32 残念だったな…それは残像だ
少女は言い訳を待っていたが
「俺が貴様より弱いのは結果が出てるから認める。
だが師匠の剣を馬鹿にしたのは撤回しろ!!」
「何言ってんのよ?覚える剣が弱いから負けたって慰めてやってんのよ?」
少女は嫌味ではなくホントにそう思っていた。
ジャックを認めてはいたのだ。
「貴様如き師匠にかかれば剣すら合わせられない。
もう一度いう。撤回しろ!!」
会場の人達は息を呑んで二人のやり取りを聞いている。
「そんな凄い人がいるならみてみたいわね!
まぁ、その師匠の強さってのはアンタの虚像だろうけどね」
ジャックがキレて飛びかかる前に声が制した。
「待て!」
領主の声だ。
「お前たち二人はこの大会を穢した。他の参加者や観戦者に申し訳ないと思わないのか?
こんな奴らは推薦など出来んな」
「待ってよ!こいつがつっかかってきたからじゃない!」
アナウンスが
『お嬢さん。相手は領主様ですよ』
助け舟を出した。
「す、すみません。知らずに…」
「謝罪を受け入れよう。ただ大会を穢した事にはかわらんな」
「お願いします。謝罪でも何でもしますから推薦の取り消しだけは…」
「謝罪は私にではない。ネイト」
呼ばれたネイトはすぐに立ち上がり返事をする。
「はい」
「この者がさっき言っていたジャックの師匠だ」
(同い年くらいじゃない!やっぱり嘘つきね!)
「ジャックが言った通り君の剣は彼には届かないと思うが本人はどう思う?」
「届きませんね」
悩む素振りもなくネイトは答えた。
「嘘よ!私と歳も変わらないしそんなに大きくもないわ!」
その言葉を待っていた領主は
「では、こうしよう。
このネイトに剣を合わせたら君の推薦は認めよう。
しかし、ネイトに負けたらここにいる皆に誠意を込めて謝罪しなさい」
「わかりました。推薦の件はよろしくお願いします」
上手く貴族のジャックは頭を下げずに済むように誘導した領主はネイトを送り出す。
試合場に降りたネイトはまず
「いてぇ!」
ジャックの頭に木剣を振り下ろした。
「言いたい事はあるが、反省しているようなのでこれで終いだ」
「すまねぇ。反省してる。でも、師匠の強さをみんなに知ってもらえるから後悔はしてないぞ!」
ジャックを呆れた目で見ていたネイトに
「アンタが師匠?それにしては若作りなの?」
「15歳で、ネイトという。名は?」
少女の問いにネイトは年齢を答えた。
「やっぱり同い年じゃない!名前?
剣の師匠じゃなくてナンパの師匠かしら?
知りたいなら勝ったら教えてあげるわ!」
少女の煽りを受けたネイトだが
「いや、剣士としての礼儀として聞いただけだ。
お前の名前に興味はないから別に良い」
ナチュラル煽りが炸裂する。
「後悔するわよ!」
『では、特別試合始め!』
アナウンスの後、攻めたのは少女だったが
「何で当たらないのよ」
全て紙一重で躱すネイト。
「剣はどうしたのよ!」
「剣で受けると負けだからな」
「はぁ?馬鹿なんじゃないの!
じゃあ攻撃出来ないくらい攻めてやるんだから!」
ネイトが何故攻撃しないのかは
「だいたいわかった。それ以上の剣技はないんだろ?」
技を見たかっただけだ。
「は?ふざけんなっ!」
ビュン
少女の視線からネイトが消えた。
ピタッ
少女の首筋にネイトの木剣がある。
『それまで』
今日一番の歓声が会場を包む。
少女は自分の首が取れてないか不安で仕方なかった。
それほど死を感じたのは初めてだった。
腰が抜けて動けない少女に
「だからいったろ?師匠はすごいって。
俺も最初はこんな感じだったわ。今思うと恥ずかしいな」
そう言ってナチュラルに手を差し出し少女を伴い会場を後にした。
残されたネイトは領主にヨイショされて王都剣術大会に推薦する事が発表された。
出来レース感に批判があるかと思われたが、ネイトの強さは異次元だったのでその声は一切上がらなかった。
そして少女の謝罪もあやふやになった。