(18)大蜂の島
この草原における生態系の頂点は『大蜂』だった。名前通り昆虫型の魔物である。
それを従魔にした。女王蜂を4頭も捕獲したのだ。それに付随する蜂の総数は とんでもない数になる。
犯人は銀色スライムだ。
どうも 銀色は、蟻だけではなく 蜂でも良いようで、警戒任務で飛んで来た蜂を食ったのだ。
結果、大蜂の大群と 銀色スライム、約20頭との戦闘になったのだが、全く勝負にならない。刺されるほど増え 強くなるスライムに、女王蜂が降参したのだ。
そんな事が4箇所で起こった。
その結果が、カイムの眼前に浮かぶ 4個の、直径50メートル以上もある球体、大蜂の巣である。
――あり得ない。こんなのは 余りに理不尽だ。
生物は絶対 百万頭を超す大蜂の群れには勝てない。蟻の群れに象が勝てないのと同じ原理だ。最強の法則、数の暴力である。
なのに何故、最初は 僅か20頭ほどだったスライム如きが、蜂の大群に勝てたのだ。
途中から数が増えたらしいが、それでも百頭程度だ。
実際のところ カイムが従魔にしたのは女王蜂だけだが、とんでもない大所帯であるため 収納には収まらない。4組だし。
巣は収納の中に入れるが、この大蜂は 単体でも活動範囲がとても広く、集団ともなれば、当然ながら 広大な縄張り必要とする。
カイムに『ここは無人島じゃよ』と女王が教えてくれた。
ならば いっその事と、島と沿岸領域を ヒトだけ出入り禁止の結界で囲み、収納と繋ぐ事にした。
この島を結界で囲むため、2キロメートル程まで浮上し、島の全景を確認した。大きな島である。眼下に そう高くはないが、千メートル級の山脈があり、かなり大きな幅を持つ 河川の流れが、幾筋も海に流れ込むのが確認出来る。ヒトが住めないようには見えない。
――確かに 無人島だが、その理由が分からないな。
カイムからすると 腑に落ちない点もあるが、彼は予定通り結界を張って『塔』に戻った。
ここが無人である理由、それは この島、全てが『大蜂の縄張り内』だからだ。ここに手を出そうとする無謀な者はいない。
弓では 外骨格を持つ大蜂を落とせない。例え魔弓を使っても難しい。詰まるところ 剣での戦いになる。
もし、攻め込むなら 1対1の戦闘が可能となる、最低でも4百万人の戦士が必要となる。それ以下では、到底 勝てない。
加えて、もっと大きな理由もある。
この女王蜂は とても活動的で、現在 巣から出て遊びに来ている。その護衛として戦闘蜂が 10頭従っているのは仕方ない事だ。
女王蜂と他の大蜂は 普通に会話が出来ているようだ。
しかし、女王だけは ヒト(カイムだけ)とも対話出来る。ちゃんとした言葉で行われるのだ。
彼女は かなり高い知能を持っている。ただ 会話に付いては、発声機構が違うので念話だけになる。
「あの蜂さぁ、襲って来ないよね」
「大丈夫、女王に対する護衛だからね。問題無いと思うよ」
『心配せずとも良い』と、女王様は宣うが、カイム以外には蜂の鳴き声(牙を鳴らす音)にしか聞こえない。
不思議だが、この蜂達には 体系化された言語があるらしい。ヒトには理解出来ないし、発音も不可能だが。
「もう仕方ありませんわ。従魔にして仕舞われたのですから」
エイミが 幼竜の頭を掻いてやりながら、諦めたような口調で言った。
『その通りじゃ、我は この場所に飽いておった。
お主様等と共に 移動出来るならば喜ばしい事よ。観光旅行も楽しみじゃわい』
発信は無理だが ヒトの言語も、普通に理解出来るようだ。
『お前、女王蜂は 卵を産むのが仕事じゃないのか』
『もう十分産んだ。次代の分、それに7倍する数も卵で保管しておる。必要に応じて それが孵る仕組みになっておる』
『へ、へぇ(7倍)。良く出来てるシステムだな』
『今の卵は、全部 お主様の従魔になるんじゃからの、可愛がってやってくりゃれ』
『えっ』
『何を驚く。我が生んだモノじゃから 当然じゃろうが』
『……じゃ、どのくらいのスパンで入れ代わるんだ』
『そうじゃのう。日々 入れ代わっおてるから 明確には出来んが、先の(銀色との)戦で多くが、それも若いのが殆ど死んで 居らんようになった。もう10日もすれば 全部入れ代わるじゃろう』
『たった10日で』
『もう大部分は代わっておる。新たに生まれた蜂の寿命は 50年くらいあるから、安心せい。減った分は後に 補充しておくでな』
『分蜂は しないのか』
『あぁ……ん、巣分けの事か。狭いが故に、この島では出来んのう。我が死んだら 巣を受け継ぐモノ、新たな女王が現れるのじゃ。
新女王も我の子じゃから、間違いのう お主様の従魔になるで、心配は要らんぞ』
――この島、結構広いと思ったが 4組の大蜂にとっては狭いのか。
この島は とても良い土壌を持っている。昆虫、多足類などの虫や、様々な動植物は、皆 小型だ。
この島での 塔の高さは5メートルに過ぎない。
それで十分だと彼等は判断した。ここには もう、危険なモノは 何もいないのだからと。
■■■
カイム達にとっての脅威は、大雨が降った 次の日に来た。
朝、箱家を出たら暗闇だった。
日食だったわけではない。
直径1メートルを超える茎と大きな葉、見上げると 大きく広がる花がある。もっとも ソレを確認出来たのは、塔を伸ばしてからであるが。
そう、8メートルほどもある茎の上に 花弁1つが50センチメートル程もある7弁の花が咲いているのだ。塔の高さは15メートルに達した。
「小人になった気分だわ」
エイミの その言葉こそが的を射ていた。皆 同じ感想を抱いたのだから。
上空から観察すると、雨は島全体に降ったわけではないようだ。島の大半には『花』が咲いていない。
「凄いな。確かに これじゃヒトは攻め込めない。一晩で こんなに伸びるなんて、実物を見なければ とても信じられない。
確かに これなら、ここを無人島で放置する事が納得出来る」
「茎なんて、普通の樹木より固いくらいだったわ」
『おーっ。昨夜は雨が降ったのか。収納の中からでは 全く分からなかったぞ』
女王蜂が 仲間に向かって、何か命令を伝達する。大蜂の言語、牙を鳴らす信号だ。
すると大蜂の大群が 何も無い空間から突然出現した。収納から出て来たのだ。彼等は花に近付いて何か作業をしているようだ。
「あはっ。サイズを考えなければ、お花畑の中を 普通に蜂が飛んでるように見えるわね」
エイミである。確かに そう見える。
『あの蜂達は 何をしているんだ』
カイムの言葉に 呆れたような反応を示す、女王。
『あれは蜜蜂じゃよ』
『えーと、姿形は 確かに戦闘蜂とは大分違うよね。同じ仲間なのかな。それとも飼ってるとか』
『あぁ、そうじゃったな。
この島の「大蜂」は変異種なんじゃよ。何せ、何も無い島じゃからな、戦闘特化だけでは生きる事が出来なんだ それで、本来は別種じゃった「蜜蜂」を取り込んだんじゃ。
戦闘は 大陸から流れて来る魔物や、漂着したヒトとしか 出来んからな』
『変異種。それで あんな、蜜蜂のような事が出来るようになるのか。(確かに、魔物は 1部を除いて共食いはしない)』
『採蜜は そこで、実際に、やっておるじゃろうが』
そう、現実に勝る説得力は無い。
体長は戦闘蜂と同じくらいだ。だが、その コロリとした体躯は、正しく『蜜蜂』である。
「あの姿は 確かに蜜蜂ね」「丸っこいものね」
エイミとテイナは カイムの言葉で概略を察したようだ。
蜜蜂は作業を終えたモノから順に 上空に昇り、消えた。収納に入ったのだろう。
そして 蜜蜂が帰って10分ほど過ぎると、花の中央付近、花粉がある場所の色が黄色から褐色に変わり始めた。
『何で色が変わるんだ』
『色が変わった花は、種が出来たんじゃよ』
『もう種が出来たのか、早いな』
『そうしないと 後が閊えとるからのう』
『えっ』
『そろそろ来るぞ』
戦闘蜂である。帰った蜜蜂の半分くらい、5百頭ほどだ。続いて 少し小柄に見える蜂も付いて来た。さっきのと 同数くらいだ。
『あの 小柄な蜂は何だ』
『あれは 新生の蜂じゃ。先輩の作業を見学しとるのじゃよ』
先輩の蜂達は 花の中央が褐色なったモノの茎、花托(花冠を支える部分)の直下を狙って攻撃している。針ではなく、頭突きでだ。
ガーン、ガーン……ガーン。
金属のぶつかり合うような打撃音が続く。
花は 大きな音を発して地上に激突する。かなり重そうである。
『……』「……」「……」
――銀色スライムよ。よくも こんなのに勝てたな。
『こうしないと、次の花が咲けんのでな』
『次の花って』
『雨が降ると その度に花が咲く。もし次の雨まで 古い花が残っとれば、次の花が咲けんじゃろうが』
いとも当然、といった口調である。
『じゃ、雨の度に あの花が咲くのか』
『勿論じゃ、何か可怪しいか』
カイムは「可怪しいだろう」と言いたかった。
『いや、まぁ。確かに、土地によって 気候や条件は変わるからな。この島は そういう場所なんんだろう』
『その通りじゃ』
土地ごとに 風土は違う。そういう事である。