70 国境のその先へ
宿を出る準備を終えたネイト達は宿の前に止めた馬車に乗り込んだ。
「忘れ物はないわね?」
「ああ」
「ええ」
ケイトのいつもの確認に頷きを返す。
「では国境へ向かうわよ」
馬車は町を出て国境のこちら側の関所に向かう。
「次の者」
交易が盛んな為に暫くまたされたネイト達は漸く呼ばれた。
「行商人達は向こうで手続きをしてくれ。冒険者のネイトはこのまま馬車を進めて関所の出口の他の者の邪魔にならない場所でこの者達を待て」
関所の兵士に言われた3人は二手に分かれて行動を開始した。
20分ほど待つと
「お待たせしました!」
「待たせたわね」
二人が手を振りながら合流した。
二人の近くに居た冒険者らしき集団から嫌な視線を向けられたネイトは殺気を飛ばして前もってツユ払いをした。
「さっきの冒険者は嫌な感じだったわね」
「そうね。声を掛けてくるならまだ分かるけどジロジロと人の事を値踏みしてるみたいな視線は最低ね」
ケイトの言葉にカーラは同意を示した。
「ネイトさん。守って下さいね」
カーラが小悪魔カーラになり上目遣いでネイトに懇願した。
「もちろんだ」
あざといカーラが可愛くて恥ずかしくなり視線を外して答えた。
「それとネイト。次の関所は他国だからこれからは剣聖の異名も使えないわよ?」
「承知している。俺が望んだ事だ」
ネイトとケイトの話しを聞いて
「貴族の人たちに絡まれない様にしなきゃね」
「そうね」
カーラの懸念にケイトは同意を示した。
次の関所も当たり前だが混んでいた。
「次の者、前に進め」
兵士の言葉に馬車を前に出し、所定の位置まで行くと3人は降りて馬車が検分される。
「書類に間違いはない。女性二人はあちらの建物で行商の許可証を申請しなさい。
冒険者ネイトはこのまま馬車を国内に入れてよし」
その説明を聞いて、ケイトとカーラは建物を目指し、ネイトは馬車を操る。
「お待たせ」
「お待たせしました」
毎度のやり取りを行い、3人は馬車の旅を進める。
「あの冒険者達は居なかったわね」
「あんなの居ない方がいいじゃない」
ケイトは言葉にカーラが気持ちを述べた。
「目の届くところにいる方が確認できて安心するじゃない?
私だけかな?」
「ああ。それは何となくわかるわ。行く方向が分かればいない方へ行けるものね」
モテる女子ならではの悩みを話す。
「次は近くの町に行くのか?」
「そうしたいわね」
話しに加われなかったネイトがこの後の予定を聞く。もちろん聞くだけでそれについては任せっきりだ。
国境の近くの町は近いと言えどそれなりに離れてはいる。余り近いと国同士で不信感を抱きかねないからだ。もちろん不法入国防止も兼ねている。関税は両国にとって貴重な財源だ。
ネイト達も国を越える為に税を納めている。
関所で取られる税は物品に掛かっている両国合意の金額で貨幣の両替の際に両替税が取られる。
両国の長きにわたる友好国はあれど自国の通貨は守らねばならない。その為に国境を越えてお互いの国の貨幣を持ち込まない取り決めを2国間でしている。
ネイトは大金を持っていたので両替税により1割ものお金が税として接収された。
物についてはほとんど税がかからないか、全くかからないものもあり、そのお陰で両国間の移民は少なく、必要な物品のみが行き交い、さらにはお互いに不利益な事があれば都度話し合っているのでこの2カ国の友好についてはかなり安定している。
夕方街道にて
「見えてきたわ」
「早朝に出た町に似ているわね」
ケイトの発言にカーラが感想を述べた。
「前の町でしっかり休めたから、あの町に余程の特産や観光場所でもない限り一泊だけの予定よ」
「わかったわ」
「それで構わない」
二人はもはや実質的にリーダーになっているケイトの言葉に同意した。
「無事に町に入れたな」
「そうね。友好国の国境付近だから何も詮索されなかったわね」
無事に町に入った3人は宿を探す。
ここで補足だが、この大陸は一神教の教えにより言葉と文字が統一されている。過去に独自の文字を創り出していた国があったが、統一されている他の国との折り合いが悪くなり滅んだ。
「沢山あるわね」
「流石国境の近くね」
「需要がある事は素晴らしいことね」
余りに多くの宿が乱立している為、高級そうな宿なら空いていると考えて立派な宿に向かう。
「空いているそうよ」
「そうか」
ネイトが応えるがケイトの反応が悪い。
「どうした?」
「あのね。ネイトには申し訳ないんだけどお金を立て替えといてくれないかしら?」
金がないというシンプルな悩みだった。
「それは問題ない。なんならこの宿は出すからその顔はやめろ」
ケイトは物凄くバツの悪い顔をしていた。
「だから買い過ぎだって言ったのよ…止められなかった私も悪いけどね」
「だってお金に高い税が掛かって物にはほとんど掛からないって知ったら止まらなくなっちゃったのよ」
恥ずかしいのか子供っぽい口調になる。
「事情はわかった。ケイトとカーラには道中世話になりっぱなしだったからお礼だと思ってここは払わせてくれ」
柄にも無くネイトにときめく現金なケイトだった。
宿の食堂にて
「異国の食べ物だから少し躊躇したけど前の町と変わらないわね」
「ああ」
まだ少し表情が硬いケイトの感想に答えたネイトはガツガツ食べている。
忘れそうだが成長期である。
「ケイト。お酒飲みなさい。嫌な事はお酒で流すのがいいってお兄様も言っていたわ」
3人の中で唯一お酒好きなケイトにカーラがお酒を勧める。
もぐもぐ
「ケイト。3人で旅をしているんだ。誰かがミスを犯したら残りの二人でカバーすればいい。
ケイトは十分貢献してくれている。1番負担がかかっているケイトがミスでもないような、こんな事で落ち込んでいたら俺達の立場がない。
忘れろとは言わないがもっと俺たちを頼れ」
ネイトが珍しく長い言葉を喋った事に驚いているカーラと、時々出るネイトの優しい言葉に今は甘えようとお酒を口につけるケイトだった。