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止まり木

 学園内にいるうちに王子の使いがやってきた。

 そのまま教会に馬車で向かうことになる。王子も遅れてくるらしい。婚約破棄の手続きだ。


 王都で一番大きな教会につくと、迅速丁寧に、あっというまに婚約の破棄の手続きをしてくれた。魔王討伐を取り消されることのないように、少し脅すようにして婚約破棄の条件としての誓約書を一筆書いてもらった。王家との取り決めの方は、王子側からの破棄だからなんとかしてくれるだろう。

 神の前で、私たちの婚約の破棄は確定された。王子の独断の事態、いずれ問題にはなるだろうけれど、それでも、今は私のこの体は私一人のもの……そう思うと、笑みが止まらなかった。





 屋敷に帰ると父親に呼び出され叱責をされる。


「何をやらかしてくれたんだ。いいか、お前だけじゃない、この侯爵家の名誉を損なうんだ!見目がいいだけの、立場を理解することもなかったお前の使い道などほかにないというのに……。なぜそんな風に育った?何度も家庭教師を変え、家庭教師の人柄の厳選もした。教育に非はなかった。なのにお前ときたら……頭の悪さに反吐が出るほどだ。お前に人の心はあるのか?私の言葉が通じたことはあるのか?お前の兄と後処理に追われる。今までの比じゃない。お前は領地に送るからそこから二度と出てくるな」

「お手数おかけして申し訳ありませんわ。冒険者になろうかと思いますの」

「……聞きなさい。聞かなければ勘当だ」


 この父の発言は、もちろん本気ではない。ひ弱な令嬢が泣いて縋り反省することを望んでいるのだ。気持ちも分かる。それに乗ってもいいけれど、今回は都合がいい。


「これまで長きにわたりありがとうございました。お父様……どうか健やかにお過ごしくださいませ」

「おい」

「私これから家を出る準備をしてまいりますわ」

「おい……!いいから聞きなさい!」


 父の呼びかけに答えず、さっそうとドレスを翻す。

 ゴミのように捨ててもいい義務を背負っているわけではないことを知っているけれど、その義務は別の形で返すつもりなのだ。身分は自分からは捨てない、けれど勘当されても構わない。私はどこででも生きているのだと……知っている。






 部屋に戻ると、姿見に映る自分の姿が目に入る。

 小さすぎる顔と首筋、細い手足……その体に似合わないほどの、胸と尻の膨らみ。


「……冒険者にはいらない容姿ですわね」


 アンジェリカとして微笑むと、輝くような笑顔が姿見に映る。

 傾国の美女というのはこういう容姿なのではないか、と思うのだけど、第一王子も騎士団長もよく靡かなかったものだ。この体に興味がないというならば、むしろ好感が持てるのではないだろうか。


 軽く鼻歌を歌いながら、魔法を使いドレスを脱ぎ捨てる。細い手足をさすり、困ったものだ、と思う。


「どれだけの体力があるのかしら……魔法を使うにも基礎体力は必要なのだから」


 S級冒険者だったころ、リリーは大魔法使い、そんな名前で呼ばれることもあった。数々の魔法書を解読し、誰よりも魔法を極めてた。実際には強くなるための信念に突き動かされていただけだったのだけど。


「アンジェリカ、この体を鍛えてもいい?大魔法使いアンジェリカと呼ばれても、許してくれる……?」


 そう呼び掛けても答えはない。アンジェリカは、確かに私自身でもあるのだから。リリーの記憶はもっていても、もうただのリリーだとも言えないんだろう。


「……喜んでいるような気はする。絶対アンジェリカも楽しんでるわ」


 放っておいても、笑みが止まらないのだから。ベッドに座り込んで、思いきり笑ってしまう。


「あはははは……!」


 ああ、また冒険が出来るなんて!

 こんなに嬉しいことない。

 最後に戦った魔王は、確かに倒したはずだけど……数年前にいつの間にか復活して、そのために聖女が求められていた。魔王を倒せる聖なる光を使えるもの。聖女ヘレナの使う魔法は確かに強力だろう。


「だれが聖女じゃないと倒せないと言ったのかしらね」


 冒険者リリーが倒した魔王。やつの弱点は、もう知り尽くしている。状況さえ整えば、倒すことなど容易いのだ。

 あの時は足手まといが多くいて、命を懸けた戦いになった。私の力の全力を使わなかったらとても勝てなかった。けれどあの瞬間ほど、生きてる実感を持てたことはない。この世界で一番強いものと……戦うということ。ああ、もう一度戦いたい。


「ふふ……そのために、魔王も私に記憶を戻したのではないの?」


 そんな邪推をして笑ってしまう。

 ひとしきり笑ったあとに、動きやすい平民に紛れられそうな服に着替え、最低限の荷物を鞄に詰め、持てる限りの金銭をかき集めた。そうしてそれを、ぽい、と収納魔法に放りこんだ。私は身一つでどこへでも旅立つことが出来るのだ。








 夕方が来て、屋敷をそっと後にすると、町はずれのさびれた場所を目指す。

 人があまり住んでいない川の近く。小さな小屋がある。……まだある。

 古びた小屋の扉を開けると、室内はひどくほこりを被っていた。長く誰も住んでいないのだろう。けれど、元の住人は綺麗に片づけて出ていったのか、かつて置いてあった生活用品は、何一つなかった。


 小屋の隣に立つ大きな木。この木にはよく登った。リリーは拾った子供たちとともに、木の上に座り込み、自分の冒険譚を望まれるままに話した。「竜を倒したの!?」「大地を切り裂いた……?」「無理しちゃだめだよ……」若干引かれていた気もしないではない。


「懐かしいわね……」


 魔法でふわりと自分の体を持ち上げる。

 アンジェリカになってから使いこなしていなかった魔法も、当たり前のように使えるようだった。木の上に座ると、星が見え始めていた。

 あの頃眠れないという子を連れて、この木の上で子守唄を歌っていた。


「お眠りなさい、愛しい子……」


 リリーは孤児で、本当の親を知らなかったけれど、孤児院のシスターにその歌は教わっていた。

 よく意味の分からなかったその歌も、子供が健やかに眠るさまを見ていると、少しだけ意味が分かるような気持ちになれた。


「お眠りなさい、月夜に愛されながら……」


 ガサリ、と音がして、小屋の影から三人の人影が現れた。

 氷のような眼差しを向ける騎士団長、そして、黒髪黒目で、黒のローブを羽織る人の好さそうな青年、もう一人は、白いローブを着た小柄な可愛らしい女性だった。


「あぁ……」


 思わず声が出た。記憶の中では、小さかった私の拾い子。10歳、9歳、8歳だった子供たち。その成長した子たちがここにいる。


 ―― 「雛鳥たちよ、時は来た。止まり木で逢おう」


 あれは合言葉なのだ。彼らを引き取った時に、伝えた。一人前になってから私が力を貸して欲しい時が来たら、この言葉を伝えると。


「……ふざけるなっ!」


 騎士団長、ギデオン・リードが腹から絞り出すような野太い声を上げた。


「お前が人を惑わせる女なのは知っている。けれど、それだけは俺は許さない……!人の心を、他人の尊厳を、踏みにじるにもほどがあるだろうがっ!」


 耐えられないかのように顔を歪め、拳を強く握りしめている。

 黒髪の気弱そうな青年――レイルは「まぁまぁ」と彼を抑えた。その隣に立つ可愛らしい女性――フローラは戸惑うように私たちを見比べている。


「どういうことかしら?」


 にっこり微笑んでいえば、憎々し気に舌打ちされる。


「あの……僕らは、あなたのなかに、僕たちの『育ての親』の影を感じています」


 おずおずと、レイルが言う。レイルはおとなしそうに見えても、聡明で、言葉で理解し合うことを小さなころから大切にしていた。


「この人おねえちゃんに見える……魔法の色が一緒……」


 フローラがそう言うと、ぎょっとしたように二人がフローラを見つめた。

 フローラは小さなころから魔法の適性が高かった。魔眼と言われるものの片りんを感じていたけれど、まさか魔法を色で判断出来ていたとは。それはうかつだった、他の者にもバレる可能性があるということ。


「ふふ」


 小さな子たちが、私が居なくなったあとに、りっぱな大人になっていて嬉しい。この子たちならば、私などいなくても強く生きて行ってくれるだろう。


「私はアンジェリカ・ホルダー。リリーの記憶を持っているの」


 そう言うと、ギデオンはまた怒鳴りだしそうな顔をした。


「ねぇ、魔王を倒したいの。どうか協力してもらえないかしら?」


 子供たちの手を借りるのはどうかと思うけれど、即戦力になりそうな人たちが、私が幼いときに教育したこの子たちしか思い浮かばないのだ。


 だってリリーは『強い仲間』を『作ろう』として子供を拾ったのだから。


「黙れ!お前のような性根腐った女が……あの清らかな人を語るんじゃない!」


 ギデオンはついに剣を抜きながらそう叫ぶけれど。

 私はちょっと驚いていた。

 冒険者リリーは。

 戦うことだけに喜びを感じる、清らかさからは程遠い、人の心というものがよく分からない人間だったのに。


 清らか?

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