56 すれ違う愛情
ネイトは漸くカーラを捕まえた。
「カーラ。大丈夫だから」
子供を諭す様に話しかけた。
「すみません。自分の事の様に嬉しくて…つい」
そんなカーラだからネイトも怒らない。それよりもネイトは自分の心臓が極度の緊張時の様にドキドキして、うるさくてこの感情の名前がわからなかった。
「謝る事はない。むしろ自分の事の様に喜んでくれた事は…嬉しい」
言葉に出して自分が喜んでいる事に気付いた。
誰が見てもこのまま二人は上手くいく。そう思った時にトラブルがやって来た。
「見つけたわ!」
ローブの少女、アンジェラだ。
「アンタ!もう逃がさないわよ!魔法を教えなさい!」
「どなたですか?」
カーラが何も答えないネイトに聞いた。
「何処かの貴族の娘らしい。依頼で一緒になってから魔法を教えろとしつこいんだ」
げんなりした様子を隠そうともしないネイト。
「私は貴族よ!そんな口を聞いたらタダじゃ済まないわ!でも魔法を教えるなら許してあげなくもないわよ!」
「この人まさか知らないんじゃないですか?」
「そうかもな。放っておこう」
ネイトはカーラを庇いながら踵を返す。
「待ちなさい!」
アンジェラが付いてくるが話しても聞かない相手には何も話さないネイトだ。
そのまま控え室まで戻ると
「もう逃げ場はないわ!貴族にここまでさせたんだから魔法を教えないと縛り首よ!」
そういったアンジェラに
「アンジー?アンジーなのかい?」
ケイトと話していたレイナードが騒ぎに気付き話しかけた。
「おにいさ…」
アンジェラの空いた口が塞がらない。
「どうしてアンジーがここに?剣術は嫌いだったはずだけど」
レイナードの疑問に答えたのはカーラだった。
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「そんな事が…妹が済まない」
「「「えっ!?」」」
3人が驚き二人を見た。
「確かにレイナードさんに目元が似てるかもしれないわね」
ケイトの感想に頷く二人。
「母が違うからね。そこまでは似ていないよ。父上からは聞いていないが一緒にきたのかい?」
3人に答えた後、アンジェラに向き直り問いかける。
「家を出て行ったあなたには関係ないわ!それよりネイト!アンタは私に魔法を教えないと縛り首よ!」
それを聞いたレイナードはアンジェラの頬を叩いた。
パチン
「きゃっ!」
「お前はなんて事をいうんだ!仮にネイト君が剣聖だと知らなかったにしてもおかしいだろ!」
レイナードが今まで見せなかった剣幕で怒る。
「なにすんのよ!?」
レイナードはアンジェラがこれ以上何もできない様に腕を掴んだ。
「皆さん。この度は妹が失礼…いや、人として間違った行いをして申し訳ない。今はこれ以上の謝罪は出来ないが必ずアンジェラに謝らせる。
ネイト君。優勝の目出度い時を汚して済まない。
カーラ嬢。嫌な思いをさせて済まない。
ケイト嬢。この様な事になり済まない。また必ず会いに行く」
そう一息に話してアンジェラの手を引きこの場を後にした。
残された3人は
「同じところで育ったのにあそこまで性格が違うなんて不思議ね」
「同感よ」
「…」
カーラの言葉にケイトが同意してネイトは沈黙した。
オクタビア家にて
「お父様!私がぶたれたのよ!なんでずっと前に出て行った人の味方をするの?」
「アンジー。私は自分の子供に優劣はつけないよ。どんな時でもね。
まずアンジーが興味を持ったネイト君は大会優勝者で、国王陛下から直接『剣聖』の称号を賜った、貴族でも無礼を働けない人なんだ。
だからまずアンジーの非礼を詫びなければならない。
そしてネイト君が剣聖であろうと平民であろうと向こうに非がないのに罰する事は悪い事だ」
オクタビア子爵は娘の行いを理解出来るまでコンコンと本人に告げた。
漸く理解したアンジェラに
「私もついているから明日、一緒に謝りに行こう」
「わかりました…」
アンジェラが出て行った後。
「父上。あの子はなぜそこまで魔法に拘っているのですか?」
レイナードの問いに子爵は
「あの子は優しい子だ。元々は母親の持病を治すために魔法に興味を持ち、魔法の道に進んだのだが、レイナードが出て行く事になったきっかけが剣術のせいで、そこで完全に剣術を嫌いになりその嫌悪感をすべて魔法に注いだんだよ」
「そうだったのですか」
レイナードはアンジェラの事を知り顔が曇るが
「お前は悪くないよ。悪いのは全てアンジーを蔑ろにしてきてしまった父である私だ」
「いえ、父上が忙しかったのは知っていました。それを子供だと思いちゃんと説明していなかった兄である私の責任です」
お互いがお互いを想う事ですれ違う事もある。
「ははっ。ここで言い合っていても仕方ないね」
「はい。明日は私もお供します」
「ああ。頼むよ。明後日には宿を引き払ってオクタビア領に戻るからまた明日話し合おう」
父子は最後は笑顔で話しを終えた。




