無限と有限の狭間にて/前編
このまま進んでいって大丈夫なのだろうか。
暗い夜道を、ただ家に帰るために精一杯自転車をこいでいるうち、私はそんな事を考え始めた。
無限に続くかのようにも見えるこの一本道を進めば、本当に大通りに出るのか、あまり外出した事のない私にはさっぱり分からない。
ただ友人に言われたとおり、このまま進んで、本屋に来る途中にずっと辿ってきた大通りに出るのを待つ。
いったいどのくらいの時が過ぎただろう。時間の感覚が掴めなくなっている。ほんの数分しか経っていない気もするし、何時間もひたすら自転車をこいでいたような気もした。
私は、いつのまにか街灯の明かりしかない道をただただ前進していた。
どこにも人の姿が見当たらない。家も車もない。
私は恐怖すら感じ始めた。
真っ暗な道に、自分だけが存在する。このまま進めば、本当に分かる道に辿り着けるのだろうか。永遠にこの道を彷徨って、帰れなくなるのではないだろうか。来た道を戻れば、元の場所に出るだろうか。
そんな思いを抱きながら、それでも私は自転車をこぐ足を止めなかった。
しばらくそのまま自転車をこぎ続けていた私の目は、ふと、横へと真っ直ぐ続く、大通りを認めた。
私はほっとした。
この道を真っ直ぐ辿っていけば、見知った道に出る。その道は、私がいつも使っている、通学路だ。
良かった。これで家に帰れる。
すると、その道の真ん中に、ある人影が現れた。
やっぱり人がいる。本当に良かった…。そうだよね、人が消えるわけないじゃない。
その人影の近くまで行くと、やがてその人影の相貌がしっかりと見えてきた。
帽子を被った、優しそうな老人だ。チェックの柄のセーターを着ていて、とても温かそうだった。
すると、その老人が自分に話しかけてきた。
「どうしたんだい、お嬢さん。こんな遅くにこんな所にいては危ないよ」
最近不審者情報が多い。私は、きっとその事だろうと思った。
「友達と本屋にいたんですけど、気がついたらこんなに暗くなっちゃって、今帰ってる途中なんです」
私は自転車から降りた。
そう、今日は友達の家に遊びに行った後本屋に行って、そのまま立ち読みをしてた。そしたらいつのまにか辺りが暗くなっていたから、急いで家に帰っている途中だったのだ。
だが自分はあまり外出する事がなく、一人で帰るには道があまり分からなかった。だから友人に道を聞いたのだ。友人は「この道を真っ直ぐ行けば、知ってる大通りに出る」と教えてくれた。だから自分はひたすら自転車をこいで、大通りに出るのを待ったのだ。
「そうかい。寒い中大変だねぇ」
寒い…?
ああ、そうか。今は冬だ。家を出る前は雪も降っていたんだった。
気付いた瞬間、一気に寒さがこみ上げてきた。否、最初から寒かったのだ。
身体が震え、吐く息は白く、指が凍るように冷たい。そして、寒さのあまり襲う頭痛。それらに今まで自分は気付かなかった。それほどまでに夢中になって自転車をこいでいたのだろう。本屋の前にあった自動販売機で買っていたホットミルクティーも、既に温かさを失い、冷たくなっている。
「可哀そうに。こんなに冷え切って」
老人は私の手を取り、擦ってくれた。
「おじいさんは、ここで何をしているんですか?」
こんな何もない所で、ただ立っているだけなんて。誰かを待っているのだろうか。
「わしかい?わしは、人がこの先に進まないように見張ってるんだよ」
見張る?何故だろう。この先には何も危険なものはないはずだ。それに、この先を進まなければ、自分は家に帰れない。
「でも、私はこの道を通らないと帰れないんです。この先で何かあったんですか?」
「うむ、何かあった、というより、もともとこの先に人は進んではいけないように決まっているよ。お嬢さんは随分頑張ってここまで来たみたいだけど、残念ながらここはお嬢さんの知ってる大通りではないな」
ショックだった。では、私はまだこの道を真っ直ぐ進まなければいけないのだろうか。
「この大通りを進んでも、そのまま真っ直ぐ自転車をこいでも、きっとお家には帰れないよ」
え…?
「おいで。わしが案内してあげよう」
老人は、優しく微笑んでそう言った。
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