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私は、遠ざかっていく馬車(四足歩行且つ、一角の獣が牽く車)の音を、虚しく聴いていた。
私の行いは、間違いだったのか。
私は、私の正義に従った。
悔いはない。恨みもない。
私は、救い出した。苦難と恥辱の中から、無辜の人々を。病を治し、傷を癒し、虐げられた人々に、屋根を与え、食事を与えた。
その結果が、此の寒々しい森だった。
硝子樹の大森林は、王都と魔法都市を繋ぐ──或いは、塞る神域である。白き未通女。星々を繋ぐもの。法神ネモ・ヴィルマの領域。加護を持たぬ只人には、決して抜け出すことの叶わぬ、鎖された場所。
言い伝えの真偽は兎も角として。
神域の入口は封鎖されているだろう。戻れば、私は殺される。かといって、何処へ進もうとも。出口はない。
唯一の出口が在るとすれば、それは、大陸中央を流れる大河、女神の涙珠、その源流たる山脈、飛龍の巣を越えねばならない。私にそのような武力があるわけもない。
ああ。だが、或るいは。私がそのような英雄であったなら──。この胸の虚しさも無かったのかも知れなかった。
私は悲嘆に暮れ、重い足取りで森の奥へと足を踏み入れた。硝子樹と呼ばれる、透き通る鉱石のような硬質の幹と枝を持つ木々は、私の足や腕を時折傷付けると、血を流させた。
然し、余りにも深い悲嘆と虚無は私から痛覚を奪い、そのことに気が付いたのは休憩の為に足を止めて、地面にしゃがみ込んだ時だった。
私は、身体から流れ、失われるものを見ながら、どこか他人事のように、病の心配をしていた。
王都の大学で学んだことだが、流血こそが病の原因となるのだという。
やがて、夜になった。それでも、私は、足を止めなかった。止めてしまえば、恐らく、二度と動かないと分っていた。
どれほどそうしていただろうか。
地に落ちた、硝子の葉が私の脚を切り裂き(恐らくは、それなりに、重要な血管諸共)、熱い傷口に反して、身体は冷たくなってきた頃。
私は視界の先に、信じられないものを見た。
石造りの立派な建造物が、忽然と。木々の間に現れたのだ。私はそれが、流血故に見た幻覚なのではないかと、疑ったが。どうやら、それは確かに現実であるらしかった。
私は歓喜して、思わず声を上げた。漸く寒々しい夜空とおさらば出来ると思った。脚に負った傷と疲労からくる耐え難い鈍痛が報れたのだと。然し、至極真面な思考であったのならば気づいた筈であった。誰も立ち入ることのない大森林、それも神の領域であると噂される迷いの森に、人工物があるわけないのだと。
だが。端的に言えば、私は、疲れていた。そしてうんざりしていたのだ。
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