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緑の都

 そんなわけでギデオンの背中に背負われたまま旅を続け、緑の都と呼ばれる魔術都市に着いた。

 とにかく植物に溢れた都なのだ。各家は蔦で覆われ、街中には花が溢れ、街路樹のような木々は、賢者の里と同じように光輝いている。


「ここも綺麗……」

「素晴らしいところですね」

「初めて来たな……」


 三人それぞれに都に見惚れていた。

 私はずっと機嫌が良くて鼻歌を歌っていた。


「……アンジェリカ」

「なぁに?」

「体調は大丈夫なのか?」

「あなたが運んでくれているもの。全然大丈夫よ」

「……そうか」


 口を噤んだギデオンの代わりのように、レイルが言った。


「ずっと楽しそうにしてますね?どうかしました?」

「子供たちが強くなってくれてるんだもの。こんなに嬉しいことないわ」

「……そうですか」


 レイルが嬉しそうに微笑んだ。


「おねえちゃんが嬉しそうなとき、ちょっと不穏な気持ちになるんだよ」

「え?そうなのフローラ」

「思ってること何でも言ってね。対処するから」

「そうね。ありがとう?」


 フローラは信じてないという感じに私を見つめ続けている。なにかしら?


 ともあれ、宿屋へ荷物を預けてから、今度は魔法研究所を目指す。知り合いがまだいればいいのだけど。







 魔法研究所は、大きな木の根元が建物になっているような、不思議な建物だ。

 若いころに一年程、ここで助手という名目で魔法を学ばせてもらったことがある。


「スカイ先生はいらっしゃいますか?リリーが来たと伝えてもらえますか?」


 受付でそう言付けて暫く待っていると、駆けるような足音と共に年配の男性が現れた。長い白髪を後ろで結んだ、線の細い長身の男性だ。眼鏡の奥のその細い瞳が、いぶかしむように私を見つめた。


「……リリー?」

「はい」


 そりゃ分からないわよね。話をさせてもらえれば分かってもらえそうな気がするのだけど。

 スカイ先生は私の後ろに視線を移し「ふむ」と言った。「リリーの三人の子を連れてるね」と。どうやら子供まで把握しているようだ。


「私の部屋まで付いて来て。話を聞こう」


 その言葉にほっとして、彼の後を付いて行き、建物の奥の一室に案内された。





 椅子に腰を下ろしてからスカイ先生が言った。


「じゃ、さっそくだけど、リリーの姿を確認してもいいかな」

「え?」

「真実の姿を暴く魔法が開発されてね」

「そんなことが出来るんですか!?」

「姿変えの魔法を解く方法から発展したのだよ」

「まぁ……」


 面白そうだけど、とりあえず使ってもらった。私の体の周りがキラキラと輝きだしたと思ったら、アンジェリカの黒髪が、ボサボサの赤毛に変わっていく。肌の色も日焼けしている。手入れのされていない手も爪も美しくない。顔は見えないけれど、リリーの姿になっているのだと思う。


 視線を感じて横を向くと、ギデオンが食い入るように私を見つめている。瞳が揺れて、泣くのではないかと思った。


「リリーさん」

「おねえちゃん」


 レイルもフローラも感極まったように私を見つめていた。18年ぶりに見る姿なのだろうから、こういった反応になるのだろう。


「ふむ。リリーだねぇ。一体なにがあったんだい?ここに来たのは、子供たちにリリーだと信じさせたかった、とか?」

「いいえ、それはいいんです。私はどうやら、前回の魔王との戦いで呪いを受けて死んだようなのです。呪いの影響を受けたまま生まれ変わったようなのですが、改めて戦うにあたり、その呪いの対策が出来ないか知りたいのです」

「おねえちゃんの魂が減らされているんです。どうか、呪いの解呪方法を教えて欲しいです。お願いします」


 フローラが頭を下げた。スカイ先生は「ふむ……」と顎に手を宛てて考えている。


「魔王と再戦がしたい、と」

「はい」


 今度はスカイ先生はフローラに視線を移して言う。


「リリーの呪いを解きたい、と」

「はい」


 フローラの答えを聞いて、スカイ先生は「面白いなぁ」と言った。


「君が相変わらずなことが分かった。中身がリリーだ」


 そんな話してたかしら?と首を傾げていると、スカイ先生はフローラにしばらく魔法を学んでいきなさい、と研究所に話を通してくれていた。寝泊りも寮で出来るように手配してくれて、フローラは一人で頑張って来てくれるそうだ。







 三人になってしまったので、どうしたい?と聞くとギルドの依頼をしたいギデオンが言った。


「まぁ、意外ね。あなた冒険者にでもなりたいの?」

「……もともとはそのつもりだったんだ。公爵家の迎えが来るまでは。あれから、色々と思っていたのとは違う人生になってしまっただけで」

「もしかして……大変だったのかしら?」

「それなりには……」


 ギデオンが黙ってしまうと、レイルが言った。


「引き取ってもらって数年は、先代のおじいさまがご存命でしたから、とても良くしていただけていたのですが、当代のご当主様は、僕たちのことはあまりよく思っていないのです」

「まぁ、そうなの?」

「ですので……ギデオンの婚約話も、もともとはギデオンの身分を守ろうとしたおじいさまの提案で……」

「レイル、その話はいい」


 婚約って、アンジェリカが酷いことをした相手とのことよね。


「聞きたいわ。私も関係あるじゃない」

「……もういいんだ」


 そういうと、私を背負ったまま、冒険者ギルドに向かっていく。教えてくれる気はないよう。

 困った顔をしたレイルと目があったので、にっこりと笑った。あとで教えてもらおう。






 冒険者ギルドに付くと、背中から下ろしてもらい「二人で依頼選んでみて」と言った。

 ちょっと驚いたような顔をしてから二人は掲示板を見に行った。少しして、吟味したらしい、C級依頼を持ってきたので、これでカウンターで受付してきて、とお願いした。なんでもやってみないと分からないものね。


 受付中にレイルがこちらを振り返ったので、手招きする。

 ちょうどいい、今聞いておこう。レイルは少し戸惑ってからそっとギデオンのそばを離れた。


 私の隣に座らせて、こっそり言った。


「教えて、レイル」

「あとで怒られちゃいますけど……」


 レイルは少し困ったように笑う。


「でもギデオン不器用だから、絶対自分で言わないし、言っておいてあげたくなっちゃうんですよね。僕も甘いですよね」

「?」

「ギデオンの婚約は、先代のおじいさまが後継者争いからギデオンの『命』を守ろうとしたもので、従妹の婚約者もギデオンに愛はなくとも情があったから助けてあげようとしてくれていたんです」

「立派な方じゃないの……」


 そんな人になんて酷いことをしたんだ、アンジェリカ。


「そうでもないんです。違う人と愛が生まれたから、婚約破棄になったんです」

「!?」

「僕は正直女性が怖いと思うようになりました」


 何かを思い出すように両手で体を抱きしめている。


「アンジェリカのせいじゃないの?」

「その影響もあると思います。相談しているうちに愛が芽生えたそうですから……」

「そうなのね……」

「もともと同情の婚約のようでしたから、それ自体は構わないと思うんですが、全てをギデオンのせいにして陥れていくさまが、まだ幼い僕には、アンジェリカさんなんかよりずっと怖かったです」

「……」


 アンジェリカの身としては何を言っていいのか分からない。


「フローラはその辺の心の機微を感じ取っていたようなんですけど。ギデオンは、たぶん何も分かってないんです」

「……そう」

「もともと好きな相手でもなく、女性に関心も持てなかったから、相手に好きな相手が出来たことも分からない、悪意を向けられた理由も分からない、だから、言われるがままを信じたんです。貴方のせいで傷付いたのだと、死んでやるのだと、顔も見たくないと。僕らが何を言っても聞いてくれなかった」

「……」


 目に見えるような気がした。ギデオンは責任感が強い。目の前で、自分の行いで傷付き泣いている女性が居たならば、例え疑問があろうとも、自分のせいだと抱えるのだろう。


「あ」


 話に夢中になっていると、レイルの後ろにギデオンが憮然とした表情で立っていた。そうして拳をレイルの頭の上からゴツンと音と立てて下ろした。


「いた!!」

「お前らなにやってる」


 頭を押さえているレイルを抱きしめてなでなでしてあげる。


「私たち仲良しなんだもの」

「そ、そうですよ」

「……」


 どうしよう、視線に殺意がこもってきたような。なんか怖い。


「……冗談ですよ。今はもう当代は後継者に恵まれ、ギデオンも成人後に継承権を放棄していますから、心配はいらないんです」

「そうなのね。良かったわ。おいで、ギデオン」


 腕を上げて招くと、彼は私の隣に椅子を持ってきて座った。

 私は少しだけ椅子を動かして、彼の頭を撫でてあげる。


「大変だったのね。私がうっかり死んでしまったせいよ。守ってあげられなくてごめんなさいね」

「……俺がいない場所でそんな話を進めるな」


 やっぱり怒られてしまった。


「ごめん、ギデオン」

「私が聞いたからよ。ごめんなさいね」


 怒っているけれど、頭を撫でる手を止められることはない。


「子供が一人で生きて行けるほど優しい世界じゃないわ。だから子供時代にあった辛いことは大人のせいにしていいのよ。あなたたちのせいじゃないの」


 そう言うと、ギデオンが私の手を掴んで止めた。

 強く握りしめられ、まっすぐ見据えられる。


「……貴方は、まだ成人していないが」

「え?」

「保護者が必要なのではないか」

「そうだったかしら?もう18だけど」

「成人の儀を終えるまではまだとも言えるな」


 知らなかった。でもそれももうすぐよね。


「時に俺は28なのだが」

「……」

「守って可愛がってあげないと、な」


 口角を上げた、まるで悪い男のような嫌な笑い方をギデオンはしている。

 ギデオンは片手を私の頬に手をあてて、そうして頬をつぶすように掴んだ。ぶっ。


「ぃ……っ」

「18という歳がこんなに子供であったのかと、俺は今少し驚いている」


 真顔のギデオンが顔を掴んでいるのが凄く怖い。


「もー遊んでないで、行こうよ、二人とも」


 レイルがなだめてくれて、私たちは依頼をこなしに行った。






 今日は近くの森で、レアモンスターから出る素材を取って来てほしいというもの。魔法で使われるらしい。さすが魔術都市での依頼だ。

 そのモンスターは、魔法が効きにくくて、この都市ではみなが苦手とするモンスターらしくて、引き受けただけで喜ばれたそうだ。


 ギデオンがばっさばっさと簡単に切り倒していく。

 今日は回復役のフローラがいなくて、心配だから回復薬をたくさん持って来てあるけれど、使うことはなさそうだ。


 私は何もさせてもらえなくて、ぼーっと見守っていた。本当に、私はいらない子だ……。


 きっとこの都市で、スカイ先生によってフローラはさらに魔法の才能を開花させる。次の目的地ではギデオンもきっとさらに強くなる。


 仲良くしてもらえるのも、ふざけあってもらえるのも、あと少しなんだろう。三か月もしないで旅は終わる。魔王戦には私はすでにただのお荷物。

 冒険者として生きていけないとなると、この先のことを考えないといけない。

 スカイ先生に相談してみようかしら?魔法なら多少は使えるから助手にしてくれるかもしれない。

 うん、いいアイデアな気がした。


 また鼻歌を歌っていたら、狩りの終わった二人が戻って来て、いぶかしむような視線を私に向けて来た。


「なにかまた悪だくみしてませんか?」

「悪だくみってなによ」

「……何かを行動に移すときは、人に言ってからにしてくれ」

「分かったわ」


 お別れの挨拶くらいするにきまってるじゃないの。そう思ってむくれて彼らを見上げると、レイルが言った。


「……本当だ。子供に見えて来た」

「だろう」


 何か納得し合っている。何を言っているんだ。三人の子供を育てて、少なくとも二度か三度の人生を送ってきている大人を子供などと。


「まぁ、あなたたち、女性を見る目をもう少し鍛えた方がいいわ」


 そう言うと、今度は笑われてしまった。心外だ。

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