいるが、笹野さんだけは孤独な背中をオレに向けている。闇をまとったような雰囲気は相変わらずだが、金曜日にあったことを考えるとかなりマシに思える。


 視線を男子達に戻そうとした時に気がついた。女子達はこっちを見ないようにして、誰も話をしていなかったのだ。ありがたいことに、全員が気を遣ってくれたのだろう。


 静かな教室の中、笹野さんに聞こえないように、みんなを集めて小声で言った。



「オレのことはいいよ。それよりも謝ったか? 笹野さんに」



 男子全員が、気まずそうに口篭ってしまった。


 どう考えても謝りに行けていない。だが、それも仕方ない。一度話したオレですら近寄り難いと思い、学校では全く話しかけられなかったので、みんなにはハードルが高すぎるのだろう。



「わかった。金原が笹野さんに謝ると思うから、その時にオレがみんなの分も伝える。この人数で行ってもアレだしね。よし、これで終わりだ! 解散!」



 男子達はお礼と謝罪を言いながら、バラバラに散っていく。オレもロッカーにランドセルを置いてから自分の席まで行って、仲良しな四人と話し始める。少しすると後から学校に来た男子達が、まばらにオレのところまで謝りに来た。


 だが、金原が学校に来ない。


 とうとう先生が来てしまい、出席をとる時間になった。先生が言うには金原は遅れて来るらしい。


 金原がいつ来るのか気にしていたが、とうとう帰りの会の時間になってしまったのだ。このまま不登校になるのではと、心配になってくる。


 いつもだったら日直の生徒が「さようなら」を言ってあとは帰るだけになったが、担任の先生は何故か日直を席に座らせた。


 いつもと違う様子に、教室がざわつき始める。担任の先生はみんなを静かにさせてから口を開いた。



「今から、みんなの前で話したいことがある人がいます。金原くん、入って」



 教室のドアが開くと、保健の先生に連れられた金原が入ってきたのだ。肩を落としており、大きな体がオレよりも小さく見える。


 保健の先生は優しく「頑張ってね」と金原に声をかけてから、教室から出て行った。金原は下を向いて話し始める。



「金曜日は、本当にごめんなさい。河野くんや、笹野さんに迷惑かけました。ウサギが、ウサギが殺されちゃったのが悲しくて……それで……」


 金原は涙で言葉を詰まらせ、そのまま床に膝をつく。そんな姿を見て、オレは反射的に大きな声で言った。



「おい! 土下座なんてするな!」



 考えるよりも先に席を立ち歩き出し、金原の前にしゃがみ込む。金原は涙でぐしゃぐしゃになった顔をオレに向けた。


「河野……本当にごめん。おまえの言う通りだ。俺、頭おかしかったよ」


 確かに、オレは頭がおかしいと言ってしまった。でも、本当に金原は狂っていたのだろうか。


 飼育小屋に遊びに行くだけのオレとは違い、飼育委員として金原はしっかりウサギ達の世話をしていた。それも五年生から二年もやって、飼育委員長までやっている。


 もしオレも金原の立場だったらどうだろうか。同じようになってしまったかもしれない。むしろその方が、普通の人間だろう。本当に狂っているのは、犯人のおばさんみたいな奴だ。


 それなら、オレにも言うべきことがある。



「金原、謝ってくれてありがとう。オレの方こそ、ごめんな。おまえがどんな気持ちか考えないで、酷いこと言っちゃったよ」



 すると、窓際から席を立つ音が聞こえた。



「私も……金原くんのこと、許すから大丈夫だよ」



 震えていて弱々しいが、それでもしっかりした意思が伝わる声で、笹野さんは言った。


 後ろを振り返って笹野さんを見たが、やっぱり近寄りがたい感じがする。でも、ペットショップで見た雰囲気に少しだけ近い気がした。


 金原は声を大きな声で言う。



「笹野さん、本当に申し訳なかった!」



 続けて、オレと仲が良い男子の一人が笹野さんに謝ったのだ。さらに続いて、男子達が笹野さんに謝る。


 謝罪が終わると担任の先生は言った。 



「金曜日は何もできなくてごめんなさい。でもこれからは、後からでも良いから何かあったらすぐに言ってくださいね」



 クラスは声をそろえて言った。



「はい」



 これで全面解決だ。

 うちのクラスにとっての、この事件は終わった。

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