(12)貴族は嫌い
「それで寒くないか」
テイナは、十分な防寒具を纏っている。それに比べて、そう語る カイムは、ローブ姿。夏の服装から全く変えていない。
「カイムこそ 大丈夫なの」
「あぁ、大丈夫だ。このローブには耐寒機能もあるからね。
そろそろ下山するぞ」
地上では まだまだ暑いが、5千メートルを超える山は極寒である。あちこちを探索し、スライム等 従魔の餌場を確保するために走り回っていたのだ。
あの後、白色のスライムが誕生した。
そのスライムを カイムは、初見ではスライムだと分からなかった。今迄のとは 全く違う姿をしていたからだ。
『えっ。お前もスライムなのか』
『〇』
白色の食餌が石灰(カルシウム含有なら可)だったため、地下深くの鍾乳洞を探し、序でに 青色用に、水晶が豊富にある場所も確保した。それ等には ヒトが入れないよう施工し、亜空間で収納と接続した。
勿論 他のスライム用にも、冬になると必要になる食餌場として 密林の奥や、無人島などを確保した。それ等にも 強固な結界を張り、ヒトは出入り出来ないようにしてある。合計すると20箇所以上になった。
「どうしても 数が多いスライムがメインになってしまうな」
「でも、岩場は別として 他の場所は、他の従魔用の餌場として共有出来ますよね」
「そうだな」
「気になってたんですが、何で火山の近くにも造ったのですか。あんな場所を望む従魔は居なかったのでは」
「確かに そんな従魔はいないね。
それって 実は、俺 個人用なんだ。火山でしか採れない鉱石があるんだよ。(錬金術や鍛冶に使うので内緒だけど)」
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「助けないの」
「そんな義務は無い」
馬車が野盗に襲われている、ように見える。
「私には 見捨てら……」
「死にたいのか。
ちゃんと 人数差を確認しろ。どう考えても勝てない」
馬車は止まっている。馬は逃げた、かのようだ。
護衛の残りは8人。2人が戦闘不能、だが生きている。賊の方は約50人、全員無傷だ。
「でも……」
「仮に 俺達が行って、勝ったとする。その後はどうなる。
あれは貴族だ。冒険者は全員Aランク、若しくはBランクが少数 混ざってるかも。そういった連中だ」
「感謝……されないかな」
「自分の胸に手を当てて 良く考えろ。
お前でDランク、俺なんて冒険者ですらない。そんなモノに助けられて、あいつ等が 本当に感謝するとでも思うか」
テイナは自分に当てはめて考える。すぐに結論が出た。
「恥に思う……。じゃ、殺されちゃうかな」
「そう、分かってるじゃないか。逆ギレ 百パーセントだ。
貴族は 当然、恥に思うだろう。それは 高ランク冒険者も同じ。どちらしろ 口封じに動く可能性が高い」
「すぐ逃げれば」
「貴族の情報収集力を甘く見るな。貴族が権力を使えば、罪をでっち上げ、冤罪を作る事など雑作もない。
冒険者組合が黙っているとでも思うか。冒険者は 組合とグルになって、俺達を どこまでも追い、探し出して抹殺しようとする」
「なら 従魔で……」
「従魔を殺させる気か。あんな下らない連中より、俺には 従魔の命が大切だ」
まだ 気にしているテイナに、カイムは詳細を説明する事にした。勝手に飛び出されては迷惑だ。
「襲っているのが 本物の野盗とは限らない」
「えっ」
テイナが 思ってもいなかった言葉であった。
「貴族同士の争い事は陰惨で、その善悪さえ分からない場合が多い。領主から見た場合、襲われている方が悪である場合もある」
聞き耳をたてるテイナ。
「野盗のアジトが 俺の探知、花梟の監視でも見つからない。少なくても 半径20キロメートル以内には、それらしいモノは無かった」
「それって……」
「貴族同士の争いで、ほぼ間違い無い。助けて 殺されるのが趣味だったら、俺が去った後 勝手に行け」
「分かった。でも……最後まで確認したい」
冒険者が 護衛対象を売るなんて、考えたくないテイナだった。
「手出しはしないと 確約出来るか」
「……出来ない。だから命令して」
カイムが溜息を漏らす。
――だが、それで気が済むのなら良いだろう。
「じゃ、何があっても あの戦闘に『絶対 手出しをするな』。これで良いか」
「ありがとう」
――大した強制力は無いんだがな。
「野盗の あの剣技、確かに軍のモノかも。元軍人……現役かな」
「へぇ、軍の剣技を知っているにか。
確かに、野盗にしては 良い剣と装備を使っている」
戦闘は終盤を迎えようとしている。
冒険者が全員 戦闘不能になった。しかし、生きている。
「やっぱり 変だよね」
「あぁ、そうだな」
馬車から 貴族が1人づつ引き出されて殺されていく。いつの間にか冒険者は居なくなっていた。
「冒険者が消えたな」
「やっぱり グルだったのかな」
「他に 何か理由があるか」
野盗が2人、馬車の奥に乗り込んで 何かを持ち出して来た。
「何なの あれは」
カイムが鑑定で確認した。
「ヒトだよ。この クソ共が」
――もう、貴族は残っていない。冒険者も付近には居ないし、テイナは奴隷だ。
なら良いか。
カイムが弓を取出して、魔法発動の準備をした。
空中、地上から約2百メートル付近に、多数の 氷で出来た細い矢が出現する。野盗達の ほぼ真上だ。
――百、いや もっとずっと多い。何なの この魔法。
ブン。
魔法発動。弓弦を弾く音と共に 矢が的に向かって飛ぶ。
最低でも2本づつ、野盗の頭蓋に突き刺さり、そのまま突き抜ける。地面に突き刺さった矢は 溶けて消えた。
野盗は全滅した。
魔法が発動されて、テイナが2度 瞬きする間もない、僅かな時間の出来事だった。
「生存者を助ける。あれは子供かも知れん」
「えっ」
それは 子供ではなかった。
「あなた達は どなたですか」
目覚めた女性の 最初の言葉がそれ。一言の礼すら無い。
「名は。家名は不要だ」
回答はせず、非常に機嫌の悪いカイムが質問する。
「エイミよ。質問には応えて下さらないの」
「応える必要は無い」
「……」
今年17歳になった貴族の娘。下半身不随の 壊れたから、捨てられた道具である(鑑定による)。
野盗と 殺された貴族の死体は、既にスライムに食われ 無くなっている。紫色の中に 赤っぽい球体が混ざっていたような気がしたカイムだったが、詳しく調べている余裕はない。
残った装備品を 全て収納袋に入れる。
「こっちには もう入らない。そっちに入れてくれない」
「これ等を使え、野盗達が持っていた(収納)袋だ」
「えっ、だって」
「持ち主登録は解除してある」
「あなた、何でもアリね」
「野盗の持ち物を処分する際には 必須の技能だろう。知らない方が可怪しいぞ」
「うつ」
「ねぇ、ご返事を頂けないかしら」
エイミが口を挟む。
「あーっ、うるさいな。間違えて助けてしまったんだよ。今から殺しても良いんだが。それが嫌なら そのまま黙ってろ」
全て片付けて(馬車は解体して収納袋へ、54頭の馬は収納へ)場所を移動する。荒れた地面も 魔法で元の状態に戻している。エイミはカイムが 補助器ごと担いだ。
もう痕跡は 何も残っていない。
カイムが思っていたより時間が掛かった。さすがに 野盗54人分、貴族6人分は多い。
移動中に、カイムは 今回の首謀者に通じる冒険者達を、探知で見付けていた。
『殺せ。一人も逃がすな』
『分かってる、任せて。10頭、発進』
翼竜鳥による攻撃は一瞬だった。勿論 頭部を一瞬で粉砕、全滅だ。
ここでも、処理中の紫色の中に 小さく赤いモノが混ざっていた。ここで入手した馬も収納へ入れた。
馬車を引いていた馬も 見付けたので回収した。
冒険者達の装備も(収納)袋に入れ、10枚の冒険者カードを破棄した。
「全員 Aランクだ」
「だった。でしょ」
これで、関係者は 元貴族娘のエイミ以外、全員死亡した事になる。
ところで、翼竜鳥は現在、42頭いる。最初 従魔にした個体が、仲間を連れて戻って来たのだ。カイムに否は無い。
全てを従魔にした。
野盗を討伐した序でに 冒険者も始末した2人は、聞いている者が居るのに、内輪話を始めた。
「何だっけ、勝てないんじゃなかったの」
「だから、変な感じだったから そう言ったんだ。方便だよ」
「その娘、どうするの」
「どうしようか。森に捨てたら、何かに食われて 糞になって、自然に戻るんだろうが」
「本気なの」
「自分でも分からん。だが この儘では、家に帰せないな」
「当然よ」
テイナは カイムとは違う意味で答えたようだ。
「何で『当然よ』なんだ」
「だって。野盗と護衛がグルで、目撃者である貴族は 全員殺された。というシナリオだったんでしょ」
「お前、そんな事を考えてたのか。
それで言うと、一番怪しいのは 冒険者を雇った娘の親族って事か。
気分が悪くなってきた。やっぱり貴族に関わったら 碌な事が無い。
そもそも、この娘の『下半身不随』なんて麻痺が残ってるだけじゃないか」
「へぇ、直せるの」
「まぁな。断言は出来ないが、さっき鑑定した感じだったら(茶色スライムで)簡単に直せそうだなって思った」
「ち、ちょっと待って下さい」
焦った様子の声が、2人の会話に横槍を入れた。