(17)黒色スライム
「ここの生態系は無茶苦茶だ」
「2種類の狼が こんなに隣接して群れを造るなんて、あり得ないね。明らかにヒトの手が入ってるよ」
「まぁ、ちょうど良かったんじゃないですか。攻撃的な従魔が欲しかったのでしょう」
「確かに、黒狼と銀狼を従魔に出来たのは良かったかもな」
「でも、一気に80頭を従魔にしちゃうなんて。それも同じ方法で、2回とも」
「魔弓で動けなくして、回復と同時に従魔にするなんて 悪辣ですわ。もっと優しく出来ないのですか」
「あんなに多くでは無理だね。単体なら可能だけど、どの道 反抗するだろうから現実的じゃないよ。
まぁ、こんなチビなら 出来そうだけど」
彼等の眼前には、頭頂から尾の先までで 30センチメートル程の直立した蜥蜴に似た魔物がいる。
一見 変温動物と勘違いするが、四足動物型で 今まで確認出来ている魔物は、皆 恒温動物である。
この魔物は 鱗の色違いで各16頭づつ。黒っぽい鱗のと、赤っぽいの そして銀色の鱗もいるし、白い鱗のまでいる。
カイムの前には それ等を保護して来た銀狼達が いかにも「褒めて」と言っているように尾を振りながら待っている。
「捨て置かれていたから ここ連れて来たらしい」
「誰が、こんな危ない場所に」
――狼系は凄いな。これ等は 確かに放置は出来ない魔物だからな。
『本当に ありがとう。皆 とても優しいんだな、この子等を保護してくれたんだね』
『〇』『〇』……『〇』
褒められた事に満足したのか 狼達が帰って行く、収納の中に。
「収納って あまり意味が無いのでは」
収納に入れた魔物は、皆 どうやら勝手に出入り出来るようだ。これは 青色スライムが原因なのだが、カイム達は知らない。
「まぁ、巣は収納内にあるから、帰る場所という意味では 十分なんだけどね」
「どうするの、これ『幼竜』よね。従魔にしちゃってるけど 問題は無いの。成長したら 外に出せないよ」
「その時は 別の空間に繋ぐさ。それよりも 幼竜がこんな場所に、放置されてた事の方が問題だ」
「ヒトの手で 攫われた可能性が高いのね」
――犯人の目途は付かないでもない。でも、そこまでやるかね。
「この双角のある子達は 何なのかな」
「多分、大鬼の子ね」
「普通は親が一緒に居る筈だよね。身長1メートルじゃ、まだ保護されるべき対象だよ」
「この子等は 黒狼が連れて来たのか。まだ こんなのが大勢いるのかな、ちょっと心配だ」
「放置出来ないよね。この儘では危ないわ」
「仕方がない。……従魔にしておこう。
狼からすれば 自身より強い筈なのに、子だけがいるのは不自然に見えたんだろうな」
「それで連れて来たの」
「狼系は、元から そうい性質があるからね。ヒトの子を保護していた『狼系魔物』がいた記録もある」
「でも、この儘 増え続けるのは問題よね」
「あぁ、さっさと この地を去ろう」
あの、公爵が統治する町を出て 少し進むと、道路が急に荒れ始めた。進むほど悪化していく。
「これなら 森を進む方が安全よ」と言う、テイナの意見を カイムが採用して進み、暗くなる前に 居住用の塔を建てた。その高さは、周囲の樹木から2メートル程 突出した位置に天辺がある。居住区の形状、広さは エイミを仲間に入れた時のモノと同じだ。
狼の群れを従魔にしたのも「戦力になる従魔が必要なのでは」とのエイミの意見を カイムが採用したのだ。
カイムが認めなければ 何も起こらなかった。だが、彼は間違ったとは思っていない。
自身が万能ではない事を 1番理解しているのが、彼自身なのだからだ。
塔を建てて1週間ほど経つ。
この塔を拠点にして探索していたのだが、このままでは従魔が増え続けそうなので、撤退する事にした。それもまた カイムの判断だ。
この森奥にある樹海部分を結界で囲み ヒトが出入り出来ないようにして、収納と亜空間で繋いだ。
こうすれば 魔物は自然の儘で暮せそうだ。
『みんな、30分後に転移するから、全員収納に入れ』
■■■
転移して来た先は 草原のド真中だった。山は遥か彼方に霞んでいるし、道のようなモノは 全く見当たらない。
カイムが 魔法で、約百メートル浮かんで、周囲を見渡せば、何本かの川や、小さな池が 幾つか存在しているだけで ヒトの気配は全くしない。
「何も無いな」「そうなのね」「……ふぅん、困ったね」
余りに極端な 環境の変化に付いて行けず、3人共 放心状態である。
取敢えず、草の上に防水布を敷いて、カイムとエイミ、テイナは 日向ぼっこをする事にした。
冬が近い筈なのに 暖かく、従魔達も 手元に置いてある『幼竜』以外は、好き勝手にしているようだ。
ふと見ると、青色と白色のスライムが 幼竜達に何かを与えている。
「何をしているんだ、あれは」
カイムは 別に答を求めたわけではない、ちょっとした呟きだった。しかし、それに応えがあった。
『食餌として 純水を与えているのです』
「えっ」
カイムの脳内に直接言葉が聞こえて来た。これは『念話』ではない。
『幼竜の食餌は純水なのです』
――そ、そうなんだ。知らなかった。ありがとう、教えてくれて。
『どう致しまして。
はじめまして、ですね。私は黒色スライム。スライムの最終形態です。
ところで 主様は、赤色、橙色、灰色、銀色のスライムと会っていませんでしたよね』
――あぁ、そうだな。正式には紹介して貰っていないな。赤色は時々見たような気がするが。
『赤色は肉や固まった血液を食餌とし、硝酸を吹き出します』
――硝酸。
『橙色は硫化物、硫黄を好んで食します。そして硫酸を吹きます』
――硫酸、これは……(硝酸と混ぜると拙いな)。
『灰色は塩水、海水を好むようですが、塩酸を吹きます』
――塩酸かぁ(うわぁっ)。
『銀色は小虫、蟻等が好物です。蟻酸を吹きます』
――蟻酸もキツイよな。
『そして私、黒色は炭素系、二酸化炭素の摂取だけでも十分ですが、時には 木炭か石炭も欲しいですね。今のように憑依して、本体の方を支援致します』
――お前が1番怖い。
この世界でも 木炭は簡単に入手できる。石炭は 少し希少だが手に入らない物ではない。
『今、紹介致しましモノ達は、皆 白色と同じサイズ、小形スライムです。どうぞ宜しく お願い致します』
――こちらこそ 宜しく。それ等の食餌は、収納と それに接続した地域で十分に摂取出来ると思うが、問題ないかな。
『はい。十分足りております。
あっ。ただ今、主様の ご家族である アインス様、エイミ様、テイナ様にも 黒色スライムが憑依し終えたようです』
――そ、そうか。そうなんだ。
でも、他の家族には 君等、黒色以外の 小形スライムの詳細は知らせないで欲しい。外に漏れると問題が起こりそうだからね。
『承知致しました』
カイムは ずっと気になっていた事を確認する事にした。
――黒色、お前なら青色の能力を知っているじゃないか。
『青色ですか。あれは「結合、融合」の能力を持っています。それと、その逆「分離、分解」です』
――あぁ。そう言えば 緑色と融合してたな。白色とも何かしていたようだが、何かあるのか。
『白色の純水を「幼竜」に飲ませていました。
白色単体では 狙いが定まりませんでしたから、青色が補助をして、直接 喉に入れていました』
――テレポートの補助、位置決めか。そんな事も出来るんだ。
『その通りです』
『カイム、これは何なんだね』
カイムの義父、アインスからだ。
『ねえ、何なのさっきのは』『驚きましたわ』
テイナとエイミだ。
カイムは どう説明しようかと悩むのだった。