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 (わたし)(よる)(やみ)()()いて()(さか)(ほのお)を、ぼうっと(なが)めていた。先程(さきほど)一件(いっけん)のせいで睡魔(すいま)(とお)何処(どこ)かへ()ってしまった。(のが)れられぬ疲労(ひろう)だけが(おも)()()かり、(わたし)(ほのお)()らめきに思考(しこう)(なみ)(ゆだ)ねていた。(しばら)くそうしていると、ユースは(わたし)契約(けいやく)対価(たいか)支払(しはら)うように(せま)ってきた。


 (わたし)疲労(ひろう)から曖昧(あいまい)思考(しこう)のまま、(うなづ)いて、(こし)()げた短剣(たんけん)()(はな)った。(ほのお)()らめきを刀身(とうしん)反射(はんしゃ)して、(だいだい)(ひかり)(はな)っている。そして、(わたし)は、その刀身(とうしん)(きら)めきに尻込(しりご)みして躊躇(とまど)った。(さき)(たたか)いのせいなのか、あるいは、肉体(にくたい)未熟(みじゅく)さが精神(せいしん)にまで影響(えいきょう)(あた)えているのか。刃物(はもの)使(つか)って(おのれ)身体(からだ)をほんの(すこ)傷付(きずつ)けるだけのことが、(わたし)には(ひど)くに(おそ)ろしいことに(おも)えた。


 稲妻(いなづま)()たれ、(くろ)ずんだに(はい)なった人間(にんげん)(うで)()()ばされ、血風(けっぷう)()()らしながら(たお)れる人間(にんげん)恐怖(きょうふ)(かお)(ゆが)ませながら身体(からだ)(はし)から徐々(じょじょ)(ちり)へと()えた人間(にんげん)先程(さきほど)までの惨劇(さんげき)光景(こうけい)が、(おそ)ろしくなかったかと()えば、(うそ)になる。けれど。()(きず)()れていなかったわけでは()してない。


 軍人(ぐんじん)戦傷(せんしょう)を。病人(びょうにん)腫瘍(しゅよう)を。(とき)(やいば)()治療(ちりょう)してきたのだ。(にく)()り、(ほね)()ち、内臓(ないぞう)()()わせて。

 

 だというのに。


「もしかして、(こわ)いの?」


 (わたし)憤慨(ふんがい)したが、(なに)()(かえ)すことは出来(でき)なかった。(わたし)(なに)()わずに、短剣(たんけん)をユースに手渡(てわた)した。ユースは(あわ)れんだ表情(ひょうじょう)で、(わたし)(ふる)える()()た。


「ごめんなさいね、(こわ)がらせたかしら? (たし)かに、あまり綺麗(きれい)(ころ)(かた)ではなかったわ。それは、(わたし)領分(りょうぶん)ではないから」


「……。綺麗(きれい)であれ、(みにく)くあれ、()()だ。そこに優劣(ゆうれつ)善悪(ぜんあく)もない。(かれ)らが()んだのは…」


「……なあに?」


「……いや、(なん)でもない」


「そう? でもね、ヘレーネ。貴方(あなた)不要(ふよう)後悔(こうかい)(いだ)いているのなら()っておくけれど、あれらはどうせそのうち、()んでいたわよ。自分(じぶん)(おこな)いに責任(せきにん)()えない(もの)は、(みな)世界(せかい)(うら)みながら()ぬしかないの。自分(じぶん)(おこな)いを(かえり)みるだけの度量(どりょう)がないんだもの。誠実(せいじつ)知性(ちせい)は、(だれ)(うら)まないし、(なに)後悔(こうかい)しない。何故(なぜ)なら、(つね)自分(じぶん)(おこな)いに、無限(むげん)責任(せきにん)()うものだから」


「そうか。そうだな。そうかもしれない。そして、(わたし)は……後悔(こうかい)してばかりだ。何故(なぜ)なら、(わたし)は、(よわ)く、誠実(せいじつ)ではないからな」


 ユースはそれ以上(いじょう)は、(なに)()わなかった。()わりに、(わたし)(ふく)(そで)(まく)ると、(みぎ)()(わたし)視界(しかい)(おお)った。不意(ふい)(おとず)れた暗黒(あんこく)に、(わたし)はたじろいで、()(よじ)ったが、(こし)()(まわ)されて、()らえられてしまった。


「ほら、(あば)れないで。大丈夫(だいじょうぶ)だから」


 (うす)(つめ)たい(てつ)感触(かんしょく)手首(てくび)()たる。(わたし)意志(いし)(はん)して、身体(からだ)(おび)えたように(わず)かに()ねる。


()るわよ、(うご)かないで」


 ゆっくりと、(やいば)(はだ)(うえ)(すべ)り、(かわ)()かれ、()(にじ)感覚(かんかく)がある。


「んっ……!?」


 短剣(たんけん)(いきおい)いよく(すべ)り、(やいば)(ふか)(はだ)(はい)()む。()(あふ)れ、(したた)り、(うで)(つた)う。湿(しめ)った、(あたた)かな感触(かんしょく)傷口(きずぐち)()()てられ、傷口(きずぐち)をなぞられる。(わたし)身体(からだ)(ねつ)(おぼ)えるのを(かん)じ、()(よじ)った。ユースの(うで)(ちから)(こも)り、(わたし)(つよ)()らえる。(わたし)彼女(かのじょ)から(のが)れる()などなかったが、その(つよ)抱擁(ほうよう)(わたし)安堵(あんど)させた。


「……うん。もう大丈夫(だいじょうぶ)よ」


 視界(しかい)解放(かいほう)され、(おそ)(おそ)手首(てくび)視線(しせん)()けると、そこには(すで)(きず)はなかった。


「……」


 (わたし)はユースの()から短剣(たんけん)()()(さや)(おさ)めると、足早(はやあし)距離(きょり)()った。


「ヘレーネ? 貴方(あなた)……」


「……なんでもない。こっちを()るな」


「ふうん。重症(じゅうしょう)ね。……そのままでいいから()きなさい。(もり)()長耳(ながみみ)妖精(アルヴ)たちは、肉体(にくたい)精神(せいしん)()(はな)(すべ)()っていて、それによって数百年(すうひゃくねん)(とき)()()むことなく()きることが出来(でき)るの」


「……(なん)(はなし)だ」


(いま)貴方(あなた)は、肉体(にくたい)精神(せいしん)均衡(きんこう)(くず)れているのよ。通常(つうじょう)肉体(にくたい)急激(きゅうげき)変化(へんか)というのは、精神的(せいしんてき)苦痛(くつう)(ともな)うものだから。肉体(にくたい)(たましい)鋳型(いがた)なんだもの」


 そんなことは、()かっている。(たましい)というものは。精神(せいしん)とは。肉体(にくたい)から独立(どくりつ)した神聖(しんせい)不可侵(ふかしん)――などでは()してない。(むし)ろ、肉体(にくたい)支配(しはい)されていると()っても()い。我々(われわれ)(ちり)から()まれ、(れい)()()まれたのであって、間違(まちが)ってもその(ぎゃく)ではない。


 (ひと)(みな)大概(たいがい)場合(ばあい)(おのれ)(かたち)()った自身(じしん)(えん)じるものだ。(のぞ)もうと、(のぞ)まざろうと。無意識(むいしき)であれ、意識的(いしきてき)にであれ。


()(いた)みに過敏(かびん)になっているのも、その身体(からだ)のせい。だから、そんなに()にしなくてもいいわ。だって、(いま)貴方(あなた)は、ええ、(おさな)く、健気(けなげ)で、純真(じゅんしん)乙女(おとめ)なんですもの。(わたし)配慮(はいりょ)()りなかったわ」


 (わたし)(なぐさ)めようとしているのか。(ある)いは、(あお)ろうとしているのか。(わたし)(わら)った。どちらでも(かま)わない。


(むね)がこんなにも(くる)しいのも、この身体(からだ)のせいか」


「ええ」


(やいば)(きら)めきが、()()らめきが、夜空(よぞら)暗黒(あんこく)が、存在(そんざい)死滅(しめつ)が、こんなにも(おそ)ろしいのも」


「ええ、そうよ。だから、安心(あんしん)して、今日(きょう)はもう()なさい。(わたし)可愛(かわい)星屑(ほしくず)


 *


 ()()けて、朝日(あさひ)(とも)()()ました(わたし)は、ユースの身体(からだ)寝台(しんだい)として(ねむ)っていたことに気付(きづ)き、(いそ)いで退()けようとした。(しか)し、(さき)()()ましていたユースの(うで)(わたし)(どう)()()けたことで、脱出(だっしゅつ)(かな)わなかった。


「おはよう、ヘレーネ」


「……おはよう、ユース」


 (わたし)は、(あさ)(きら)いである。正確(せいかく)()えば、(ねむ)りから(めざ)める、あの億劫(おっくう)さが。(あたま)内側(うちがわ)(もや)()かり、思考(しこう)(さまた)げている。(まぶた)(なまり)のように(おも)く、(わたし)は、(ふたた)(ねむ)りに()いてしまいそうになった。ユースは(わたし)(ほほ)()()ってみたり、首筋(くびすじ)(いき)()きかけてみたり、反応(はんのう)(にぶ)(わたし)面白(おもしろ)がっていたが、それでも(わたし)覚醒(かくせい)させるには(いた)らなかった。だが、その(あと)()ぐに、(わたし)後悔(こうかい)して、出来(でき)(かぎ)(すみ)やかに起床(きしょう)することを心掛(こころが)けようと(ちか)った。眠気(ねむけ)から意識朦朧(いしきもうろう)としていた(わたし)目覚(めざ)めさせようとして、躍起(やっき)になったユースの暴走(ぼうそう)は、二度(にど)御免被(ごめんこうむ)りたかった。


 私達(わたしたち)()なりを(ととの)えると、(ふたた)(ある)()した。荷物(にもつ)(すべ)てユースが()っている。これは勿論(もちろん)(わたし)提案(ていあん)ではなかった。(わたし)自身(じしん)尊厳(そんげん)自身(じしん)肉体的(にくたいてき)限界(げんかい)天秤(てんびん)()けて、尊厳(そんげん)()()てた。


 そんな屈辱的(くつじょくてき)選択(せんたく)をしたにも(かか)わらず、結局(けっきょく)は、最終的(さいしゅうてき)にユースが()(ごと)()(わたし)背負(せお)って(ある)くという結末(けつまつ)になった。ユースは、(まる)めた毛布(もうふ)葡萄酒(ぶどうしゅ)(びん)(こし)(しば)()け、(かばん)(ふた)(かた)にかけ、その(うえ)(わたし)背負(せお)うという、僧侶(そうりょ)(あたら)しい修行(しゅぎょう)(なに)かかと見紛(みまご)有様(ありさま)だったが、(とく)苦労(くろう)している様子(ようす)はなかった。(しか)し、(びん)()れて(こし)(あた)ったり、甲高(かんだかい)(おと)()るのが(わずら)わしいようで、時折苛立(ときおりいらだ)たしげにしていた。(びん)錬金術師(れんきんじゅつし)特有(とくゆう)技法(ぎほう)製造(せいぞう)されており、強度(きょうど)(めん)では安心(あんしん)だったが、魔術的構造(まじゅつてきこうぞう)のせいで、瓶同士(びんどうし)()れると、特有(とくゆう)不快(ふかい)(おと)()らした。


 (わたし)(なん)とはなしに、ユースの(つや)やかで(うつ)しい(か、み)()れたくなり、そっと(さわ)った。彼女(かのじょ)硝子(がらす)(ひつぎ)(よこ)たわっていた(とき)からずっと、()れたかったのだ。気分(きぶん)(がい)するだろうかとも(おも)ったが。(わたし)だけ(さわ)られっぱなしでは不公平(ふこうへい)だと(おも)(なお)した。それに、ユースは()にもしないだろうと(おも)った。だが、意外(いがい)なことに、ユースは(すこ)(おどろ)いたように(あし)()めた。


「どうした」


「なんでもないわ。もっと(さわ)って?」


 ユースは、(わたし)身体(からだ)()れることを(すく)なくとも(いや)がってはいないようだった。精霊(せいれい)霊的(れいてき)交感(こうかん)により(ちから)()るとされるが、物理的(ぶつりてき)接触(せっしょく)でも(なに)かしらの(ちから)()ているのだろう。そうであれ、それが(わたし)(がい)することがないのは、彼女自身(かのじょじしん)誓約(せいやく)により明白(めいはく)だった。



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ヘレーネ可愛いですね
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