74 潮の香り
ここはネイトの部屋、ネイト達の船旅はあれ以来順調に進み、本日王都へ着く予定だ。
「昼くらいには着くそうね」
ケイトの言葉に
「ついにか。これまで旅と言えば馬車に揺られて時間が掛かっていたが早かったな」
「そうですね。河は常に穏やかで揺れがなかったですね」
ネイトの言葉にカーラが答えた。
「順調なのは良いことよ。私は馬達の世話をしてくるわね」
「私も手伝うわ。ネイトさんそれでは」
ケイトが手を挙げて挨拶とし、カーラは可愛く会釈してネイトの部屋を出た。
残されたネイトは首都に着いてから何をするのか、何がしたいのかを考える事にした。
海は勿論だが、首都にいればいつでも見れるようだし、他の事を考える。
結局辿り着くのは依頼を受ける事だ。ネイトは依頼を中々受理すらしてくれなかった過去がある。正確にはジョンの時のことだが、その時の記憶で依頼が受け付けられない事の辛さを知っている為、受付られる事に感謝してなるべく受けようと思っていたら。
もちろん海洋都市の依頼がどんなものか気になっている事も、依頼を受けようと考えた要因だ。
後、ケイトに口酸っぱく言われているカーラをデートに誘う事だ。
いつも時間が合う時は必ずネイトを誘ってくれるカーラを、ネイトも誘いたいのだが、いかんせんネイトだ。
まずデートで行くところもわかっていない上に、ネイト自身が行きたい場所や見たいところ、食べてみたい料理などがわからない。
ネイトはわかっていない。デートとはどこで何をするかではなく『誰と』が一番大切である事を。
カーラならただの散歩でも『ネイトが』誘えば喜ぶ事にいつ気がつくのか。
親孝行も同じである。誰がしてくれたかが大事だ。
ネイトは生まれてから今まで一度も親から無償の愛を受けた事がない。だから親が簡単に喜ぶ事を知らない。
そんなネイトであれば仕方ない事なのかもしれない。
だが、そんな理由も知らずに待たされるカーラは、溜まったものではないのは間違いない。
そんな事を考えていたネイトだが
「風に当たってこよう…」
やはり結論は出なかったようだ。
暫く甲板で風に当たっていたネイトだがそこに
「ん?お嬢ちゃん達はどうした?」
船長がやってきた。
「ああ。グリードさんか。ケイト達は馬の世話だ」
初めて名前が出てきた船長は
「そうか。何か悩み事か?」
「何故そう思う?」
言い当てられたネイトは目を見開き、そんなにわかりやすかったかと疑問に思う。
「船乗りはな。悩み事があればこうして風に当たりボーッとしているもんなんだ」
なるほどと思ったネイトだった。
「何があった?」
船長に話すことでは無いが今日でお別れなので恥ずかしい事もないかと開き直れたネイトは口を開く。
「実はな…」
デートの事を話した。
「はははっ」
船長は笑った。
「いや、すまん。悪気はないんだ。あんなに強い奴でも人と同じような悩みを持っているんだと思ってな」
とりあえず笑った事は許してやろうとネイトは思った。
「それなら夜の煌めきの丘展望台に誘ってみるんだな」
「何だそれは?」
船長から出た新しい単語にネイトは疑問を呈する。
「煌めきの丘は首都の海とは反対側にある小高い丘なんだが、そこから見る夜景は街の若い恋人達に人気みたいだぞ。
まぁ、俺も嫁と若い時に行って喜んでいたから勧めたんだがな」
先達の成功例を聞いて必ずそこに誘おうと決意したネイトだった。
「相談して良かったよ。ありがとう」
ネイトは心から感謝した。
「よせよ。あんたにはでけぇ借りがあるんだから少しづつ返してるだけだ」
船長は真面目にお礼を言われて照れているようだが、オッサンのデレは誰も得しない。
「おっ。お仲間がきたみたいだぞ?」
その言葉に後ろを振り返るとこちらに気付いて手を振るカーラが目に入った。
「昼には着くから部屋に忘れ物するんじゃねーぞ?」
そう言って船長は去っていった。
「何をお話しされていたのですか?」
カーラが青い髪を靡かせながら小首を傾げて聞いてくる。
時折風が吹いて美しい髪が口元に行くのを右手で直している。
その姿を微笑ましく見ている自分に気付いたネイトは
「つまらない話しだ」
そう言ってカーラの代わりに髪を直していた。
そこへ
「貴方達?私もいるんだけど?」
少し拗ねたケイトも合流した。
「準備出来たぞ。と言っても着替えくらいしか無いがな」
ネイトの言葉に
「じゃあ積んでおいてね」
ケイトが馬車の前で伝える。
「私達の荷物はすでに積んでありますから、空いてるところへ置いておいてください」
「わかった」
カーラの言葉に返事をして馬車に少ない荷物を積む。
馬車が積んである所は、屋根が外せてそのまま甲板から引き上げる事が出来る倉庫のようなモノだ。
「準備もできた事だし、甲板に出ましょうか」
ケイトの号令でみんなで甲板に出て船着場に着くのを待つ事にした。
「世話になったな」
「こちらこそだ」
ネイトの挨拶に感謝を込めて返す船長がいた。
船は無事に終着の船着場に着いた。
荷物を下ろしたネイト達に船長が近づいて別れの挨拶となった。
ここからはまだ海も首都も見えない。
「じゃあな」
手を振るネイト達を船長は見えなくなるまで見送った。
「すぐに王都に着くはずよ」
ケイトの言葉に
「波も揺れも無かったが、地面に降りた時は不思議な感覚になったな」
「そうですね…。まだフワフワします」
「ふふっ。馬車に乗ってそれの違和感は感じないところを見ると貴方達も立派な旅人ね」
ケイトが微笑みながらどこかフワフワしている二人を見ていた。
少し後
「見えたわ!首都よ!」
「王都とは全然ちがうわね!」
「変わった香りがするな」
3人が見たのは白い壁で青い屋根の建物が無数に並んでいる景色だった。
五感が鋭いネイトだけ潮の匂いに反応していた。
「城壁や外壁がないな…」
ネイトの言う通り街を囲むような壁はない。
「陸戦が行われた歴史がないのじゃないかしら?」
ケイトの推察に
「そうかもね。来る途中の村や町には魔物や外敵から守るための壁があったものね」
カーラがこれまでの景色を思い出して答えた。
「海の仕事が充実していて、職にあぶれる人が少ない事で治安も良いって聞いてたから、入市税を取る必要も、人を調べる必要も無いのね」
二人の見解は正解だ。壁がない理由で陸生の魔物が少ない事と、外国が立地条件的に直接陸から攻め込みづらい事、海へのアクセスを重視した結果、今まで壁が必要になった事はない。
ただし、国内での反乱には備えて連合議事会などの行政施設などは高い壁で囲んである。
「一先ず宿をとるわよ」
「また任せる。金はこれを使ってくれ」
「…悪いわね」
まだバツが悪そうな表情でネイトからお金を受け取るケイトだった。




