80 ライザの心根、為人
依頼主であるガウェイン・マーチス議員について屋敷へと戻ったネイトは、応接室で出されたお茶を飲みながら待っている。
ガチャ
「お待たせした。この子が娘のライザだ。
歳は君と同じで15歳。剣は5年ほど習っている」
護身用にと指導者を付けて教えた剣のせいで冒険者を目指すと言う何とも本末転倒な事情を聞いたネイトはライザという少女を観察する。
身長はネイトより少し低い165cm程、髪は赤茶のポニーテールで、体格は女性らしくなくスラっとしたモデル体型だ。
一通り観察したネイトは名を名乗る。
「ネイト・スクァードだ。Bランク冒険者をしている。
冒険者ではない仲間と行動している為、いつまでこの街にいるかわからない。その為、今日からでも依頼を開始したいがどうだ?」
ネイトの言葉に
「ライザ。構わない」
単語が返ってきた。
元々ネイトもここまでではないにしても、これに近い喋りだった事もあり何なく受け入れた。
「では、今日から三日間よろしく頼む。
では、行ってくる」
「娘を頼む。依頼の期間は伸びても構わないが、手だけはだすなよ」
全くその気はないネイトは苦笑いを返す他なかった。
街から離れて暫くすると、雑談する事に
「何故冒険者なんだ?」
「関係ある?」
ライザはこの依頼に関係あるのかと聞いている。
「全く無いわけではない」
濁して答えた。
「…。本に書いてあったから」
「冒険の物語かなにかか?」
「そう」
端的な答えに
「どんな冒険者、冒険を目指している?
それによっては教える事が変わるかもしれないからちゃんと答えてくれ」
「…。困ってる人達を助けながら、まだ見ぬ景色を見るために世界を放浪する冒険者を目指している」
初めて長い言葉を聞いたネイトは
それって俺達のしている事と違うのか?と、思う。
「そうか。剣や魔物の倒し方は3日じゃ教えられないから、旅の仕方を軸に教える」
「任せる」
どうやら基本方針は決まった様だ。
ネイトは自分たちがしてきた旅の経験を元に教える事とする。
かなりの距離を歩いたがライザは文句も言わず、疲れた顔もせずに着いてきている。
森に差し掛かった所で一旦止まり説明をする。
「これから街道を離れて森の中に入る。森には歩き方があるから俺の真似をして着いてきてくれ。
後で気付いたことを聞くからちゃんと観察する様に」
ネイトはキチンと先生をしている。
「わかった」
そう言ったライザはネイトの事を目を皿の様にして観察する。
「いくぞ」
声を掛けて森に侵入する。
森の中、開けた場所に着きここを本日の野営地に決めた。
「どうだった?」
さっそくテストの解答を聞く。
「極力音を出さない。最小限の動きに留める。周囲の観察を怠らない。遮蔽物の位置を考えて移動する。来た道がわかる様に目立たない目印を置く。以上」
ライザの答えを聞いたネイトは驚愕した。
もちろん一つ一つの細かいやり方はその場その場で違ってくるし、理解は出来ていないものもある様だ。
だが
「大まかな所は完璧だな。何故そうしたかを答えていたら、森での歩き方はもう教える事は無くなっていたな」
ネイトの採点に満足したのか笑顔で仕切りに頷いている。
ライザは言葉こそ少ないが、表情などの感情表現は豊かだ。
「今日はここで野営をするが、持っている道具は違うが俺と同じようにしてみてくれ」
そういうと、設営を始めた。
設営が終わり、食事と片付けをすませた後。
「とりあえず今はそれでいいが、明日からは常に警戒もするんだ。
もちろんこの辺りには魔物は少ない。だが他の場所ではそうはいかないからな」
「わかった」
ライザの返事に
「今日は始めの見張りは俺がするから早く寝るんだ。
交代の時間になれば起こす。
火だけは絶やさないようにな」
「?でも見張りの仕方がわからない」
「それは今日は教えない。自分で考えてしてみてくれ。
大丈夫だ。俺は気配察知が得意だから何か異変があれば起きる」
ネイトの言葉を聞いて
「流石Bランク。わかった。おやすみ」
そう言って寝袋に潜った。
焚き火の前
ネイトは楽な依頼だと思っている。これまでに指導した二人の冒険者は手強かったからだ。
二人とも武力に才能を全振りしていて、生活力は皆無だったからだ。
獲物に見つからないようにと口を酸っぱくいったが、見つかっても倒せばいいと中々理解させるには苦労した。
その点ライザは、1教えれば10を知る天才だ。まだ武力の方はわからないが、森での身のこなしや、街道をひたすら歩いてもブレない足腰から、そこそこの腕はあるとネイトは考えている。
帰ったら弟子達に手紙を書かなければと思い出し少し憂鬱になった。
「おい。起きろ。交代だ」
テンプレートなセリフで起こすとネイトは夢の世界へと旅立った。
日が登る前
「起きて」
ライザの声で目を覚ます。
「おはよう。異常はなかったか?」
「私の中ではない」
ネイトはその言葉に満足して朝食の準備に入る。
「一人だと野営はどうする?」
ネイトの問題に
「安全が確認された場所以外では寝ない」
「それはどんな場所だ?」
さらに詳細を詰めていく。
そうして考えさせて覚えさせていくことは、あの2人の指導が役に立っている。
そんな問答を繰り返していく事で次第にライザからの質問も無くなっていった。
昼過ぎくらいまで森を歩きながらそんな事を続けていた時、ネイトの気配察知に魔物が掛かった。
「魔物がいる。おそらく鹿タイプの魔物だろう。
自信があれば任せるがどうする?」
ネイトは頭の良いライザを信用して言葉を紡いだ。
「私が戦うのはこれからいつでも出来る。
先輩の戦いが見たい」
ライザは朝の時点でネイトの事を先輩と呼んでいた。
ネイトもおかしくない為、放っている。
予想していた言葉が返ってきた為、ネイトは返事をした。
「わかった。しっかり見ててくれ」
そう言うと、気配の方へと近づいて行き、その時を待つ。
魔物をライザの視線が捉えたのを確認したら、ネイトは行動する。
サッ
音もなく近寄り
ヒュン
神速の斬撃で首を絶つ
バタンッ
獲物が気付かぬ間に命の火が消える
それを目撃したライザは目を見開き驚愕して暫く動く事は出来なかった。
動き出したライザは
「先輩は凄い。Bランクはみんなあんなに強いのか?」
あまりのレベルの違いに意気消沈していた。
その質問に
「それはない。俺は剣術で冒険者や騎士に負けた事はない」
「じゃあ、他には負けた事がある?」
流石に頭がいいと思ったネイトは
「俺の剣の師匠にはタダの一太刀も入れた事はない。子供と大人以上の差がある」
「凄い。ちなみに私の強さは何ランク相当?」
新たな質問が飛び出してきた事で、ライザの落ち込みは無くなったかなとネイトは思った。
「剣を合わせていないからわからないが、他の動きを見る限りでは、最低でもDランク相当の強さがあると思う」
それに神妙に頷くライザ。
「ただ、年齢でわかると思うが、俺自身まだまだ知見が足りない。なので正確ではないし、わかった所でそこで止まらずに上を目指して欲しい。
それにライザの強みは剣でもへこたれない足腰の強さでもなく、頭の良さと、冒険への情熱だ」
ネイトの答えを聞いたライザは納得したのか
「そう。わかった。これからも頑張る」
そう言って解体作業を凝視していた。
次の日の朝
「今日で最後だが、これから帰る。
但し、俺は口を出さないから一人で行動しているつもりで首都を目指してくれ」
「わかった」
そう言ったライザはこの二日間で学んだ森の歩き方、生き物の気配の察し方、ルートの設定の仕方などを一つ一つ確認しながら帰路につく。
優等生のライザは問題ひとつなく、首都を視界に捉えるまで来ていた。
「ライザ、合格だ。もちろん家に着くまで気を抜いてはいけないが、ライザはそんな事はしないと確信している。
そこで話なんだが…」
そこで言葉を区切ったネイトを見るライザ。
「立ち入った事になるが、ライザの父に言われた事だ。…」
ガウェインが言っていた事をライザに伝えると
「知っている」
「知っていたか。どうするつもりだ?」
ライザあっけなく答える。
「どうもしない。父の考えも気持ちも有難いけど、私の人生は私が決める」
その答えを聞いてネイトはライザの気持ちの強さに脱帽した。
「そうか。済まないな。いらない事をしたな」
「そんな事はない。先輩の心配も嬉しい」
その言葉にライザの為人の凄さを見た。
夕方暗くなる少し前、ネイト達は無事に豪邸へと帰宅した。
「ただいま」
ライザの抑揚のない小さな声だが
「おかえりなさいませ。お嬢様」
メイド達がしっかりと出迎える。
そのままネイト達は報告の為にガウェインの元へと行く。