76 一雫の涙
ケイトと世間話をしながらカーラを待っているネイト。
そこに待ち人がやってくる。
「お待たせしました」
ネイトの目に飛び込んできたのは普段とは違い、ハーフアップで綺麗に編み込んである髪型をしたカーラだった。
着ている服もまだ見たことのない白のワンピースに腰に黒の10cm幅のリボンが巻かれている、可愛らしいカーラに似合う物だった。
「綺麗だ」
ネイトは口に出す予定ではない言葉が出てしまい、咄嗟に無かったことにする為に、宿の玄関に向かいながら
「いくぞ」
とだけ発した。
カーラの顔は赤を通り越して爆発しそうだ。
そんな二人を見て、笑いが我慢できなくなったケイトは
「ふふっ。カーラ早く行きなさい」
と伝えて、背中を押してカーラを送り出した。
宿の前で待っていたネイトの腕をちょこんと掴んだカーラは
「どうですか?」
と、さっきの事は無かった事にして尋ねた。
「似合っている。髪も俺にはどうなっているのかすら分からないが綺麗な青色が映えている。
服も涼しそうでいいな」
なんとか無い語彙力を振り絞り、言葉にして伝えた。
「ありがとうございます」
また少し顔を赤くしたカーラは、喜びを伝えてネイトの腕をとる。
「行こうか」
「はい!」
二人は星達が顔を出す前に街へと繰り出した。
「ここでいいか?」
ネイトが示した店は静かそうで、美味しそうな匂いがしていた。
つまりネイトは鼻で店を選んだ。
「はい」
今日のカーラはいつにも増してお淑やかだ。
「いらっしゃいませ。お二人様でしょうか?」
「ああ」
この街では珍しくピシッとした服を着た男性に案内されて席に着く。
「どんな料理なんでしょうね?楽しみです」
カーラが少し硬くなっているネイトの心を和らげる。
「そうだな。何が良いかわからないからオススメを頼んだが、名前を聞いてもどんな料理かわからなかったな」
そんなネイトの言葉にカーラはお淑やかに微笑む。
「こちらが本日のオススメの魚介のクリームパスタになります。そしてこちらがそのお料理に合うお酒です。
お食事がお済みの頃にデザートをお出しします」
そう言って一礼すると、店員は下がった。
「美味しそうですね。いただきましょう?」
「ああ。一先ず今日のバザーの成功に乾杯」
二人はグラスを合わせると食事を始めた。
食事を終えた二人は店の前にいた。
「美味しかったですね。でもネイトさんには物足りなかったんじゃないですか?」
「それはよかった。物足りないはずなんだが今は満足しているな」
カーラの口にあったようでホッとしたネイトだった。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
カーラの手を引いたネイトは夜のとばりが降りた街中を進む。
カーラは行き先も知らないが、ネイトと一緒なら何処へでも不安などなく進める。
「ここを登るがその靴で大丈夫か?」
丘と言えど高さはある。しっかり整備されていて砂利敷きだが階段だ。緩やかではあるが結構長いみたいでヒールがある靴を履いているカーラを心配するが
「大丈夫です!ネイトさんが私と行きたい場所なのですよね?では、行かないと言う選択はありません」
カーラの力強い宣言にネイトは脚を進める。
3/4程登ったところで、カーラが足を滑らせる。
「きゃっ」
ネイトはその声に咄嗟に腕を伸ばして支える。
「大丈夫か?」
ネイトは心配してカーラに問うが
「ヒールが折れてしまったようです」
その言葉になんでこんなとこに来たのか、何故宿を出る前に靴を指摘出来なかったのか、ネイトの思考を後悔が押し寄せる。
だが、カーラの力強い宣言を思い出し、絶対に一緒に見ると決意するとカーラを抱き上げた。
「え!?」
お姫様抱っこを再びされたカーラは驚きで言葉が出ないがネイトは
「勝手に身体に触れて済まない。まだ一緒に来てくれるか?」
驚いて固まっていたカーラだったが普段ここまで固執しないはずのネイトの言葉に
「はい。どこまでも」
と、答えてネイトの首に手を回す。
「少し揺れるぞ」
その言葉と同時にネイトは階段を登る。
ネイトの鍛え上げられた身体はカーラの推定40キロ程の体重は無負荷と変わらない。
なぜならネイトは普通では到達出来ない肉体を持っているからだ。
楽園で、鍛錬をしたら身体は超回復をしてすぐに身に付き、休む必要がない為、無限鍛錬ができたからだ。普通の人はここまでの肉体は作れない。
もし常に成長出来る肉体を持つ人がいても、身体は休息と回復が必要でネイトと同レベルに達する頃には寿命が尽きている。
才能すらも凌駕する環境で常にピークの状態が保たれ、さらには若返った事によりしなやかになった。そんなネイトの肉体に隙はない。
精神は隙だらけだが…。
揺れるどころか自分の足で歩くより安定している事にカーラは驚きつつも、喜びと安心が感情を支配する。
「ネイトさん。私、重くないですか?」
お姫様抱っこされながら上目遣いで瞳を潤わせながら言うカーラはあざとい。
「軽い。だが、落としたらと考えると心は重たくなるな」
「大丈夫です!私が歩いて転ぶ確率よりもネイトさんが落としちゃう確率の方が断然低いですから!
それにネイトさんのおっちょこちょいなところが見えるなら多少の痛みは我慢します!」
そう言ってカーラは笑みを溢した。
少し緊張しているネイトをカーラが和ませる。
案外この二人は周りが思っている以上にお似合いなのかもしれない。
暫く進むと
「カーラ、目を閉じて欲しい」
ネイトの発言にカーラはついに来たかと瞳を閉じてその時を待つ。
その時が中々こないとカーラが焦れだした時
「目を開けてくれ」
「え?」
その言葉に『何で?』と思いながら目を開けると
「俺じゃない、向こうを見てくれ」
ネイトが珍しく微笑みながらカーラを促す。
「うわぁ。綺麗!凄いです!ネイトさん!」
カーラの目の前には月が夜空と海に浮かび、街の青い屋根が輝いて見えた。
青い塗料の成分に蓄光の効果があり輝いて見えるのだ。
「確かにこれは凄いな」
二人は幻想的な景色に思考の全てを奪われた。
丘の頂上にある東屋に行き、腰を下ろした二人はそこからも見える景色を眺めながら話しをしている。
「よくこんな素敵な場所を知っていましたね」
ネイトに女の陰があるはずもないが、一応チェックしたカーラ。
「実はな…」
船長に聞いた事を素直にばらした。
「ネイトさんまで情報収集しちゃったら私とケイトの立場がなくなりますよ!」
笑いながらカーラが答える。
「でも、珍しいですね?観光する所を探してたなんて」
『君を喜ばせたくて』の言葉が口から出ない。
喉まで出かかったがネイトが口にしたのは
「いつもカーラに誘って貰っているから、お返しにな」
「そうだったんですね。ありがとうございました」
カーラは少し寂しそうな顔をしてペコリと頭を下げた。
「でも、お返しはもういいです。ネイトさんの為じゃなくて、私が誘いたくて誘っていたのですから」
カーラの瞳から一雫の涙が落ちる。