(16)警備隊
カイムの渡した 映像記録用魔法具(汎用品)で、詳細を確認していた担当者が、2人に最後の質問をする。
「……では 得物を見せてくれないか。それと、2人共 何で短剣を使ったんだ」
テイナは上着の裾を持ち上げ、剣を晒す。太いベルトの左側に長剣が、右側には 2本の短剣が装着されている。その 短剣の内1本を取り外し、机の上に置いた。
カイムは ローブの前面を開き、ベルトに装着している短剣を取り外して、同じく机の上に乗せた。
2人共、終始無言。聞かれたことしか答えない。
質問の答えとして、その時に使った短剣を 鞘から抜きながら、カイムは「剣を使うのが苦手なんだ」と、テイナは「近距離なので 剣は使えないと判断した」と応じた。
ここは『警備隊の詰め所』として使われている建物の中。取り調べ室ではなく、応接室だ。
彼等は犯罪者ではないので、当然だが。
椅子は高く テイナの爪先が浮かずに届くギリギリで、エイミの足は 完全に浮いている。
エイミは カイムの隣で茶を喫しながら、おとなしく座っていて、時々笑顔がこぼれている。
――あの時の浮遊感は カイムが、動きの鈍い私を 移動してくれた時の感覚だったんだ。
警備隊の副隊長と名乗る男が 抜かれた短剣を『鑑定』した。
それ等は 仕様も違うが、形状が全く違う。
テイナの短剣は、片刃で反りがあり、長剣の半分ほども長さがある。カイムの短剣は、両刃の直剣、長さはテイナのモノの半分ほどしかない。そして どちらも一般的な剣より、刃が鋭く厚い。
「どちらにも『火の魔法』が付与されているようだな」
「はい。氷じゃ 犯人が死んでしまうので、それにしました」と、テイナが応じる。
「火なら 止血は必要ないでしょう」これはカイム。最初から襲撃される事を知っていたかのような口調である。
実際 知っていたのだから、嘘は吐いていない。
同席している警備隊員が 捕縛したスリ達の持ち物を広げる。その中には 8つの財布もあった。
「これ等は 君達の物だ」
それを見て カイムが顔を顰めた。
「そこの財布は 持ち主に返さなくて良いのか」
その言葉に答えたたのは 副隊長ではない方だ。
「あぁ、財布の事か。返そうにも不可能なんだよ。
私達の仕事には 落し物の捜索は無いのでな」
副隊長が口を挟む。
「持ち主が複数現れたら 確認のしようがない。争いの元だ。だからスリを捕らえた者に渡すのが最善なのさ」
「なるほどね」
――それなりの理由があったわけだが これで治安が良い町だとは呆れる。
副隊長が 追加項目を提示する。
「それと、彼等を『犯罪奴隷』として我等に譲って欲しい」
「どういう風に使う積りですか」
カイムは あの、片腕の状態で使い道があるのかと思ったのだ。
「強制労働に就かせる」
「へぇ」
テイナが疑問を口にする。思わず出た言葉のようだ。
「片腕なのに」
「そんな事は 罪の重さに比べれば、何も問題にならないのさ」
「確かに。……当然の報いか」
今回だけで8つもの財布を盗んでいる。未遂を含めれば10だ。
犯罪奴隷となるのは必然で、余罪は絶対にあるので 強制労働を課せられるのも道理だ。
そして 当人の状態など『罰』そのものには関係ない。罪を犯せば罰せられる、これは常識。
即、死刑にしないだけ感謝しろ。という事だ。
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奴隷の起源は古い。
物々交換から 貨幣を使うように代わってからだとか、代わる前からあったとか 色々な説がある。しかし 何時からにしろ、借金返済の代わりとして 人身売買のような事が行われていた。
それは 権力者にとっては、決して好ましいモノではなかった。そこで、公的機関として職業斡旋のような部署が設けられた。
しかし その人数が、あまりに多くなり過ぎて、食費がバカにならない。そこで それを民間に委託した。
この頃には まだ民間には『奴隷』という概念すら知れ渡っていなかったが、これが『借金奴隷』の始まりだとされている。
民営になって1番変わったのは、当然だが 利益を出す必要があるという事だ。
そこから 本格的な、商業としての『職業斡旋』が始まった。
時は進み、今から 5百年ほど前の戦国時代。
小国間の領土拡張戦争が起こった。それが拡大していく中、町は どんどん荒れていった。食料を求めて、一揆や暴動が起こり、単発の犯罪も急増した。
国の持つ重要な責任として、治安の維持がある。犯罪者を捕らえ、罰を課す必要があるのだ。
だが、この人数もバカにならない。捕縛し 牢に入れてると食料が必要になる。その確保が 時が経つほど難しくなった。
国は、それさえも民営化しようとした。
だが ソレは、今迄のような 借金返済を主とする職業斡旋業務と同列に扱うわけにはいかない。
相手は犯罪者である。罪を償わせるため、強制と縛り、行動の制限が必要になるのだ。
そこで 多くの国で開発され、使用されていた魔法具としての『奴隷環』を民間に支給する事になった。
この奴隷環は 本来、戦勝国が敗戦国の捕虜に装着させて『強制労働』を強いるために使われていた凶悪な物で、装着者の意思を捻じ曲げる機能があった。
言葉としての『奴隷』は、ここで使われていたのだ。それが 幾年も経て、民間でも使われるようになった。
国から支給された奴隷環は、対象が違うため、強力過ぎて民間で使うには問題がある。
そこで 各国の錬金術師が、工夫を凝らし 大きく改造を加えたモノが、現在 使用されている奴隷環の原型となっている。
約2百年前に 戦国時代は終わり、複数の大国が誕生した。それ等は互いに不可侵条約を結び、血縁により その繋がりを深めた。
奴隷環装着者に、絶対命令『主人を害してはならない』が定められたのも この頃である。
そして『借金奴隷』と『犯罪奴隷』の区分が明確化された。
それは、国際規格と国際法によって策定され、犯罪とその罰則が定義された。窃盗から殺人、それの未遂、幇助に対するモノである(エイミの場合は 大量殺人の未遂に該当)。
それぞれ 些細な変更や更新は続いているものの、それ以降『犯罪奴隷』に対する扱いは、国ごとにではなく 世界規模で統一されている。
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警備隊員が スリ2人用の奴隷環を持って来た。
そして カイム達、捕縛者の安全を担保する処置が行われる。当然だが、カイムが この事を知らないわけが無い。
この処理をすれば、スリ達は 彼等の事を恨みの対象に出来なくなる。仮に 環を外す事があっても、その効果は消えない(逆に強くなる)のだ。
続いて、褒賞が渡される。
「彼等は スリ集団の一味だった。その捕縛に協力してくれた事も含めて、君達には 各人に金貨5枚を報償金として受取って欲しい」
封筒が3通出された。
テイナは眼を見開いた。この金額は あまりにも破格である。エイミは我関せずであったが。
「有難く 受取らせて頂く」
カイムは落ち着いたものである。それ等を受取り、自身の(収納)袋に収めた。
「これで 面倒な手続きは終わった」
こう言ったのは副警備隊長だ。
「それは こちらの台詞だ。何の説明もなく、朝っぱらから警備隊に呼び出されたんだぞ」
カイムが 長椅子の背に身を預け、短剣を仕舞いながら文句を垂れる。これも当然の事だ、何も言わない方が怪しい。
カイム達が建物から出た事を確認し、副警備隊長が 備え付けの魔法具を確認している隊員に尋ねる。
「本当に 虚偽は無かったんだな」
「はい。全て真実です。この『脳波及び身体反応感知魔法具』からは、全く異常を発見出来ませんでした」
ヒトは嘘を言ったり、自分に不利な言動に対しては 少なからず反応する。脳波の乱れ、瞼の僅かな動き、発汗などと さまざまだ。
この魔法具は それに特化したモノであり、かなり訓練を受けた者でも 嘘を隠せない程の特注品だ。
「彼から提出された魔法具に記録されていた動きを見ると、少なくとも あの女性冒険者の実力は、Dランクを軽く凌駕しているし、あの少年は 彼女より強い。
彼自身は『剣の扱いが苦手』と言っていたが、その対象は示していない。嘘ではないだろうが、使えないとは言っていない」
「何者でしょうか」
「分からんが、注意しておくに越した事はないだろう」
「監視を付けますか」
「いや、止めておこう。下手に関渉すると こちらが危ない」
「それ程ですか。陛下からの間諜でしょうか」
「どうだろうな。それにしては目立ち過ぎる」
エイミが カイムに話し掛ける。
「あの部屋に入ってから ずっと妙な感じがしていましたが、何だったのでしょうか」
「ほぅ、分かるのか。あれは魔法具の干渉波だ。
敏感な者の中は 偶に感じ取れる者がいると聞いたが、エイミがそうだとは思わなかったよ。
俺とテイナには『微弱な結界』を張って消していたからな」
「どの道、監視でもするんでしょうが、嘘は吐いていませんからね」
「監視や尾行があっても、放って置けば良い。ここは 広いだけで、大した特徴の無い、治安の良くない町だ。明日、発つぞ」
「オーケイ」「賛成です」
翌朝、朝 早くに町を離れた彼等に気付いた者は、誰もいなかった。