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賢者の塔

 賢者の里にあるその塔は、巨大な図書館のような場所だった。

 長老からすでに話が通してあったらしく、すぐに塔の管理者の元に案内され、相談に乗ってもらえた。その方は長いローブを羽織った、まだ若い、私と同じ歳くらいの女の子だった。けれど、賢者の年齢は見た目では分からないものなのだそうだけど。


「シャリーです。はじめまして。竜の呪いについてですねぇ」


 大きな眼鏡を押さえるようにして彼女は言った。


「それにしても、竜族が死の淵に相手を呪うって言い伝え……どこで聞きました?」

「え?」

「うちの書物にはあることはあるんですが、一般的にそんな情報出回ってないですよ」

「そうなんですか?」


 ギデオンとフローラを振り返る。ギデオンは少し困惑していた。


「リリーから聞いていたのではないのか?」

「え?違うわよ。私は知らないもの」

「……私も知らない」

「幼いころだと思うが……」


 そんな小さなころから?

 果たして子供の見聞きする情報だろうか。

 彼と交流のあったのは私たちとイザックと……少ない人たちしかいなかったはずだけど。もっと前なのだろうか。


「まぁ、分からなくてもいいですよ。こちらをご覧ください」


 シャリーさんは一冊の本を机の上に広げた。細かい字が多く並び、私は頭が痛くなりそうだった。フローラが代わりに真面目に読んでくれてる。ギデオンは昨日からは私の横にぴったりと立ち並んでいる。


「竜族自体、人と出会うことは稀ですし、わざわざ普通は倒す人もいませんので知られてはいないのですが、古文書には多く記載されています。死の淵に、相手に死の呪いを掛けるようですね」

「死の呪い」


 ギデオンが言った。


「解呪出来ないのか?」

「うーん、自分が殺されても相手が死ぬまで続く呪いのようなので、きっと殺す以外の方法ですね」

「……殺しても解呪出来ないと言うことか」

「そうですね。ただ、そうなると、逆に人間にも解ける可能性が出てくるということです。特殊な解呪魔法が効く可能性があります」

「特殊な解呪魔法とはなんだ?」

「魔術師は、様々な解呪魔法を組み合わせて呪いを解きます。複雑な呪いは、解呪にも長く時間が掛かり、難しいものもありますが、フローラさん、あなたならあるいは」

「……私?」


 突然話を振られたフローラがきょとんとした。


「魔眼をお持ちですよね。アンジェリカさんの呪いを見ることが出来るなら、解呪する方法を探れるかもしれませんね。ただ私たちは知識を引き継ぐもの。魔術そのものは、魔術師の元で教えを乞うべきです。長老が紹介してくださるでしょう」

「……!はい!なんでもします。教えてくれてありがとうございます。長老さんにお願いに行きます」

「それがいいでしょうね」


 どうやらフローラがやる気になってくれたようだ。魔術都市にも行くつもりがあったので、ちょうどいいな、と思っていたら、ギデオンはちらりと私に視線を向けた。不愛想なのは何も変わっていなかったけれど、どう考えても昨日から態度が軟化している気がする。


「アンジェリカ」

「なぁに?」

「貴方は、呪いを解くことを望んでいるか?どうやら他人事のように聞いているようだ」


 まっすぐに私を見つめながらギデオンは問いかける。


「それはどうでもいいわ。でも戦うことで呪いが掛けられるなら、あなた達を戦わせられないでしょう?対策として知りたいのよ」


 当たり前じゃないの、とそう思いながら答えると、ギデオンは少しだけ傷ついたように瞳を揺らした。

 けれど一度視線を伏せ、その瞳を上げたときには、射るような眼差しを向けてきた。


「……アンジェリカ」

「は、はい」


 腹の底から響くような声が怖い。


「言ったはずだ。貴方を軽んじる者を、俺は、例え貴方だろうと許さない」

「……聞いたけど」


 そんなことを言われても、軽んじてなどいないし、むしろ誰より気持ちに忠実に生きていると思うのだけど。


「分かって欲しい。貴方の育てた養い子は、魔王なんぞより、貴方の呪いを解くことを望んでいるんだ」

「そうだよ。おねえちゃん。呪い、絶対に解くから!」


 フローラに両手を握られ、何度も何度も、絶対解くから!と力説される。2人の気持ちに、私は置いて行かれている。


 やっぱり私は、人の気持ちが良く分からない。

 けれど私を思って言ってくれていることは分かるので、こんな時ちょっとだけむず痒いような気持ちになる。心の奥底に何かが芽生えそうで、だけどそれが何かも分からないまま消えていく……。

 これは私の心が欠けていて起こることなのかも本当に私には分からないのだ。







 私たちはそのまま数週間賢者の里に滞在し、フローラは魔法書を読み漁り、ギデオンと私は呪いについての文献を調べ過ごしていた。そうして、レイルが旅支度を終えて戻ってきた。


「基本的なことは学び終わりました。魔王討伐が終わったら戻ってくるつもりですが」

「そうなのね!早いわ。やっぱりレイルはすごいわね」


 抱きしめてヨシヨシと頭を撫でてやると、久しぶりだったせいか、レイルは今度は少し照れていた。


「……本当ですね。確かにアンジェリカさんの魂が少ない……僕でも分かるようになりました」


 私の手を掴みながらレイルは言った。


「そうなのね。すごいわね」

「体力も分かります。これからは倒れたりしないように僕が見てますね」

「ありがとう。さすがレイルね!頼りになるわ!」


 すごいわ!うちの子たちは皆なんて賢いのかしら!年齢もそうだけれど、私よりずっと強くなってしまったのではないのかしら?


「明日出発でいいのか?」


 ギデオンの言葉に、私たちが「はい」「そうしましょ」「了解」と答えると、ギデオンは私の手を引き、急に両腕で抱き上げた。ひぇ。


「な、なに」

「もう寝た方がいい。ベッドに運んでいく」

「ちょっとあなた過保護過ぎない!?」

「それぐらいでないと、貴方は死んでしまうだろう」


 まぁ、確かに。否定も出来ないかもしれないけど……。

 そんなことを思っている間にベッドの上に優しく下ろされる。ギデオンは口調はきついけれど、ずいぶんと優しく対応してくれるようになったと思う。


 私に布団を掛けると、顔に落ちてきていた髪の毛をその手で払ってくれた。

 そのまま、気難し気な瞳を私に下ろした。


「……死ぬな」


 そう呟いた心細そうな声色が、まるで子供の頃のようだと思った。


「もう、死なないでくれ……頼むから」


 私は一度この子の目の前で、この子を助けて命を落としている。それは人格形成に間違いなく影響を与えていたんだろうと感じている。こんなに大人になっても、まだリリーへのこだわりをちっとも捨てられていないのだから。


「分かったわ、約束する。あなたの前では死なないわ」


 二度と傷付けないから安心して、そう思いながら微笑んで答えると、私の答えにギデオンは深くため息を吐いた。


「いいからもう寝ろ」


 諦めるように彼は言った。






 そうして翌日、お世話になったことを賢者の里の皆さんにお礼を言い、レイルはご両親と抱きしめ合い、次の魔術都市を目指した。

 フローラの実力向上の為に行きたかった場所だけど、呪いの解呪方法を学ぶために今はフローラは到着を心待ちにしている。


 そうして荷物のようにギデオンの背中に背負われ、山を下りた。


(私、いらないんじゃないのかしら)


 道中段々とそんなことを思っていく。私本当にお荷物になっている気がする……。

 十分強くなったら、魔王戦の前には私はこの子たちの前からいなくなっていた方がいいのかもしれないわね。


 そう思いながらも、でもそれはギデオンがなぜか分からないけど怒りそうな気がした。


 なぜ彼はあんなに怒りっぽいのだろう。少しも合理的じゃなくて、意味のない事ばかり言ってくる。


 ギデオンを連れて行きたい、最後の目的地に着いたら、私はそこでお別れしよう。そう決めたら心が晴れ晴れしてきて、鼻歌を歌い出したらギデオンにうるさいと怒られた。

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