73 船酔いか酒酔いか
先程から船員に指示をしている人が船長だと踏んで、ネイトは声を掛ける。
「忙しくしている時に済まないが俺は冒険者だ。何か役に立てる事はないか?」
声を掛けてきたネイトを訝しげにジロリと睨んだ船長は
「剣士か…弓使いなら頼めたが剣士にはできる事はないな」
「それは遠距離攻撃が必要という事か?」
船長の話しを聞いて新たに問う。
「そうだ。わかったなら船室で大人しくしていてくれ」
船長はそういうとネイトから視線を外すが
「魔法が使える。あれくらいの船であれば沈めれるくらいには」
船長はネイトを凝視して言った。
「本当か!?杖も持ってるようには見えんが…。しかし本当なら頼めるか?」
「本当だ。頼みとはあの船を沈めればいいんだな?」
ネイトの言葉にゆっくりと頷いた。
「待っていろ」
その言葉を残してネイトは賊達の船の方へ向かう。
見やすい場所を確保したネイトは詠唱に入る。
『私の内なる魔よ。母なる水面へと帰り我に力を貸し給え』
『ショックウェーブ』
ネイトが魔法を唱えると水面が隆起して高さ20メートルの波が賊達の全ての船を飲み込んだ。
その後200m程波が進んだら水面は落ち着いた。
「な、何が起こった?」
詠唱に集中していたネイトの横にいつの間にか来ていた船長が呟く。
「魔法で波を起こした」
端的に今、行った事を伝えた。
「馬鹿な…そんなもの聞いたこともないぞ…」
あまりの驚きように拙いと思ったネイトは
「この事は内密にしてくれ」
船長の肩を掴んでこっちを向かせて目を合わせ頼んだ。
ネイトの思いが伝わったのか
「ああ。恩人の言う事なら聞かなきゃな」
船長は正気を取り戻して頷いた。
船室にて
「へぇ。そんな事があったのね」
「私もその魔法を見てみたかったです」
ネイトの戦闘力に慣れている二人の反応はいまいちだったりおかしかったりする。
多分カーラは魔法じゃなくて活躍するネイトの姿が見たかっただけだ。
「船代もタダにならないかしら」
一度無一文を経験しているケイトはケチになっていた。
コンコン
「いいか?」「ええ」「はい」
ネイトの問いに二人が応えたので
「空いている。入って良いぞ」
ガチャ
そこに居たのは予想通り船長だった。
「休んでいるところすまんな。この度の礼を伝えたくてな」
そういって部屋へと入ってきた。
椅子が二つしかないので女性達はベッドに移動して、船長とネイトが座った。
「ネイトさんが使った魔法はどうでしたか?」
まさかのカーラが先陣を切った。
「ん?魔法の事を知っているとは仲間か?」
「そうだ。ここでは喋っていい」
ネイトが促すと
「大波を使って賊どもの船を全部沈めやがったぞ」
愉快そうに船長が伝えたらカーラも満足した。
どうやら本当に魔法にも興味が有ったようだ。
「本題だが、礼がしたい。渡せる物は少ないがまず船代は返す。他に欲しい物はないか?」
その言葉に真っ先に反応したのはケイトだった。
「ホント!?助かるわぁ。これで首都に着いても気兼ねなく買い物が出来るわね」
「そ、そうか」
女性陣ばかりが主導して話しのコシを折られまくる。
「仲間も喜んでくれた事だし、他の礼はいらない。願うのは無事に船旅を終えることだけだ」
ネイトの言葉に
「ふぅ。船を助けられたからどれだけ礼を払わなければいけないか心配だった。恩にきる。
しかしそれだけでは船乗りのメンツが保てん。
つまらん物だがこれを受け取ってくれ」
そう言って安堵した船長が差し出してきた物は
「紹介状?」
「そうだ。国内くらいしか俺の名前は通っていないが国内であればほとんどの船に乗船できるはずだ。
それを見せれば運賃もまけてくれることだろう」
初老をとうに過ぎた船長は若者の様な笑顔で再び礼を言ってから退室した。
「余程船が無事で嬉しかったようね」
「ケイトもタダになって嬉しかったろ?」
ケイトの言葉にネイトが揶揄いで返す。
「ネイトも言う様になったわね…」
「でも、ネイトさんの言う通りでしょ?」
「…」
ケイトに味方はいない。
「この魚もおいしいわ」
「ネイトさん。こっちも食べてみてください。美味しいですよ」
「もぐもぐ」コクコク
3人は船長の計らいで好きな物を好きなだけ食べて良い事になった。
何故そんな事になっているのか船員達は誰一人知らないが、一目絶世の美女達を見る為にせっせと船長室に料理を運んだ。
「ぷはぁ」
「ネイト食べ過ぎよ」
「ケイトはネイトさんの事を言えないわ」
カーラは普通くらいしか食べないが、二人はそれぞれ3人前以上は食べている。
「明後日には着くのよね?」
カーラの質問に
「遅れている報告は聞いてないからそのはずよ。
船着場から首都までは1時間程で着くみたいね」
「じゃあ、船の夜も後2日ね」
嬉しそうに言ったカーラに
「早くネイトと同じ部屋で寝れると良いわね」
ケイトが言った言葉にカーラは唇に人差し指を立てて抗議した。
ネイトは聞いていないふりをした。
船旅はネイトが個室でケイトとカーラは部屋のサイズがネイトと変わらなくてベッドが2段ベッドになっているだけだ。
料金の関係上、ネイトは個室を選び、ケイトとカーラは節約した。
その為、二人の部屋は荷物で一杯で、3人が集まるのは専らネイトの部屋だ。
「ネイト。貴方もお酒飲まないかしら?」
珍しくケイトがネイトを誘った。
「そうだな。飲もう」
少し考えたが飲む事に決めた。
「ネイトさんが飲まれるなら私も…」
お酒が苦手なカーラはおずおずと手を挙げる。
「じゃあ頼みましょう」
ただ酒程美味しい酒はない。
この後、1時間以上飲んでいたら船長に『そろそろ部屋を開けてくれ』と頼まれるのであった。
「カーラ。大丈夫か?」
「大丈夫です…」
慣れない船の上と元々お酒に強くないカーラは気分が悪くなった。
「ネイト。カーラを甲板の涼しいところで休ませてあげてくれない?」
ケイトの提案に
「わかった。ケイトは戻れるな?」
少し足取りが怪しいケイトに聞いたが
「それこそ大丈夫よ。起きてるからいつでも声を掛けてね」
そう言い残しケイトは退室していった。
残された二人は
「カーラ。歩けるか?」
「うぅ。少し難しいです」
そう言われたが船長が待っている。
そこでネイトは
「すまん」
一言謝って、カーラをお姫様抱っこした。
「背負うとお腹が圧迫されて気持ち悪くなるかもしれないから、今は我慢してくれ」
そう言ったネイトはカーラを持って甲板へ向かう。
カーラはもはや気分の悪さは忘れてしまい、ネイトに抱き抱えられている事に、嬉しくも恥ずかしくもなる。
「どうだ?少しは落ち着いたか?」
カーラを甲板にある長椅子に座らせて、ネイトは水を取ってきてカーラに渡した。
水を受け取りながら
「ありがとうございます。恥ずかしいところを見せちゃいましたね」
カーラは自虐的に話すが
「そんな事はない。こんなに綺麗なカーラに恥ずかしいところがあるなら、俺は自分が恥ずかしくて外も歩けないはずだ」
よくわからないがネイトなりに慰めの言葉だ。
「ありがとうございます。ネイトさんはいつも優しいですね」
「俺も優しさを貰っているからな」
二人の視界には上に星空、下にも星空が輝いている。
「こんなに綺麗なモノを見せてくれてありがとう」
ネイトの言葉はカーラに向けたものか。それとも景色に向けたものか。はたまたそれ以外か。
ネイトもカーラもお互いに言葉を無くして、景色をただ眺めているだけだった。




