68 剣聖ネイト・ランガード
これは楽園での話である。
「剣を習いたいのだが、どなたか教えてくれる人を知らないか?」
ジョンが中年男性に聞いた。
「いやー、聞いた事ないなぁ。すまんな」
「こちらこそ、時間を割いて申し訳ない。
ではまた」
そう言うとジョンは歩き出した。
この楽園では疲れる事はない為、それこそ無限に歩く事が出来る。
お腹も空かないし、眠気もこない。常にベストパフォーマンスの状態だ。
現世の時間で1週間が経とうとしている。
「こちらに剣の腕が高名な方が居られると聞いたのだが」
ジョンは歳を取って元々は違う髪色だったものが銀色になったと思われる60歳くらいの男性に話しかけた。
「ん?高名かどうかは知りませんが、私は剣を嗜んでいます」
男性は年齢を感じさせない綺麗な姿勢でこちらを向いて答えた。
「私に剣を教えて下さいませんか?」
ジョンは相手がどんな腕なのかは気にならない。教えてくれさえすれば時間は無限にあるのだから。
「剣はどれ程握ってこられた?」
男性がジョンに問う。立ち姿から凡その事は見抜ける筈だが目の前のジョンからは何もわからなかった。
「ゼロです」
ジョンはキッパリと告げた。
「ゼロ?一度もないと申されるか?」
「はい。恥ずかしながらこの年齢まで争い事とは無縁でしたもので」
ジョンの言葉を聞いて男性が
「くっくっくっ。わかり申した。私で良ければ指導致しましょう。ですが、最低でも私を超えるようになってくださいね」
男性は不敵に笑うとジョンの願いをきいた。
「ありがとうございます。私はジョン・タイラーと言います。よろしくお願いします」
ジョンは頭を下げて答えた。
「はい。ジョン殿ですな。私は名をネイト・ランガードと言います。これからは指導の間は師匠と呼ぶようにして下さい」
ネイトは終始笑みを浮かべていたが、ジョンは威圧感を感じていた。
「はい。師匠!」
こうしてジョンはネイトの弟子となった。
「争い事と無縁と言う事でしたので、まずは身体の使い方から修練を開始しますね」
そう言うとネイトは何も持たずにジョンに襲いかかった。
「グェッ」
気付いたらジョンは楽園の真っ白な空を眺めていた。
「ここでは争い事は禁止されていますが、修練であれば、つまり暴力ではなく且つ命の取り合いで無ければ違反にはなりません。
本来、痛みを伴うから習熟が早いこの方法ですが、ここでは痛みは無いが時間は無限にあります。眠る事も、疲れて休む事も、食事を摂る事も必要ないです。
ジョン殿が簡単に転ばされなくなるまで休まず続けます。
立てっ!!」
捲し立てるように紡がれた言葉の後にこれまでとは違う、気迫のこめられた声でジョンに指示する。
「はいっ!!」
それに応えるように飛び起きた。
丸一月後
「合格ですな」
その言葉と共にネイトは距離をとった。
「はい!師匠!ありがとうございます!」
「うむ。ではジョン殿にはこれより剣を握ってもらいます。これはこの楽園で私が打った物です。
物を故意に壊してはいけませんが、何かを創造する為ならその意を汲んで、ルール破りにはなりません。
こちらを使って下さい」
渡されたのは所謂片手剣と言われる物だが普通の物より長く両手持ちも出来る物だ。
「はい」
受け取ったジョンに
ヒュン
胸に傷が入る。
「うっ」
「大丈夫です。痛みは錯覚ですよ。それにもう治っています。痛みを身体に伝える速さより治る速さの方が速いのですよ」
胸を見るジョンだがそこは何も変わってなかった。
「もう。修練は始まっていますよ?ボサッとしていると命は取れませんが、腕くらいなら無くなるかもしれませんよ?」
言うが早いかネイトは剣を振るう。
「うおっ」
やはり刃物は怖いと現世で刷り込まれている為、逃げ腰になる。
「私の剣に合わせられるまで続けますよ」
もちろんジョンが慣れてきたら速度と鋭さを上げる為、ジョンが合わせられるのはまだまだ先の事だ。
半年後
キンッ
「!?」
「!…油断しましたか。ですが合格は合格ですな」
そう言うとネイトは剣を鞘に入れてしまった。
「少しお話しをしましょうか」
その場に座り、対面にジョンが座るように促したネイトは、ポツリポツリと話し始めた。
それは生きていた時代に自分が農民の三男から国を守った剣聖になるまでの話しだった。
ジョンはそんな話しよりも、自分が剣聖に教えられていて、その剣を受けるまでになれた事の方が頭の中を支配していた。
「と、言うわけです」
ネイトが話しを終えた。
「これまでの修練は現世では出来ない事でした。
こうやって育った人がどの程度強くなるのかの興味が大きかったのです。
申し訳ない」
そう言うとジョンに頭を下げた。
「しかし、ジョン殿は期待以上の方でした。これからは現世で行っていた修練を始めます。
宜しいか?」
「もちろんです!よろしくお願いします!師匠!」
元気に応えた。もちろん楽園ではみな元気なのだが。
「これより素振りを始める。私の真似をする様に」
「はい!」
それから暫くすると魔女が乱入してくるのだが、それはまた別のお話しで。
更に1年後
「うむ。完璧な形だ。素振りだけであればジョン殿は剣聖を名乗れますな」
ネイトがそう言うと
「そんな…楽園の環境と師匠のお陰です。これからもよろしくお願いします」
「元よりまだまだ教える事はあります。これからは今まで教えた100を超える素振りの形、所謂型を実戦でいかに崩さずに使えるかの修練です」
「はい!」
この後もジョンとネイトは心から楽しんで剣の修練に励んだ。
そんな自分がみるみる上達して楽しかった日々を時々夢に見るネイトだった。




