65 過ぎた褒賞
ネイトが夕方起きて食事中
「聞いたわよ。2000体以上いたらしいじゃない。よく無傷で潜り抜けたわね」
「そうですよ。ネイトさんが居なかったら街が朝を待たずに落ちていたって言ってましたよ」
ケイトとカーラがどうやらネイトが寝ている間に情報収集をしていたみたいだ。
「流石に城壁が広過ぎて、一人だと間に合わなかったと思う。あの3人には助けられたな」
それを聞いた二人は
「確かにあの3人の勇気には脱帽の思いよ。けど3人を死なせずにスタンピードを抑えられたのは、ネイト在りきの話でしょ?
すでにネイト英雄説の話しが街中に駆け巡っていたわ」
「私も聞く人聞く人にあの人は誰でどこに居るのか聞かれましたよ。
皆さんこっちが聞かなくても、あれこれ饒舌に話してくれたので助かりましたが…
ネイトさんがどんどん雲の上の存在になっていきますぅ…」
ケイトの話しもカーラの話しもネイトとしては聞かなかった事にしたい話しであった。
「ケイト…俺は英雄じゃない。カーラも、俺は雲の上じゃなくすぐそばに居る仲間だ」
ネイトはそういうが人というのは、周りの評価が結局その人の全てだ。
二人にはネイトの考えや思いが現実と少しずつ乖離していっているのが解るが、当の本人はまだまだ認めたくないらしい。
「ネイトさんが望まなくてもこのままひと所に居ると、周りの人達が持ち上げてしまいますね。
仮にそうなってもネイトさんは放って置けないのでしょうけど」
「そうね。ネイトは結局、助けてしまうわ。伸ばされた手を払い除けるのは、私から見てもネイトではないもの」
二人の評価を聞いて
「俺は聖人君子ではない。…ユーゴスの町も飛び出してしまったしな」
「それは別物よ。貴方にはやりたい事もしなきゃいけない事も、あの町にはすでになかったわ。
そしてこの旅を通して、旅を続ける事を願ったならそれでいいじゃない。
私達が言ってるのは行く先々でトラブルを力で解決する事よ。
もちろん私達もネイトにそれを願っているのだから一連托生よ」
「私もケイトと同じです」
「二人ともありがとう」
二人の言葉と一人じゃない事に対して感謝を述べる。ネイトは言葉数が少なく、ぶっきらぼうなイメージだが、こうして感謝を都度言えるところがネイトの良いところだと二人も思っている。
「それにしても英雄か…。二人の師匠なら与えられて当然だけど、俺はあの人達からしたら赤子も同然だから、なんだか歯痒いな」
ネイトがふと呟く
「珍しいですね。お師匠様の事をネイトさんが話されるのは」
カーラが呟きを拾った。
「二人にはその内、師匠達の事も含めて話さなきゃならない事がある。
いや、師匠達の事を二人にも知ってもらいたい。
どちらにしてもこの国を出るのが先だが」
「わかりました」
「わかったわ」
3人の夜は更けていく。
翌朝朝食をとっているネイト達のところへ
「お客様がお見えです」
従業員に伝えられた。
「誰かしら?」
「騎士の方かしらね?」
「お通ししても宜しいでしょうか?」
「ええ」
そこに現れたのは
「ネイト殿。食事中に済まないな」
領主の息子のユリウスであった。
「食べながらでも?」
ネイトの問いに
「勿論だとも。来た理由だが、我が家に招待したい。昨日までの事も話しを聞きたいのだがこの後ご予定は?」
「俺はないが…二人は?」
ネイトがケイト達に聞くと
「私達はバザー『行きます』…そう」
ケイトの言葉にカーラが被せた。
領主の館ならあの恋敵がいるはずだとカーラは確信してネイトを守る為に立候補したのだ。
「わかった。では食事と支度が済んだら出てきて欲しい。
宿の前にて待っている」
そう言うとユリウスは宿を出た。
「お貴族様を待たせられないから早く食べて準備しちゃいましょう」
ケイトの言葉に二人は目の前の料理に集中する。
食後
「待たせたな」
「いや、急に押し掛けたのはこちらだから気にしないで欲しい。
街の英雄で剣聖に無礼は働けないからな」
その言葉にネイトは
「剣聖…お父上から聞かれたのか?」
「…まずかったか?妹だ」
ネイトは頭を振って用意された馬車に乗り込んだ。
馬車内にて
「そうか。本人の意向なら広めてはいけないな。済まなかった。妹には厳しく言っておく」
事情を聞いたユリウスはネイトに謝罪した。
「正直俺は嬉しくないが、厳しくしなくても大丈夫だ。あまり広めて欲しくないと伝えるだけで十分だ」
「そうか。それともう一つ謝罪したい。初めて会ったときに剣聖とは知らず、ただの冒険者だと思い対応してしまった。済まなかった」
「いや、それでいい。剣聖としてよりも普通の冒険者として対応されたいくらいだ」
ネイトの変わった要望にユリウスは頷くことしか出来なかった。
「デカイな。遠くからでも見えていたが近くだと殊更デカイ」
ネイトの前には外堀付きの塀が終わりが見えない程続いている。
その奥には白亜の3階建てと思わしき建物が視界一杯に広がっている。
「ここは領主の館とこの街の行政府の建物が一緒になった物だ。手前が行政府の建物になっていて奥が我が家だ。
一応今回は領主として会いたいそうだから、手前の建物の来賓室に行くことになる」
門を超えて近づくにつれ、建物の巨大さが増して3人は圧倒されていく。
「「「ようこそいらっしゃいました。英雄様御一行」」」
扉を開けると沢山の人がネイト達に頭を下げて歓迎した。
「ネイト。我慢よ」
ケイトが小声で伝えてきた。
ネイトとしては辞めさせたいが、これは助けられた人達の感謝の気持ちでもある。
「こちらへどうぞ」
促された御一行は使用人と思われる人について行く。
コンコン
「ネイト様が来られました」
すぐに部屋の中から返事があった。
「お通ししなさい」
ガチャ
「ようこそ。そちらに掛けてくれ」
中で待っていた領主に椅子を勧められて3人は席に着く。
3人の正面には領主と息子が座った。
「この度はありがとう。これはほんの気持ちだ」
そう言って差し出された金貨が入っていると思わしき袋をネイトはそのまま返した。
「復興に使ってくれ。仕方なかったとはいえ、道も外壁も壊してしまった。
今は俺達よりも金が必要だろう」
2人とも当たり前のように同意見だ。
「どうしたら受け取ってもらえる?
魔物の素材の代金だと思ってくれないか?」
その言葉にも
「気持ちは十分に伝わった。それに魔物の素材は殆ど使い物にならなかったんじゃないか?」
ネイトの言う通り数は多いが殆どが魔法で焼け焦げたか、消し飛んだかして破損していた。剣で斬ったのも全体の数からすれば少しだ。
「確かに言う通りだが…。何か欲しいものはないか?」
二人の顔を見て意見を聞こうとするが二人とも首を振るだけだった。
「私達は欲しいものは自分たちの手で掴み取りたいので、必要以上の物は辞退させて下さい」
ケイトが3人の思いを述べた。
「うーん」
唸る領主の目が捉えたのは
「ネイト殿の剣は些か消耗しているのではないか?」
椅子に立て掛けていたネイトの剣であった。
「確かにそろそろ限界を迎えそうだが…」
ネイトが隙を見せた。これを見逃す領主ではない。
「では、新しい剣を贈らせて欲しい。剣が消耗したのは私達のせいでもあるのだからこれは断れんぞ?」
領主が悪い笑みを浮かべてネイトに問う。
「…わかった。なるべく華美ではない物にしてくれ」
ネイトがやっと折れたことにより褒賞が決まった。