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水の都

 乗合馬車で旅をする間、ギデオンはずっと不機嫌そうだった。

 ほとんどの時間を、マントを羽織ってふて寝するように寝ていた。それはまぁ、私がいるからなのだろうけれど。


 けれど、そんなことが気にならないほど、私は旅を楽しんでいた。鼻歌を歌いながら過ぎていく景色を眺める。しばらくの間田舎道が続く。

 窮屈なアンジェリカの生活が終わったのだ。その上大切だった子供たちと過ごせるのだから、ご褒美のような時間だろう。


 レイルとフローラはよく話しかけてくれた。


「アンジェリカさんはおうちの方は大丈夫だったのでしょうか?」

「勘当よ」

「それは……思い切りましたね」

「ひぇぇ」

「構わないでしょ。それに世界の脅威がなくなった後なら、自由に生きてもいいと思うの。元のように暮らしたいと思うわ」

「……おねえちゃん、私も冒険者になったら連れて行ってくれる?」

「もちろんよ。でも……お兄さんたちによく相談してね。これ以上嫌われたくないわ」


 そう言うと、離れたところでふて寝状態のギデオンを見つめた。


「大丈夫ですよ。きっと誤解があったんですよ。いろいろと……」

「そうかしら」

「ギデオンは女性の心の機微がそもそも分からない……」


 薄々思っていたけれど、フローラは可愛らしい顔をして結構辛辣なことを言うタイプらしい。


「ミリアさんだって……」

「どなた?」

「ギデオンと婚約してた従姉のおねえちゃん」

「あぁ……」


 例のアンジェリカが相当ひどい目に合わせていたという女性ね。


「ギデオンは何もわかってなかったと思う」


 どういう意味かとフローラの顔を見ると、うんうんと、納得するように頷いている。


「私がしてたことが分かってなかったのね」

「いや、そうじゃなくて……ギデオンは、ちょっと、表面的な言葉の裏を読み取るのが苦手なんですよ」


 レイルが口下手なフローラを補足するように言った。


「僕は、もともとアンジェリカさんを怖いとも思ってなかったですよ」

「私も」

「……そうなの?」


 警戒心の薄い優しい子たちが少しだけ心配になる。リリーのこともあっさり信用しようとしているように見える。


「……あなたたちが、信じようとしている方が不思議なくらいよ」


 そう言うと、レイルは困ったような顔をして、フローラは満面の笑みを浮かべた。


「どう見てもおねえちゃん!言ってる内容も、魔力も、やっていることも」

「僕は半信半疑ではあるのですが……大体同じことを思ってます。だから……ギデオンが頑なすぎるような気がしてて……」

「いいのよ信じなくて。あなたたちが強くなってくれれば」

「そういう言い方がおねえちゃん」

「僕もそう思いますよ……リリーさんは強さが正義であり、愛なんですよね」


 強さは正義だけど、愛だったかしら?

 どうやら子供たちは養い親に色々夢を見ていたようだと時々感じる。ギデオンも聖女と言っていたし。







 馬車を降りるとそこは、町の至るところに噴水のある、美しい水の都だった。

 明るい日差しのもとに水しぶきが虹を作っている。


「綺麗な町ー」

「初めて来ました。水源である賢者の山のふもとなんですよね」

「……」


 にぎやかな街を見つめる三人は、どうやら旅慣れていないようで、きょろきょろと物珍しそうにしている。少しだけ楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。


 各地を渡り歩いていたリリーは一時は住んでいたこともある場所だ。


「冒険者ギルドはこっちよ。何件か受けて、レクチャーを進めましょう」






「ちょ、アンジェリカさん、自然にB級依頼受けようとしてますけど、初心者用じゃないですからね!?」

「大丈夫よこれくらい」

「虎の穴に落とされた思い出死ぬまで忘れませんよ!?」

「覚えてたの?」

「忘れられませんよ!!」

「なにかあったら助けようと思ったけど、一体ずつ的確に倒して、這い上がってきたじゃない」

「命がけでしたから……」


 レイルに止められてしまうと、悩んでしまう。賢いこの子は、昔から言うことが的を射ているのだ。意見が割れたときに、誰もがレイルの肩を持った。イザックには「リリーはレイルの言うことを良く聞くように」とどちらが大人なのだか分からないことを言われたものだ。


 仕方なく、うーん、と考え込む。


「おねえちゃんこれは……?」

「クレイジーラビットのC級討伐依頼……」

「うさぎ……」

「可愛いもの好きよねぇ……」


 フローラが瞳をキラキラと輝かせている。うさぎになにか夢を見ているのかもしれないけれど、結構凶暴なモンスターだったような……。


 うさぎのぬいぐるみを大事に抱えていた小さなフローラを思い出す。


「あなたが持ってたぬいぐるみみたいのじゃないのよ?」

「分かってる……」

「これでいい?」

「うん」

「はい」

「……」


 ギデオンは、もうずっと無言を貫いているけれど、それでも文句も言わずに後ろを付いてくる。

 黙っていれば、端正な顔立ちで美しい銀色の髪を持つ彼は人の目を引く。先ほどからギルド内の女冒険者たちが彼に声を掛けようとしているけれど、絶対零度の眼差しを受けて退散していく。


「依頼は掲示板から受けられるし、何を受けたらいいのか分からなかったら受付嬢に相談したらちょうどいいのを教えてもらえるわ。それじゃ、手続きだけ見ててね」


 そう言って受付に向かい、注意事項や地図なども教えてもらう。質問があったらこの時点で聞いておかねばならない。冒険者にとっては何か一つの取りこぼしで命を落とすことだってありえるのだから。








 宿屋に荷物を置かせてもらってから、町を出て森を進むと、クレイジーラビットの生息地に着いた。

 普通の森のように見えるが、初級のモンスターが多い。よくある、繁殖しすぎているモンスターの討伐依頼だ。


「とりあえず、倒せばいいから」

「とりあえず……」

「倒したあとで、魔石と素材を回収して持ち帰るの」

「了解です」

「注意点は……」


 ほかになにかあったかしら。


 言いながら、視界の端に白い影を見つけた。木陰から、こじんまりした生き物が、凶暴な顔つきで人間を見ている。

 私は手に持った石を大きく振りかぶって、投げる――。ばしゅんと音を立ててモンスターが倒れる。


「そうそう、一体倒したら、数十体は集まってくるだろうってこと!」

「えええ!!」

「先に言ってくださいよ!初級モンスターだって言ってたのに!」


 フローラが、味方全体に防御力を上げる魔法を展開させる。

 レイルは自分とギデオンに向けて攻撃力アップの魔法を。

 ギデオンは、敵だけを見ていて、もう剣を振り下ろしていた。ずさん、とモンスターが地面に切り落とされていく。


 まぁ、的確だわ――

 冒険のパーティーなんてもちろん組んだことなどないだろうに、実践に向いていると思う。


 私は石をぽこんと投げつけていく。


「……おねえちゃんなんで石?」

「体力付けないといけないから魔法を暫く封印するわ」

「何体いるんだよぉぉ」


 見ると範囲攻撃魔法を展開したレイルが一人ターゲットになって、数十体のラビットの殺意を一心に浴びていた。真っ青な顔をしたレイルが範囲魔法を展開しようとしているが、詠唱が間に合わない。


「下がれ」


 ギデオンがレイルを庇うように前に立ち、瞬時に何体ものラビットを切り裂いていく。俊敏な動きには無駄がない。


 ……やっぱり、強いのね。ほれぼれと見てしまう。

 強者だけが持つ強い気に体が包まれているギデオンには目が奪われる。一分の隙も無い身のこなしを見ていると……もっと強くなって、早く私と戦ってくれないかとぞくぞくとしてくる。


「えい」

「おねえちゃんの緊張感のない投擲……でも強い」


 それにしても、何かおかしい気がする……。

 どうして体がこんなに重いのだろう。普通の人としても大した動きはしていないと思うのだけれど。


 そうして、とりあえず全部倒して、解体の仕方を彼らに教えた。持ち帰るものは魔石以外は持てる範囲なのだけど、私がいる限りは収納魔法でほぼ持ち帰ることが出来る。フローラは「かわいくなかった……」と残念そうに呟いていた。







 ギルドに戻り依頼完了。

 言ってみれば、この最初の基本的なレクチャーだけ誰かに教われば、終わらせてもいいのだ。あとは場所によって違うモンスターの仕様とか、そういう細かい話になるのだけど、大抵の人はそういったレクチャーも受けることを希望する。報酬を受け取って、宿屋に向かった。


「実は僕、出発前に魔王討伐の出立資金を頂いてきました」

「……え?」

「話だけ通しておこうと思って王宮まで行ったら、もらえたんです」


 じゃらん、と金貨の入った袋を見せてくれた。


「……レイルあなた優秀ね」

「そんなことはないですが、アンジェリカさんが持っててくれませんか?収納魔法に入れておいた方がいいと思うんです。宿代とか、日銭は各自持ち歩くとして」

「分かったわ」


 大した費用は掛からないと踏んでいたけれど、もらえるものは持っていた方がいいだろう。武器も自腹で買うことになったらそれなりの値段になるのだろうし。レイルは本当に気の利く子だ。




 その日は宿屋の下の食堂で食事を取り、三人は初めての討伐完了で少し浮かれているようで、酒を飲んで楽しそうにしていた。

 こういうのは嫌いじゃないな、と思う。

 自分は飲まないけれど、子供たちが楽しそうにしているのを見ると、自分も少しだけ一緒に楽しんでいる気持ちになれてしまう。


「アンジェリカさん飲まないんですか?」

「そうね。私は感覚が鈍るのが嫌なのよ」

「そ、そうですか」

「……おねえちゃん、元気ない?」

「え?」


 見るとフローラが心配そうに私を見つめている。そうして闇色に輝く、人ではないような瞳を見せた。


「体力が……ほとんど残ってない?」

「……」


 たしかに、このひ弱なアンジェリカの体はもうフラフラとし出していて、休んだ方がいいのかもしれない。

 フローラの魔眼は本当に万能ね……、そう言おうとしたのに言葉が出てこなくて、私はその場で意識を失った。







 どうやら熱を出したようだ。朦朧としながら薄目を開けると、宿屋のベッドの上に寝ていて、フローラが魔法を掛けてくれていた。


「回復魔法が効かない……」

「病気や怪我じゃないから、体力はどうしようもないんだろうね」

「でも……熱は下げられるはずでしょう?魔法が効かない体質とか?」

「そうなのかな……」

「それにこんなに弱いなんて……おかしくない?筋肉痛になるとかなら、分かるよ?」

「先天的な体の弱さなのかも。アンジェリカさんも知らかったのかな」


 必死な表情のフローラたちが話し合っていた。

 私は状況を理解する。体力を失い過ぎて倒れて熱を出した……のかしら。いやでもまさか、ほんの少ししか動いてないわよね。アンジェリカにしては、徒歩で森に分け入ったとか、石を投げるとか、もちろん普段はしないようなことだっただろうけれど。

 それでも熱出る?なにか感染症?それならフローラが治せるのか……?


 レイルの言う通り先天的なもの――


 そう考えてぞっとする。

 そんなことになったら、この体でもう一度、激しい戦闘をすることなど出来なくなるじゃないか。そうなると魔王はどうしたら。自分が倒すつもり飛び出してきたというのに……。


 静かになった部屋の中で、目を瞑りそんなことを考えていたら、頭の上に、ゴツゴツとした堅い手が添えられた。その手は額の熱を感じ取り、そうして、髪をすくように頭を撫でていた。


 ――なぜ。

 あまりの衝撃に、寝ているふりをするのに必死になる。この堅い手の主は一人しかいない。


「リリー……」


 その低く響く声は……ギデオンのものだった。



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