62 スタンピードは突然に
負傷者を馬車に運び込んだ後
「ネイト様はこちらの馬車でご一緒しましょう?」
「すみません。ネイトさんは私達の馬車で行きますので」
女のバトルが始まっていた。
ネイトは男前だが、今まで女性が取り合うほどの事はなかった。それはネイトが近寄り難い雰囲気を出している事にも影響されていた。だが、剣聖という称号の力なのか、ピンチを助けた白馬の王子様に見えたのか、今は絶賛取り合い中だ。
「これこれ。ネイト殿とカーラ嬢が困っているではないか」
クロードが助け舟を出した。
「お父様。…わかりました」
イザベルが折れて晴れてネイトは自由の身になった。
「では、私がそちらの馬車に乗りますね」
そう言うとネイトの手を引いて馬車へと向かう。
「…」
「済まない」
冷めた目で黙り込んだカーラにクロードは謝る事しか出来なかった。
「次の街まではどれくらい掛かるんだ?」
ネイトの疑問にケイトが
「今日の夕方くらいには着く予定よ。ただこのトラブルでもしかしたら明日になるかもね」
「そうか」
そんな会話をしていると
前方に土煙が確認された。
騎馬が前の馬車、領主の近くに止まり何か外の騎士と話している。
「何かあったのかしら?」
「お父様の騎士ですわ。何かあったのかもしれません」
ケイトの疑問にイザベルが答え
「ネイトさん。こちらに騎士の方が来られます」
カーラがネイトに言う
「話しを聞いてくる」
言うが早いか馬車を飛び降りたネイトは騎士に駆け寄る。
「どうした?」
「ネイト殿。先程早馬が急報を報せに来た。
うちの街にスタンピードが押し寄せてきている」
騎士の言葉にネイトは眉間を寄せる。
「不躾に不躾を重ねて申し訳ないがご助力願いたい」
「仲間と相談してくる」
そう言うと馬車に戻り合流する。
報告した後
「そうだったの」
「ネイトさんはどうされたいですか?」
「俺は知った以上は助けに向かいたい。
だが俺達は仲間だ。みんなの意見で決める」
すると、今まで無言だったイザベルが
「ネイト様…どうか私達の街をお救い下さい…」
祈る様にネイトに願う。それを聞いた二人は
「いってらっしゃい」
「ネイトさん。危険を感じたらどうかご自愛ください」
二人の了解を得た。
領主の馬車の前にて
「仲間の了承は得た。これから街に向かい助力する」
「相分かった。よろしく頼む」
領主が頭を下げた。
「我々と一緒に向かってくれ」
そう言うと三騎の騎士が前に出る。
「生憎俺は馬に乗ったことがない。だが完全装備の騎士を乗せた馬よりは速く走れる。
先導を頼む」
ネイトがそう言うと、騎士は驚いたがすでに沢山驚いた後なので、すぐに復活して走り出した。
ネイトはケイト達の馬車に向けて手を振ると騎士達に続いた。
「ネイト様…」
「大丈夫よ。彼は強いわ」
「ネイトさんは私の英雄ですから」
3人はネイトと、街の安全を祈った。
そこへ騎士が近づき。
「皆さん。これから街の方へと向かいますが、その手前の村で私達は待機します。
ついてきて下さい」
一行は動き出した。
「あそこです!」
騎士が指を指して示した方をネイトは見た。
「完全に包囲されているな」
ネイトの呟きの通り、魔物の大群は街を取り囲んでいる。
「なぜあれだけの魔物が?」
ネイトは疑問に思い口に出ていた。
「この近くにある森のせいです。街道にも面していなく、人が一切関わっていない山がありその麓の森も必然的に誰も寄り付かないのです。
昔は時々冒険者が魔物目当てで行っていたようですが、距離が遠いこともあり旨みが少なくここ10年はそこで魔物の討伐報告を聞いていません。
そこから一気に魔物が溢れて街に向かったと報告を受けました」
増えすぎた魔物が食物連鎖のバランスを生存本能で危惧して、山と森を一気に出て食料がいるところを目指した結果がこれだ。
「原因はわかった。斬っていても外壁の耐久が持ちそうにない。
そこで頼みがある」
「なんでしょう?」
ネイトの願いにすぐ様、騎士達が反応した。
「出来るだけ街から離して、魔物を一箇所に集めて欲しい」
「!!それは…」
ようは、囮になれと言っているネイトに騎士達は言い淀む。
「前に同じ方法でスタンピードを止めたことがある。
その時はここまで数は多くなかったが似たようなモノだ。
だから信じて欲しい」
暫く騎士達は考えた。そして…
「わかりました。馬で駆けて集めます。ただ、私達の数では囮として魅力に欠けるので街からそこまでは離せないと思います。
どうしますか?」
「今のところこの方法しか思いつかないから街への被害を最小限にすることに全力を尽くそう」
「疑っているのでは無いのですがちなみに方法は?」
どうせすぐにバレるのだからとネイトは戸惑いなく
「広範囲の魔法だ。
俺は剣と同じレベルで魔法が使える。
ただ威力の強い魔法の制御は難しく、街への影響は必ず出る。だから少しでも街から離したい」
騎士達は絶句した。もちろん剣聖と言われているネイトがこんな嘘をつくとは思っていない。魔法が剣と同じというところに驚いている。
「そ、それは本当ですか?…いえ、剣聖であるネイト殿が嘘をつく意味がないですね…」
他の騎士が
「あの…我々は…」
「皆が離れたところに魔法を発動させる。
もちろん皆の近くの魔物は生きているだろうからそれは皆で対応して欲しい。
一度では無理だろうからそのまままた魔物を引きつけていて欲しい。
二度目の魔法の後は俺も剣で応戦する。
それまでは何としても持ち堪えて欲しい。頼めるか?」
ネイトの言葉に騎士達は顔を見合わせてから
「「「はいっ!」」」
騎士達は覚悟を決めた。