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魔法研究所

 翌朝、別行動をしようと思って、宿屋を出る前にギデオンたちの部屋に声を掛けた。


「ちょっとスカイ先生に会いに行ってくるわね」

「それならば俺が連れて行く」

「いいわよ、街中だもの。あなたたちはギルドの依頼でもこなしてて」


 そう言って宿屋を出ようと思ったのだけど、「待て」と、なんと後ろからギデオンが付いてくる。


「え?どういうつもり?」

「……一人にしておくと、ろくなことをしでかさないと学んでいる」

「はぁ!?」

「ちょっと待ってよ、みんなで行こうよ」


 レイルが慌てて、後から追いかけて来た。


「僕らもフローラに会いたいですし。いいですか?」


 う。私はレイルにはとても甘い。賢いし素直だし、皆が言うことを聞いとけと言うし……。

 それで仕方なく、渋々魔法研究所までの道を三人で歩いた。

 咲き誇る花の香りが風に乗ってくる。とても美しい都市だ。ここに長く住むことも悪くないように思う。

 レイルが聞いて来た。


「どんなご用事ですか?」

「フローラのことが気になるのと、今後の身の振り方の相談かしらね……」

「今後ですか?」

「私はきっと冒険者は難しいでしょう。無理よ、この体力じゃ。魔法くらいしか特技がないし、魔法研究所で雇ってもらえないかと思って」

「以前働いてらしたんですよね?」

「そうね短い間だったけれど……」

「どういうことだ?」


 見上げるとギデオンが、厳しい表情で私を見下ろしている。


「フローラが呪いを解除すれば、体力が戻るのではないのか?」

「どうかしら……そんな簡単にいくとは思えないけれど」


 生まれる前に受けた呪いでこの肉体が出来上がってしまっているのだろうから、今更体力をどうこうすることなど難しいんじゃないかしら。


「戻らないと思って今後の身の振り方を考えておきたいのよ」

「ならば、俺たちが養う。かつての恩を返すだけなのだから、何も気にする必要はない」

「養う?」


 ギデオン正気なの?と見上げれば、しごく真面目な顔で私を見つめている。本気なのか。


「そんなわけにいかないでしょう。私あなた達より若いのよ。それに、嫌よ。なんで子供たちに養われないといけないのよ」

「嫌なのか……」


 当然のことなのに、ギデオンは傷ついた子供みたいな表情をした。なぜなのだ。

 レイルがちょっと考えてから言う。


「僕としてはみんなで一緒に暮らすとかは楽しそうな気がするのですけど……」

「え、それは楽しそうね……」


 昔の小さな小屋での三人との暮らし、あの頃はとても幸せだった。再び同じように暮らせるなら……そんなことも考えてしまうけれど、いや、駄目だろう。もう三人とも成人しているのだ。子供じゃない。一緒に暮らせるような年齢じゃない。

 

「楽しそうだけど、無理よ。もうみんな大人なんだもの。自立しなきゃだめよ」

「そうですか……」

「考えていることは分かったが、呪いを解き魔王を討伐するまでは保留にしておいてもらえるか?まだどうなるか分からないだろう」

「うん、そうね……まだ決められないわよね」


 全ては魔王討伐後の話よね。倒すのはたぶんそんなに難しいことじゃないと思うけれど……。





 スカイ先生の研究室にいくと、そこにフローラも居た。

 たくさんの本に囲まれるように座っていたフローラは、私に気が付くと嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「おねえちゃん!」

「久しぶりフローラ」


 ごろごろと抱き着いてくるフローラをなでなでしてあげる。そうすると、魔力量が今までより増えているのを感じる。確実に成長しているようだ。


「ねぇ、勉強してて気が付いたよ。おねえちゃんだって、本当は呪いの解呪出来るんじゃないの?」

「え?私?無理よ。複雑に入り組んでいるんでしょう?専門の人じゃないと」

「そうなの?」


 フローラの言葉にスカイ先生が答えてくれた。


「リリーは、呪いをハサミで切るようにぶつ切りすることは出来ても、細い無数の糸が絡まったような呪いを解くことは不可能だと思うよ」

「あー……何かちょっとわかります」


 何か分かられてしまった。


「フローラ君は才能があるね。こちらにスカウトしたいんだけど、リリーの許可はいるのかな?」

「私の許可なんていらないわよ。それより私も雇ってもらえる可能性ある?」

「え……それはもちろん構わないけど。うーん。体力を考慮した仕事になるかと思うけど」

「ええ、構わないわ。魔王討伐が終わった後に、どうやって暮らしていこうか考え中なの」

「そうか、まぁ、いつでもおいで。弟子たちにも伝えておくから。リリーなら大歓迎だよ」

「ありがとう、助かるわ」


 ここで雇ってもらえれるなら、生計には困らなそうだ。

 一安心と思って振り返ると、ギデオンが気難しそうな表情で私を見ていた。


「今のままでは……働くだけでも体に負担になるんじゃないのか?」

「そんなの多少は仕方ないじゃない」

「……多少?少し歩いただけで倒れたり、熱を出しても?」

「冒険者だったときだって、怪我や病気は日常茶飯事だったのよ」

「……」


 ギデオンの陰鬱に曇る瞳を見て、あ、しまった、と思う。

 私はこの子の前で死んだのだった。怪我どころか死を見せてしまっていた。きっと今思い出している。


「……そうね。ごめんなさい。不安になるのよね。ギデオン」


 私の言葉に、ギデオンは目を瞠り「は?」と言った。


「もう、あなたの前で死んだりしないから、心配しないで。無理もしないわ。私の配慮が足りないのよね」

「え?」

「え?」


 レイルとフローラもこちらを見ていた。え?こっちこそなに?


「どうしたの?」

「おねえちゃんこそどうしたの?」

「え?」

「いつもそんなこと言わないから……」


 どういうこと?とレイルに解説を求めたけれど苦笑されてしまった。


「失礼な言い方になるかもですけど……いつもなら気付かないようなことを気付かれているようでしたから」

「……気付く?」

「心の中で思っていることを、詳しく説明する前に分かってくれることは、少し珍しいですね」

「……そうなのかしら?」


 良く分からないけれど、こういったことは、いつだって子供たちの言うことの方が正しいのだ。


 ギデオンが片手で顔を隠して、少し頬を朱に染めている。なんだか珍しい表情をしているなと思っていたら彼は言った。


「これは……気分がいいものだな」


 なんの気分なのか本当に分からない。

 私には分からないことばかりだけど、ギデオンをたくさん傷付けたから、彼がいつも不機嫌に私を見つめていることを知っている。

 確かに他の人に対してよりも慎重に、ギデオンが今何を考えているのだろうと……考えている気がする。いつだって彼の刺すような視線を気にしていた。怖いんだもの。






 数週間、私たちは冒険者ギルドの依頼をこなし、多少ギデオンとレイルはこなれて来ているようだった。私も少し日焼けしてほんの少しだけは体力も増えた気がする。ギデオンには気のせいだと言われてしまったけれど。


 そんなある日、魔法研究所に呼ばれた。フローラが解呪を試したいと言うのだ。

 スカイ先生に見守られながら、椅子に座った私に、フローラが解呪魔法を試していく。

 彼女の魔眼が夜空の星の輝きのようにきらめく。


「……竜王の呪い、恐ろしい」

「そうなの?」

「生命の源を縛ってる……奪ってる?」

「奪う……」

「もしかして、おねえちゃんの生命力で、復活してる?」

「私の?」

「……奪われた生命力を竜王が持っているかも」


 とつとつとしゃべりながらフローラが解呪を進めていく。途中で汗だくになったフローラがぐったりとしてきたので、翌日に持ち越すことになった。


 それを数日繰り返したあと、フローラが言った。


「解呪完了です!」

「ほんとに!?」

「僕の解呪魔法の感知からも、解けてそうに思うよ」


 スカイ先生も確認してくれたけれど、自分の体を感じてみても、何も分からない。


「何も変化を感じないのだけど、レイルなら何か見える?」


 レイルに手を差し伸べると、両手で包み込んでレイルは目を瞑った。


「うーん、体の状態としては前と変わらないようですが」

「そうよね……」


 フローラが言う。


「この呪いなら、幾通りかの対策が出来ると思う。かからないようには出来るよ」

「まぁ!すごいわね。さすがフローラだわ!よかったわ。それが一番気がかりだったのだもの」


 呪いの対策さえ出来るなら、心配するべきものはもう無くなる。

 最後の目的地自体には、少しだけ子供たちのことが心配にはなるのだけど……。


「体は大丈夫なのか?」


 私の肩に手をかけてギデオンが顔を覗き込んでくる。

 確かにぐったりと疲労しているのを感じる。解呪の負担があったのだろうか。疲れているようだ。


「ギデオンお願い」


 そう言って両手を広げると、ギデオンはちょっとびっくりした顔をした。


「背負っていいのか?」

「うん」

「限界が来てるなら、もっと早く言え」

「ごめんなさい……」


 背負われたら、安心して眠気が来てしまった。ギデオンの背中は大きくて温かい。あんなに小さい子供だったのに。いつの間にかこんなに大きくなってしまった。それは嬉しいことなのに、なんだか少し寂しい。あの小さな私の子は、もうこの世界のどこにもいないのだ。







 それから少ししてから、前よりずっと強くなったフローラを、スカイ先生が送り出してくれた。


「気が向いたら戻って来なさい。魔法の探求は尽きない」

「はい、ありがとうございます!スカイ先生……!」


 いつの間にか師弟関係を築いていたみたいで、泣きながらフローラはお別れをしていた。

 お世話になったお礼をして、私たちは次の、火の都を目指した。

 かつて誘拐事件を起こした火の国の都。

 再びこの子たちを連れて行くことになるとは思わなかったけれど。

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