(06)知らないけど、国際問題
アインスの屋敷を出たカイムは 町中では速足で移動しながら、従魔達に命令した。
『黒猫、5頭で アインスと、その周囲を監視しろ。この件は どうも面倒事になりそうな臭いがする。
ただし アインスが危険な場合を除き、手出しはするな。見守るだけで良い。怪しい者がいれば その住処を確認するように』
『銀馬、町の東側 ヒトの居ない壁の近くで待て』
町門を飛び出して 東側の壁に添って走りながら、商人服の上着を収納に放り込み、ローブを出して それを纏った。
銀馬が待っている。
急いで騎乗し命令する。
『港湾都市まで 最速で走れ』
銀馬は、普通の馬では 全速力でも5日以上を要する距離を、半日で走破した。もう日は落ちている。
強靭な肉体を持つ銀馬でも、流石に息を荒げている。
彼女を労わりつつ、猫型魔物 80頭を放ち、スリを探す。
4頭1組で20チーム。スリを見付け出し、追跡し、本拠地を探し出すのだ。残りは待機だ。
猫型魔物は、従魔術を訓練する際に捕獲した。当初は40頭を、従魔にした状態で 収納(亜空間内)で飼育していたのが、いつの間にか数が増えていた。
その点は スライムも同じなのだが、全く使い道が分からないから放置している。
現時点で カイムは、スライムの存在を完全に忘れてしまっている。当然だが 数も調べていない。
『ありがとう。本当に お前は速いな』
銀馬に 優しく声を掛けながら洗浄した後、時間を掛けて 丁寧にブラッシングして収納に放った。
その頃には スリの本拠地を確定した猫が、次々に報告に戻って来た(各グループ1頭づつ)。幾つか ダブっているモノもあるが、最終的に14箇所を標的とした。
「さて、狩りを始めるか」
「こいつ等 どれだけ、他者に迷惑を掛けてるんだよ」
潰したスリ組織から収奪した金品は 非常に多かった。
1つの集団で、大商人が稼げる 3年分を軽く超えている。
カイムが潰した組織は 大物ばかりだ。まだ残っている大組織は幾つもあるし、中小の組織は数知れない。
「許せないな」
正義感ではなく、単純な 不正行為に対する怒りと、それを知りながら 見て見ぬ振りをする者への怒り。
カイムは その後、2週間ほど掛けて、港湾都市周辺にある スリの拠点を潰しまくった。
追加で 50件ほどのスリ組織を壊滅させ、収奪した金品は膨大になった。金銭だけでも 1箇所当たりを金貨に換算して 平均4百枚以上になる。
この市には 裕福な者は少ない。被害者数は その50倍以上になる筈だ。
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馬車から降りると 彼の目前に、王城が聳え立っていた。城壁は 飽くまでも高く、見上げると頸が痛くなる。
――こんな バカでかいモノを建てないと権威が保てないとは、何とも滑稽で、情けない事だ。
アインスは この国の風土は好きだが、王侯貴族が好きなわけではないし、追従する気も一切ない。
今回は、好きな国土が荒れそうなので 手助けするだけだ。
今日の主役は彼ではない。彼と同行している、主家から 更に2段階格上の存在が主役だ。
極力 カイムを目立たせないようにする。アインスの目的は ただそれだけである。
――あの才能、国なんかに奪われ 埋もれさせるには、あまりに勿体ない。
主役 バイン子爵が到来を告げると、暫くして 大きな門が、ゆっくり開く。
そのには 立派な、それでいて簡素な服装をした、背筋が ピシリと伸びた老執事が待ち構えていた。
「トライド・バイン子爵様と、お連れの方1名。確かに確認致しました。外務官長の執務室まで ご案内致します」
「宜しく お願い致します」
アインスは黙って頭を下げるだけ。最後尾に在って 先導に従って進みながら、チラチラと左右を伺っている、ように見せる。勿論演技だ。豪華絢爛、やたらと金銀が使われているが 趣味は悪くない。
――まぁ、貴族連中に向けての飾りか。
やがて、目的の部屋に到着した。
――さて、これからが本番だ。全ての準備は整っている。主役を立て、聞かれた場合にのみ、自身が知っている事を最低限だけ話す。
やたらに広い室内には 大きな机、大きな椅子、大仰な挨拶が終わり やっと席に着く。更に近況を説明する面倒な会話が終わって、やっと本番だ。
バイン子爵に促され 例の書簡を提出する。アインスは 一切、言葉を発しない。
「これを港湾都市で発見したと」
通達し 既に知っている筈の事を質問している。この回答もアインスの役目ではない。
報告済みの内容が 何度も質問され、それにバイン子爵が しっかりと答える。
「そこの、……アインス。この書簡を入手した経緯を申してみよ」
アインスが子爵の方を向くと 頷いたので、それに回答する。
「私の後継者が 港湾都市で『海外商取引きの国際基準』について学んでおりました。その折り スリに会いまして、それを追って本拠地まで乗り込んで、スリ組織を壊滅させました。
その際、そこに在ったモノの1つが その書簡でございます」
「港湾都市に行った目的は何じゃ」
「先程も申し上げました通り、勉学のためでございます」
「そなたの後継者は 腕が立つのだな」
「冒険者を目指して鍛錬しておりましたので、いくらかは」
「それでも、スリの集団とはいえ 組織を壊滅させたとか、中々のモノではないか」
「いえ、Eランク冒険者に 随行が許されていた程度です。
スリ組織が小さかったから良かった迄で、その事を知って『金など、失っても良いから もうスリなど追うな』と叱り付けました」
「ほう。褒めるべきではないのか」
「それは結果論でございます。もし大怪我をしたら、もし死んでしまってたらと思うと、心が穏やかではおれません」
「この隅が破れておるが」
「封筒だったので開けようとしたようでございますが、表に書かれている文字を見て止めたそうです」
「これが何か知っていたと」
「異国の言語だとは分かったようで、塾で確認して『サテン語』だと。それを不審に思ったのか 私の元に届けに来ました」
「それを儂に届けようとした理由は何だ」
「外国語による手紙のようなので、外務官様に お届けするのが最適かと思いました」
「バイン子爵との関係は」
「はい。先の理由で外務官様に届けようにも、私には伝手がございませんでした。そこで 暖簾親を通して、子爵様を紹介して頂きました」
外務官長が 子爵に向かい確認する。
「真実か」
「はい。その通りでございます」
すると外務官は 封蝋を壊さないように、その場で封筒を開き、内部を確認する。小さく頷いて書簡を取出し、再度確認して、内容に目を通し始めた。
――まさか 本人が調べるだけとは。あまり重要だとは思っていないようだ。
アインスは、外務官長の甘い対応に安堵した。
カイムを信用していない訳ではないが、プロの魔法使いに調べられたら 何か出るかも知れないと思っていたからだ。
1枚目を読んで 顔色を変え、2枚目以降に進む。
そして まだ読み終わっていないにも関わらず、慌てて席を立ち、急いで部屋から出て行った。
呆れた顔をして、子爵の方を向き アインスが呟く。
「何だったのでしょう」
「あの慌てぶり、余程の事かも知れませんね」
その後 2人を、この部屋に案内した執事が来て 退席を促したので、子爵と共にアインスも王城を後にした。
――後の事は、お偉い政治屋さんに お任せしますよ。好きなようにして下さいな。
アインスは その後、暫く 王都で待機したが、何も連絡が無いので、自身の店がある町に戻った。
その後 王族内部や貴族の間で、何やら騒動があった。
だが そんな事は、アインスにも、当然ながら カイムにも無関係である、筈だった。