式典
王宮でのパーティなんて、どれくらいぶりなんだろう……。
これまでだってアンジェリカとして参加はしていたけれど、私はそんなに楽しくなかったのよね。
まぁでも、今回は全然別なんだけど。
だって……とても恥ずかしいことに、初めて、ギデオンにエスコートされるのだから。
ギデオンにエスコート!
まさかそんな日が来るなんて、ああ、かつてのアンジェリカに教えてやりたいわ。
今日は気合を入れて着飾っている。
ブルーのグラデーションのドレスに銀やダイヤの宝飾が付けられた豪華なドレスは、もちろんギデオンの色を意識したもので、この式典での私たちの婚約披露の意味合いもある。
彼の紫の装飾品も、もちろん私の色だ。
会場に入ると、ため息の混ざる羨望のような眼差しが私たちに向けられた。
視線に釣られて彼を見上げると、確かに宝石のように美しいな、と思う。
それにしても、もっとこう「あの悪名高き……!」「卒業パーティで話題の……!」とかざわめきが起こるかと思ったのだけど、何にもない。
悪評立ってないのかしら?
殿下が何か言ってた気がするけど思い出せない。なんだっけ?
「大丈夫か、アンジェリカ」
「ふふ、大丈夫よ」
ギデオンは優し気に私を見下ろす。
その瞳は、かつてのギデオンからは見たこともなかったものだ。
ずっと彼は嫌悪のにじむ眼差しを私に向けていた。それは私のせいなんだけど、今ではもう別人のようだ。
「またここに戻ってくると思わなかったわね」
「俺もだ。もう……これからは国を捨てて旅をして暮らしていくものかと思っていた」
「ギデオンもそう思ってたの?」
「そうだな……俺たちには旅が似合っている気はしていたが」
「そうしたい?」
「お前が望むなら。どうしたい?」
「そうねぇ……」
とりあえずは、結婚式まではこの都にいることになるのだろうけど。
戻ってしまえば、戻ってきたことがとてもしっくり来ているのだ。
そんな風に思うのが不思議。
だってこの場所はずっと辛い場所だったのにな。
隣に立つ彼を見上げて、ああ、と思う。
彼がいるからそう思うんだって。
「ギデオンが一緒なら、どこでも生きて行けると思うの」
そういえば彼も笑って、答えてくれる。
「俺も同じだ。アンジェリカ」
照れてしまう。
彼が本当にそう思って言ってくれているのが分かるから。
もう答えを出した方がいいのかな。
考え込んでいると、レイルとフローラが笑顔で現れた。
「おねえちゃん!」
「二人とも待ってました」
「まぁ二人とも素敵!かわいいわフローラ!」
上品に仕立てられた正装に身を包んだ二人を初めて見た。
立派な成人の、大人の男女だ。私なんかよりもずっとしっかりした人に見える。
「おねえちゃんの方が綺麗だよ。婚約おめでとう」
「おめでとうございます。アンジェリカさん、ギデオン」
「ありがとう……」
可愛いわ二人とも。ずっと一緒に居たいわ。
抱きしめようとするとレイルに笑って止められる。衣装が乱れちゃいますよ、と。
「明日から僕らは里や、魔法研究所の方に行ってきますが、式までに戻ってきますね」
「ええ、宜しく伝えてね」
本当は私も……おじいちゃんやスカイ先生にもお礼を言いに行きたかったけれど、まだまだ生活が落ち着かないのよね。もう少ししてから行けるといいな。
ギデオンは今は騎士団に戻り、魔王戦の事後処理をしているそう。
私は、これまであまり交流がなかった父や兄と会話をして、最初で最後かもしれない……家族の時間をのんびりと過ごしている。そうして式の準備や花嫁修業をさせられているのだ。
まるで違う世界に戻ってきたみたいに、毎日が心から満たされて幸せなのが不思議だ。
「そろそろ始まりますね」
見ると国王陛下、そして王族の皆様が壇上に集まっていた。そうして私たちを見下ろして言った。
「我らが国の討伐隊による、魔王討伐を祝して、功労者たちを表彰する」
そうして一人ずつ、名前を上げられ、陛下の前で挨拶をした。
エドウィン殿下がやけにニヤニヤと私を見ていたのが辛い……。絶対婚約を揶揄っている目線だ。
案の定、祝賀パーティになって歓談できるようになったとたんに絡まれた。
「伝説の魔法使い、アンジェリカ良く戻ったな」
「お久しぶりでございます。殿下も息災で何よりでございます」
笑顔を張り付ける。
伝説っていつだ。ライラか?
「生まれ変わりなど信じていなかったが、あるんだろうな」
「……そうですね」
「どうやら王族は、聖女と出会ったとき、強く惹かれ合うようなんだ。実際に出逢ってから、それは確信した。だがお前も、昔、聖女だった時があったんじゃないのか。それにまぁ、そこの男もだが」
「……どういう意味です?」
殿下はただ軽く笑っただけだった。
「見張りを付けていた」
「え?」
「お前が旅に出ると言った日だ」
色々なことが起こった日よね。
「すぐに騎士団長と合流していたから、以降は心配していなかった。あいつが女性を手酷く扱うことはないだろうと」
「……」
最初は結構酷かったような?
「自由を満喫出来たか?」
「え?」
「お前が一番欲しいって言っていたものだ」
……?そんなこと言っていたかしら?
「どこにいても心は自由でいられますよ?」
「……ふっ」
肩を揺すって笑い出した。気やすい表情で楽しそうに。……こんな人だったのかしら。私はこの人のことも良く分かってなかったのかしら。
「変わったなアンジェリカ」
「殿下も……」
「俺たちは来年式を挙げる。お前たちも幸せに暮らせ」
「お祝い申し上げます。ありがとうございます……」
言い捨てて去っていく殿下を見守っていると、私の腰に手を回したギデオンは、私を見つめて言った。
「アンジェリカ、何を考えている?」
「良く分からなかったな、と……」
「……そうか」
ここにレイルがいたら殿下の言動の解説を求めていたかもしれない。でもギデオンにはなんだか聞きにくい。
既に婚約が結ばれている殿下とヘレナは寄り添い笑い合っている。
彼らが、この先新たに歴史に残っていく、伝説の勇者と聖女になっていくのだろう。
「良かったわね」
「え?」
「みんな笑いあえて」
「そうだな」
多少の情の芽生えていた、元婚約者が幸せになれそうで良かった。
父や兄と心が通えて良かった。
隣にギデオンが居てくれてよかった。
「あのね、ギデオン」
「ああ」
「私は新しい冒険がしたいの」
「冒険?」
「子供を作って、家庭を育み、愛する人と暮らす、無理だって諦めていた平凡な暮らしよ。私には難しそうでしょう?」
笑って言うと、彼は、それは難しそうだな、と面白そうに答える。
「2人でなら乗り越えられるかもしれないな。俺を連れて行ってくれるんだろう?」
「もちろんよ」
これは一人では出来ない冒険の旅なのだ。
「きっとこの先、もっと元気になって普通に子供が産めるんじゃないかと思うの。出来たらたくさん。駄目かしら?」
一緒に笑いあえる新しい家族に囲まれるのは、幸福をさらに増やしていくことに思える。
何度生まれなおしても一度も手に入れたこともない、家族と共に生きて行く人生。
私の望んでいるのはそれだけだわ。
「授かったら、俺も嬉しい。だが無理はするなよ」
「もちろんよ」
「ここで暮らすか?」
「それでいいの?」
「もちろんだ、アンジェリカ」
ギデオンは私を抱きしめて頭の上からキスを落としてくる。
私は、彼の手の上に私の手を重ねて、温かさを感じた。
今でも心臓はドキドキ飛び出そうだし、恥ずかしいし、照れてしまうけれど、だけど……ほんの少しずつ触れ合いに慣れてきているのを感じる。
こ、子供を作るならまだまだ、乗り越えないと行けない壁がありそうだけど……。
でもギデオンとなら。私はきっとなんでも越えていけると思うのだ。
長い旅をして……結局私たちは、全然別の関係になって、またここに戻ってきた。




