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リリー

「まぁ……脅し?」


 そう微笑んで問えば「どうかな」と挑発するように歪んだ笑みを返される。


「ちょっとギデオン、しまって、何やってるんだよ……!!」

「おねえちゃんを傷つけないで」


 二人に止められても、ギデオンは私をにらみつけながら剣を構える。

 空気を震わすような強い気を放っている。その姿の勇ましさに、記憶の中の少年の姿が消える。ああ、彼はもう大人なのだ。強くたくましくなっている。


「ふふ」


 嬉しくて笑ってしまう。これならば、いつか私と戦えるほど強くなるであろう。


「ギデオン、あなたから一本取ったら、話だけでも聞いてくださる?」

「なにを」

「貴方の体に触れられたら、でいいかしら」

「……いいだろう」


 私は親の仇なのかしら、と思うほどに憎しみの込められた眼差しを浴びせられている。情緒の教育はうまくいかなかったようだ。リリーにそんな教育が出来るはずもないのだけど。


 手をかざし魔法を発動させると、光線で視界をうばった。まばゆい光が私たちを包む。

 ギデオンは目を瞑りながらも、気配で私の位置を把握している。


「ねぇ、ギデオン」


 私は彼の背中にぴったりとくっつくように立った。


「背中に気を付けてっていつも言っていたでしょう?」


 彼は飛び跳ねるように体を放すと、驚愕した表情で私を振り向いた。

 

「気配が消えた!?」

「ふふ」

「なぜ」

「なぜって、混ぜたのよ、あなたの気配を私の中に。自分と同質のものを見分けるのは難しいの」

「俺の気配……?」


 普通の人はそんなことできないのだろうけれど、フローラなら可能なはず。


「うん。してた。お姉ちゃんの言うとおりだよ」


 彼女が私の行動を肯定してくれる。


「ねぇ、話を聞いてくれるのでしょう?」


 そうやって微笑むと、彼は渋々と言うように、やっと剣を収めた。





 そうして私たちは小屋に向かい、私が魔法でさっと掃除し、魔法の明かりを灯すと、レイルとフローラはため息を吐いた。


「高度な魔法を簡単に……」

「おねえちゃんでしか見たことない……」


 彼らのつぶやきに笑みだけを返し、座ってと促した。

 そうしてテーブルの上に書類を取り出す。婚約破棄の手続きの時に、口約束だけでは心もとないので一筆書いてもらったもの。

 レイルが代表で手に持った。


「えーと、アンジェリカさんが、魔王討伐に出発するとき、引き止めないこと。選ばれた仲間の身分や職に関わらず、帰還まで解雇はせずに、魔王討伐への出立を許すこと。討伐費用が必要になった際には、妥当だと思われる限り援助すること。公式な誓約印押されちゃってる……」


 それを読んで、彼らは顔色を変える。


「ふふ。欠片も信じられていなかったから、簡単に書いて貰えたの。馬鹿よね」


 正直この国大丈夫なのかしら?そう思うレベルだけれど、それなら国を捨てればいい。


「魔王討伐に出るというのか?」


 ギデオンが険しい視線を向けながら言う。


「そう。大丈夫、あなたたちと一緒なら」

「やっぱり僕たちかぁ……」


 レイルが肩を落とす。


「おねえちゃんと行く」


 フローラはさっきからキラキラとした目で私を見つめていた。


「読んでもらった通り、仲間への強制はないの。断ってもいいのよ。私は困ってはしまうけれど……」

「あの……本当にリリーさん?」


 レイルがおずおずと聞く。ええ、と私は答えた。


「どういうわけか、リリーの記憶が蘇ったのよ。だから、あなたたちが、リリーの養い子だって知っているの」


 ギラリと光る騎士団長の眼圧が怖い。

 まだアンジェリカが、彼を惑わす妄言を吐いているのだと疑っているのだろう。


「冒険者リリーが死んだあと、どうしていたの?あなたたちはまだとても幼かった。残したお金は貴方たちの元に届けられたのかしら」

「ええ、ええ、もちろん。僕らは子供だけでも生きていけた。だけど、ギデオンの公爵家が彼を探していて迎えに来てくれたんです。両親とともに亡くなっていたと思われていたそうです。僕たちと離れる気のない彼をみて、僕らも養子にしてくれた。とても良い家に引き取られたんです。こうして教育を受け、僕とフローラは教師になれましたし」

「そう……良かったわ」


 きっと私と暮らすよりもずっといい環境だったのだろう。


「リリーはあっという間に、なんでもない死に方したものね」


 魔王を倒せたというのに……倒したあと、魔力が枯渇していた状態で、転落死したのだ。魔法が使えればそんなことは起きなかっただろうに。滑って転んで死んだくらいの、軽い死に方だった。


「彼女を愚弄するな」


 地の底からの声がまた響いてくる。


「あの人は俺を守ったのだ。俺が居なければ死ぬことなどなかった」

「そう……」


 落ちていく少年の手を掴んだ。ぼろぼろと大粒の涙を滝のように流していた。あの小さな少年はそんなことを思っていたのか。


「リリーさんは、ちょうど18年前に亡くなりました。そうしてアンジェリカさんも18歳ですよね」

「ええ、そのまま生まれ変わっていたのかしらね?私はなんとなく、魔王の仕業じゃないかと思っているのだけど」

「……あり得る。魔王ならそれだけの力を持ってる……と思う」

「記憶が戻ったのは今日よ。だから、それまでの……無礼な態度を許して欲しいわ」

「おまえ……!自分が何をしてきたか分かっているのか!?」


 ギデオンが激昂するように言う。


「ごめんなさいね。どんなことをしていたの?」


 実際のところ、アンジェリカは自分のお願いがどれほど叶えられたのかを知らなかったはず。


「お前の言動で社交界をつまはじきにされた、俺の元婚約者は自殺未遂をした。知らないとは言わせない」

「知らなかったわ。ごめんなさい」

「……ふざけるな!!お前のせいであいつは……」


 その方はご無事?と、レイルに聞くと、療養のあとで別の相手と結婚しているらしい。いとこだったのだという。


「そのあとも、知人はおろか、話しただけの相手が、噴水に落ちる、鍵のかかった部屋に閉じ込められる、町で襲われる……命の危険に脅え、そして心を病んでいく。ああ、同じ屋敷に住むというだけで兄嫁まで追い詰めたそうだな。悪夢のような日々に、吐き気がする」


 それは相当酷い……アンジェリカの信者は思ったよりも優秀だったのだろうか。


「ごめんなさいね。私のせいよ。どれだけでも償うわ」

「ふざけるな……!!」


 立ち上がり掴みかかろうとするギデオンを、レイルが抑えた。


「ま、まって、ギデオン」

「止めるな!!」

「この悪気がないのに話の通じない受け答え……リリーさんにしか見えないよ僕」

「おねえちゃんだよ……」


 え、話が通じない受け答えがリリー?


「お前まで何言ってるんだ。リリーは聖女だろう」

「そりゃ僕らにとってはそうだけど。ギデオンはちょっと目を醒ますべきだよ」

「盲目とはこのこと」


 胡乱な目で私を見つめたギデオンはどかりと椅子に腰を下ろす。


「で、どう償うというのだ?」


 煽るような笑みを浮かべるギデオンに、にこりと微笑む。


「私は、貴方たちを今より強く出来るわ」

「強く……?」

「ええ」


 リリーはこの子たちを最後まで教育出来なかった。だから自分にもしものことがあったときに、この子たちに気付いてもらおうと、手紙を残していたのだ。一人でも一人前になれるように道しるべを書いて。


「……誰も気が付いてないなんて思わなかったの。分かりにくかったのね。ごめんなさい」

「何の話だ?」

「あなたたちがよく登った木のうろを見てみて。リリーの手紙が残っている。封印の解除方法は、あなたたちが触れることだけ」


 そう言うと、飛び跳ねるように彼らは小屋を出て行った。

 ゆっくりと立ち上がり彼らを追いかけると、すでに手紙を読んでいるところだった。


「おねえちゃああああん……」


 フローラが大粒の涙を流して号泣している。


「リリーさんの文字だ……」


 レイルがぎゅっと手紙を両手で胸に握りしめている。


「リリー……」


 ギデオンが呆然と立ち尽くす。

 手紙に書いたのは、彼らが一人前になるまでに学ぶべきことや、行った方がいい場所。


「ねぇ、そこに書かれている目的地を通りながら、魔王のところに向かいましょう。リリーの痕跡をめぐる旅よ。魔王なんてついでに倒せばいいのよ」


 私の言葉にフローラが頷き、レイルが決心したように「はい」と答えた。

 ギデオンはギラリと私を睨んだ。


「手紙に細工など……」

「出来ないわ。分かるでしょう」

「なぜ内容が分かるのだ」

「私が書いたからよ」


 話にならないけれど、アンジェリカの所業を思えば、まだ優しい対応なのではないかとすら思う。

 アンジェリカは、おそらく、本当に悪女だったのだろう。

 彼を傷付けたそれはいつか私に償えるものなのだろうか。


「信じなくていいわ。信じなくてもいいから、付いて来てほしいの。そうね。三か月もあれば終わるわ。あっという間よ」


 長いかしら?私一人なら倒してくるだけだけど、寄り道があるし。行程は余裕をもって考えた方がいいわよね。


「あなたは、魔王を倒せる剣士になれるわ」


 おそらく、私に匹敵するほどには、きっと。

 叶うなら、そんな彼の姿を見てみたいと思う。

 ギデオンの射貫くような瞳は私を捉え、そうして言った。


「お前などリリーではない。だが、お前を見張るために同行しよう」


 それは私の望んでいる返事だった。

 心から嬉しくて微笑んだ。きっと、花が咲くような笑顔を私は彼に返していた。

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