78 人の噂も七十五日
「うぅー」
部屋に呻き声が響く。
「大丈夫か?」
心配そうなこえが聞こえる。
「…ネイトさんに心配してもらえるとは…」
カーラはぶつぶつ言っている。
「今日はバザーは無理だな。下から水とお腹に優しい物を貰ってくる」
ネイトは部屋を出て行った。
「カーラ、ごめんなさいね…」
「バザーの事はいいわ。いつでも出来るんだし。
でも飲み過ぎは身体にも良くないからダメよ」
カーラは至極真っ当な事を伝えた。
ただそれでわかるなら世の中に酒飲みはいなくなる。
色々失敗しても何度も繰り返す人もいれば、失敗した経験を活かしてお酒と上手く付き合っていく人もいる。
ケイトは間違いなく前者だ。
「昨日の話しも聞いてあげられなくてごめんなさいね」
「それは…いいわ。苦い思いも嬉しい思いもしたけど二人の思い出に取っておくわ」
ケイトもそう言われると気になるが今の状態はそれどころではない。
ガチャ
「水と、もしもの為の桶と、果物を貰ってきた。
飲めるか?」
「うぅ。気持ち悪くて起き上がれないぃ」
こいつは…と、思わなくもないネイトだが、ケイトにはたくさん助けられた恩もあるし、何より仲間だから仕方なく介護をする。
「ほら。支えてやるから飲むんだ」
そう言うとケイトの上半身をベッドの上で起こして水を渡す。
「…いいなぁ」
カーラの気持ちはダダ漏れだ。
「今、皮を剥くから寝転ばずに待て」
そう言うとネイトは手際良く果物の皮を手やナイフを使い剥いていく。
それを木の器に並べてフォークを刺して渡そうと思ったが、コップすら覚束ないので、しょうがなく食べさせる事にした。
「ほら、口開けろ」
食べたくなくて中々口を開けないケイトに
「この果物は昔から漁師たちの酔い止めに使われていると聞いた。
酒にも効くみたいだから、口を開けるんだ」
ようやく口を開けて食べ出した。
何とか完食したケイトを寝かせて二人は下で遅めの朝食をいただく。
「おっ!今日はパンか。パスタもいいが、やはり俺はパンがあったほうが落ち着くな」
珍しくネイトが朝から単語以外を喋っている。
思った事を話そうと考えた昨日の事を、早速実践しているようだ。
「ネイトさん。こちらの果物も美味しいですよ」
そう言うと一切れの果物をフォークに刺してネイトに向ける。
「はい。あーんしたください」
ネイトは驚いた後、周囲に人がいない事を気配察知ですぐに確認して口を開けた。
もぐもぐ
「うん。美味いな。ありがとうカーラ」
正直味などわからなかったが、そう答えるのが正解なのはネイトでもわかった。
「良かったです。こちらもどうぞ」
そう言って次を差し出した。
カーラは二日酔いのケイトに嫉妬していた。そんな自分は心が狭いと葛藤したが、考えて改善されるならそんな気持ちは本物ではない。
じゃあ同じようにしてもらう?と考えたが理由もないしそもそもカーラは少食だ。
そこで思いついたのが、ネイトにすると言う事だ。ネイトは大食漢なのでいくらでも食べるし、ネイトの唯一の趣味と言えるのが食だ。
これなら嫌がられないし、もしかしたら喜んで貰えるかもしれない。
そう考えての行動が先程のものだった。
「ケイトの様子を確認してから出掛けないか?」
再びの誘いにカーラは天にも登る気持ちになった。
「はい!どこにいきましょう?」
「済まないがもうアテはない。当てもなくブラブラするのは嫌か?」
ネイトの自信の無さそうな答えに
「そんな事はないです!初めての国の初めての街なので私も色々当てもなく見て回りたいです!」
カーラの気持ちを聞けてホッとしたネイトは立ち上がり
「じゃあ、そろそろ行こうか」
といい。カーラを促した。
「寝てるから書き置きして行こう」
「はい。着替えるので受付で書き置きを書いて待っていて貰っても良いですか?」
「もちろんだ」
カーラが自分と出掛けるのに態々着替えてくれるのだ。ネイトにNOはない。
書き置きを書いて暫く待っているとネイトの元へカーラがやってきた。
今日は昼間ということもあり、青いリボンがついた帽子とその下はサイドテールにして髪を纏めている。
今日もワンピースだが色は水色で腰のあたりのリボンの色はピンクだ。
靴は白色の昨日より低いヒールの靴を履いている。
「夏の空のようでとても似合っている。」
ネイトは語彙力がない事を自分でも理解している為、素直な印象を答えた。もちろん可愛いとか綺麗だ、と思っているがそれは恥ずかしくてまだまだ言えない。
言葉も嬉しいがそれ以上にネイトの表情や視線が物語っており、カーラはとても嬉しそうに
「ありがとうございます!書き置きを持って行きましょうか?」
カーラの問いに
「いや、これは俺が持って行くから待っていてくれ」
「はい!」
ネイトはすぐに動き出して書き置きを置いてきてカーラの元へと戻った。
二人は街中を仲良く並んで歩いている。
ネイトも男前な方だが、カーラの美少女度は群を抜いている。
道行く老若男女がカーラを振り返る。ネイトは最初こそ危険がないか警戒していたが今となっては慣れたものだ。
もちろんケイトも美人だがカーラ程の気安さがない為、あまりジロジロとは見られない。
ただ今日の視線はそれだけではない。
「あの人達じゃない?」
ネイト達を見て、なにやら言っている。
「なんか色んな視線を感じないか?」
ネイトがカーラに問うが
「そうですか?いつもと変わらないと思いますけど?」
カーラは気付いていない。
「カーラは可愛いくていつも見られているから気付いていないと思うが、何か言われているぞ?」
ネイトはナチュラルに可愛いといってしまって気付いていないが、言われたカーラは
「あ、ありがとうございます」
ネイトは何故お礼を言われたのか分からず、さらにカーラが顔を赤くして俯いた事もわからなかった。
暫く歩くと道行く人たちのこちらを指した会話の内容が判明した。
「昨夜カーラを抱えて歩いていた事が、何故か広まっているみたいだな…」
「そうですね」
平静を装っているがカーラはまた顔が赤くなっている。
「恥ずかしい思いをさせてしまってすまない」
ネイトが謝るが
「…確かに少し恥ずかしいですが、それ以上に嬉しいんです。また困ったら抱えてくれますか?」
ネイトに抱えられた事が広まれば、ネイトにちょっかいを出す女性が減るかも知れない、カーラにとっては良いことでもある。
そんなカーラの思惑を知らないネイトは
「困ってなくてもいいぞ」
男らしくいつでも抱き抱える宣言をした。
流石にいつでもは恥ずかしいカーラは
「…人目がないところでお願いします」
消え入りそうな声で答えた。
「あ!あそこの服屋さんに寄ってもいいですか?」
カーラの言葉にネイトはすぐに頷いた。
「いらっしゃいませ」
店員の声の後
「ネイトさんあっちですよ」
女性ものの服売り場だと思っていたネイトは、虚をつかれた。
「今日はネイトさんの新しい服を見にきました!
これなんかどうです?」
それからのネイトは、カーラの着せ替え人形となった。