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Prologue

 中学校を卒業してから最初の満月は、ぼんやりと雲に隠れていた。閉ざされた校門がやけに暗く見えて、もうオレが部外者になってしまったことを嫌でも実感してしまう。

 

 二〇〇四年度は開校五十周年で、四月になれば五十一年目が始まる。こんなふうに時代は変わり、いつしかオレ達がこの学校にいたことなど、忘れられていくのだろう。

 

 寂しいことを一人で考えていると、オレをここに呼び出した冬美(ふゆみ)の声が聞こえてきた。


 

「ごめん! 遅れた!」


 

 卒業式の時は黒かったのに、肩まであった髪が暗くてもわかるくらいの金髪に染まっていた。


 普段はしていなかったメイクをしており、数日会わないうちに目が大きくなったように見える。今までの冬美とは違う黒い大きめのパーカーを着ており、短パンのジーンズがチラッと見えた。

 

 きっとどこか都会へ遊びに行った帰りだろう。気のせいか、オレが最近可愛いと思ったバンドのメンバーに似ている。


 

「随分、見た目変わったな。どこ行ってきたんだ?」


 

「イメチェンしたの。どう? 似合う?」


 

 冬美は得意げにぐるりと回った。


 

「あ、うん。そこそこ」


 

「はぁ? なにその反応!」


 

 オレはすぐに違和感を覚えた。

 

 こんな時の冬美は、たいてい目が笑っている。だが、今日は全く笑っているように見えないのだ。夜のせいで表情が上手く見えないだけならいいが、本当に怒っていたらどうしよう。

 

 本心では思う。似合っている。昔から見慣れた顔が思い出せないくらいだ。それでも幼馴染相手に面と向かって言うのは、自分自身を気持ち悪く感じてしまって出来なかった。


 でも、本当に怒らせて嫌な思いをさせたくないので、もう言うしかない。

 

 暗いとはいえ冬美の顔を直視できず、闇夜の力でお化け屋敷みたいになってしまっている中学の校舎を見ながら言った。


 

「この路線、嫌いじゃないかなぁ。……似合うよ」


 

 小さな冬美の声が聞こえた。まるで、夜風の音に掻き消されそうなほどだ。


 

「あ、ありがとう……」


 

 全く予想外の反応だ。こんな時は絶対にお礼を言わない。いつもの冬美ならゲラゲラ笑いながら調子に乗るはずだ。夜の校舎に向いていた首を、ゆっくりと冬美に向ける。

 

 冬美は俯いていた。

 

 気まずい空気が夜の校門前に充満してきたので、話題を変えるためにも一番気になっていたことを聞いた。


 

「ところでさ、なんでオレを呼び出したの?」


 

 冬美とは幼稚園からの仲だ。お互いの家だってもちろん知っている。外で会うなら二人の家からもっと近い公園があるのだ。遊び帰りだとしても中学は駅から離れているし、わざわざ夜の校門に呼び出す理由がない。

 

 冬美は顔を上げた。

 

 オレの方を向いているが、その目は泳いでいる。冬美は迷いを吹っ切るように大きく息を吐くと、覚悟を決めた真剣な眼差しでオレを見た。


 

「あのさ。寿(ひさし)に話があるんだ」


 

「は、話?」


 

 普段のオレは女子から河野と呼ばれているし、冬美だって男子から内村と呼ばれている。


 オレ達は昔から名前で呼び合っているけれど、三年前に他の女子から名前で呼ばれた時のように、心臓が脈を打ってしまった。


 いつもと違い改まった声色で言われたからか、派手な金髪女子になってしまったからか。理由はわからない。


 すると、冬美は衝撃的なことを言った。


 

「寿のこと、ずっと好きだったんだ。良かったら私と付き合って欲しい」


 

『内村さん、寿くんのことが好きなんだよ』


 

 かつて、初夏(ういか)がオレに言った言葉が同時に蘇る。ずっと信じられなかったけれどあれは本当であり、三年前の伏線がここに来て回収されたのだ。


 それだけならまだ良かった。

 

 初夏が言ったことが事実であるならば、冬美が過去にしたことも事実なのだ。どんな証拠が出てきても、心の奥底では絶対に認めたくなかった。だけど、告白されてしまえばもう逃げられない。全てが事実だったのだ。


 冬美は本当に最低なことをした。絶対に許されない。それなのにどういうわけか、冬美の悪行に対して怒りが沸かないのだ。


 長い付き合いでたくさんの良いところを知っているからだろうか。


 思わず眺めてしまった夜空は、相変わらず雲に覆われていた。それでも薄らと満月の光が見える。


 いや、いつまでも夜空に逃げ込んで黙っているわけにはいかない。今度はオレが覚悟を決めて、冬美の方を改めて見る。


 

「ごめん。付き合うことは出来ない」


 

 冬美に怒りが湧かない理由が長い付き合いなら、もはや異性として見られないのも同じ理由だろう。オレにとっては恋愛対象ではなく親友なのだ。


 もう一つの付き合えない理由が脳裏に浮かびそうになった時、冬美が言った。

 

「あぁ。残念! フラれちゃった!」


 

 例え辛いことがあっても、明るく笑い飛ばせる。それが冬美の良いところだ。だけど今日は違う。


 冬美の目に、涙がいっぱい溜まっているのだ。


 

「だ、大丈夫か?」


 

 オレに背を向けてから冬美は言った。


 

「大丈夫。どうせフラれると思っていたからさ。私、もう帰るね。今日はありがとう」


 

 金色の髪を揺らしながらゆっくり歩く冬美を、何も言えずに見送ってしまった。冬美の姿が夜の住宅街へと消えていく。


一人になって我に返った。

 

 オレは何をしているのだろうか。冬美を家まで送ってあげるべきだった。そうだ。いつもそうだ。肝心な時に判断を間違えてしまう。


 初夏の時だって……。


 あの時に、もっともっと冬美の気持ちを真剣に考えるべきだった。


 こんなオレはきっと、初夏のことだって何一つわかってあげられなかったと思う。


 でも、あの時はどうすれば良かったのだろうか。


 考えても思考がめぐるだけで答えは出て来ない。しばらく校門の前で呆然としていると、思わぬ言葉が勝手にこぼれ落ちた。

 

 

「……あの場所へ行こう」


 

 今からでも、走って冬美のところへ行った方が良いのではとも思った。だけど、初夏との思い出の場所に行きたいのだ。


 卒業祝いに買ってもらった音楽プレイヤーを、突き動かされるようにポケットから取り出した。


 買ってもらった日にレンタルCD屋で借りて、音楽プレイヤーに入れたあのバンドを、色々な思いが溢れて聴けていないあのバンドを探す。


 アルバムの最初に入っていた曲は、最初に初夏から教わった『Shadow Hearts』だ。


 この曲を聴いて夜道を歩けば、あの場所で初夏に会える気がした。


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