(01)出会い(奴隷商会)
町の第1幹線道路添いに、公認・奴隷商会の建物がある。
立派な、それこそ 中規模貴族の邸宅より、建物自体は大きくて広い。
その正面口ではなく、裏口から入って行く人影がある。つまり買うためではなく、売りに来たのだ。
2人連れ。成人女性が少年の手を引いている。
女性は30歳前後、庶民としては上等な服装をしている。対して 連れの、10歳くらいに見える少年の服装は、薄汚れた 貧相なモノである。
「そのガキは どう見ても10歳前後だ。買えねえな」
「いや、これでも15歳なんだよ。15歳なら住込みで働ける筈だろ、銀貨20枚で良いからさ」
もし女性の言葉が正しければ、銀貨20枚は安い。しかし手代は、この客の年齢を、30歳前と見ている。
普通は 15歳の子などあり得ない。皆無とは言えないが。
「なに言ってやがる。例え本当に15歳だったとしても その体格じゃ銀貨20枚は出せねえな。良いところ10枚だ。それに住込みは出来ねえな」
「何でよ」
「さっきも言ったろ、15歳に見えねえからだよ」
ここの手代と女性が、少年の販売価格で交渉、ではなく揉めている。手代は 彼女の嘘を見抜いているのだ。
ハッキリ言って女性に勝ち目は無い。放り出されるのも 時間の問題だった。
そこへ番頭が通り掛かった。いつも通りの巡回、見回りだ。その最後 買取り部門に来た、それだけの事だった。
彼は訝し気な表情をして、立ち止まった。
番頭の事をジッと見詰める少年と 目が合ったのだ。
「何をしているのですか 大声を出して。他の お客様に迷惑ですよ」
「は、はい」
彼は第2番頭。この店の売買部門で 最高位の権限と実力を持つ。
手代は 慌てて膝を折り、現状と経緯を手短に説明する。
この商店における番頭の番号は、大きな意味がある。
第1番頭は、この店の後継者だ。第2は 暖簾分けをして貰い、いずれ独立する事になる者だ。
そして この番号(1と2)だけは、実力とは無関係である。
説明を聞き、番頭が女性に向かい その意図を確認する。
「では、その少年を銀貨20枚で売りたいと」
「は、はい」
「その子に そんな値打ちはありませんね」
断定である。言葉も いくらか硬く強くなっているが、それには 当然の理由がある。
「貴女の言葉、その子が15歳だと言うのは嘘ですね」
それ指摘は 知る者の言葉。
「……いえ、それは」
「私は番頭なんですよ、嘘は通じません。貴女は その意味が分からいほど愚かには見えませんが」
「……」
番頭は気になる事を確認するため 最終価格を提示する。
「銀貨3枚、それが限度です。
それが不満なら さっさと帰りなさい。商の邪魔になります」
手代は 驚いて声を上げそうになったが、どうにか堪えた。
女は顔を顰めながら答える。
「分かりました。それで お願いします」
かなり低額を示した自覚のある番頭は、顔には出さないが、正直なところ驚いていた。
番頭が直感したように この女性は、どうしても少年を手放したいようだ。金銭に関係なく。
女性が代金を受け取って 間違いなく帰った事を確認し、番頭は手代に命じる。
「その子を『洗浄』して、服を与えなさい。それが済んだら 私の部屋に連れて来るように。『養子待遇』でね。
それと さっきの代金は、私・個人の支払いで お願いします」
「えっ。は、はい『養子待遇』ですね」
養子待遇とは『犯罪奴隷』や、自己破産した『借金奴隷』とは違い、年少者(普通は5歳未満)で、里親に出す前提での対処である。
普通は相手が決っている場合が多い。
「そうです。手続きを間違えないように」
「はい、分かりました」
番頭は 少年が連れて行かれるのを確認し、大きく嘆息した。
「あれで10歳とか、とんでもないですね」
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かなり広く、質素だが 住み心地の良さそうな雰囲気が漂っている。ここは、第2番頭の執務室である。そして寝起きする部屋とも隣接している。
そこには洗浄され、それなりの服装で椅子に座っている少年と、卓を挟んで 彼に向かい合って座る番頭がいる。
その少年は 淡い褐色の肌に、短く切った灰色の髪。そして鋭く光る緑色の瞳をしている。
その雰囲気から 番頭は、彼が高い魔法特性を持っている事を感じ取っている。
これは 彼の持つ能力と、全力で積み上げた経験と実績。それから生み出された直感によるモノだ。
鑑定を用いていないが、まず 外れる事はない。
「君の名は、そして実際の年齢を教えて下さい」
「今迄の名は捨てます、適当なモノを付けて下さい。現在 8歳の年です」
番頭は いささか困惑しながらも、尋ねる。
「では、新しい名を考えておきましょう。
ですが 現在の名を捨てるというのは大事です。その理由を聞かせて頂いても宜しいでしょうか」
「あの女から 完全に離れるためです」
「……」
これは尋常ではない。8歳とは まだ、親の愛情を必要とするとされる7歳の年 幼児を、終えたばかりの年齢だ。
それが親を捨てようとしている。
この社会では 子は親(肉親とは限らない)の所有物と見做され、同時に養育義務がある。それは 幼児の死亡率が非常に高いからだ。
そう 15歳の年までは、親には大きな義務と責任がある。そのための補助として『養子制度』があるのだ。
「名から辿られて、何らかの権利を要求されるのは 真っ平だからです」
「なぜ そこまで嫌うんだい」
少年は 年に似合わない、侮蔑の笑みを浮かべ語り始めた。
番頭は ゾクリとした。それには 強い怒りと諦観が含まれていたからだ。
「父が亡くなって まだ半年足らずです。その間に あの女は男をつくり、邪魔な僕を売り飛ばしたのです。それだけでは足りませんか」
「……」
名を捨てた少年は 続けて語る。
「父はAランクのベテラン冒険者でした。人並以上の生活をしていましたし、相当な貯蓄もありました。
依頼とは別の 業務中に事故で亡くなったので、組合から見舞金も出ています。それ含めると かなりの財産になる筈です」
「それを全て自分の物にして、君を売ったと」
「その通りです」
確かに十分な理由である。
暫しの沈黙後 小さく咳払いをした番頭は、疑問に思ったことを確認した。
「君は 私に『話し掛けて』来ましたが、その能力は どのくらいの確度を持つモノですか」
「えっと、確度ですか。『念話』の『正確さ』でしょうか」
「そうです」
「それなら 3級程度だと聞いています」
「あれが3級……。『鑑定』も出来ますよね」
「あぁ、あれは鑑定ではなく『探知』です。それには『認識疎外』も含まれているので鑑定が効かなかったのだと思います」
番頭は信じられない。彼の鑑定能力は1級なのだ。並みの認識疎外など突破出来る筈だからだ。
そして気に掛かる言葉がある。
「程度とは、検定を受けていないのですか」
「検定って何ですか。僕は父から教わって『これくらいなら3級程度だな』と言われた事があったので そう答えたのですが」
「あぁ、君の父上は冒険者でしたね。じゃあ 無理もない。
冒険者は組合で、定期的に検定を受ける事になってますから。登録が出来ない8歳の年では、仕方ありませんね」
「8歳の年では登録出来ないのですか」
「組合に登録出来るのは15歳の年、成人の年からです」
「えっ、そんな規則があるのですか」
「ええ、それに15歳の年以上でないと働けませんよ。法律上は、ですがね」
――そう、法律上はね。
抜け道は幾等でもあるのだ。
少年は困った顔をして、小さく呟く。
「じゃ、15歳まで 孤児院にでも入ろうか」
そして、ハッと気付いたように、立ち上がると 勢いよく頭を下げた。礼を忘れていたからだ。
「すみません、お礼するのを忘れていました。
どうも ありがとうございました。これで あの女から、完全に解放されました。
それで 質問なのですが、僕の販売価格を教えて頂けますか」
「いや、礼には及びません、こちらが勝手に行った事ですから。で、販売価格とは何の事でしょうか」
「あぁ、そうでしたね。実は 父から色々なモノを受け継いでいるのです。
その中には少しばかりの現金もあるので、僕が 僕自身を買い取ろうかと思いまして」
「父上から受け継いだモノですか」
「そうですね、(冒険者)組合銀行に入っていた現金以外だと、家と備品が あの女の物になってしまいました。
しかし、その他は僕が持っています。
父が亡くなった時点で所持していた物件の全てが、その瞬間 僕に移りましたから」
「君は『収納魔法』も使えるのかい」
「ま、まぁ そうです(アレは魔法じゃないんだけどな)。あと生活魔法と呼ばれる程度のモノは 一応、習得しています」
番頭は それを聞いて唖然とした。
彼の言った その内容は、彼等 商人にとって、非常に大きな価値を持つモノだったからである。
――しまった。
番頭の様子を見て、少年は父親の言葉を思い出した。『自身の持つ能力は、なるべく隠しておけ。まぁ、生活魔法程度なら問題ないだろうが 他のモノだと、下手すると 便利に使われる道具にされちまうからな。十分に注意しろ』だ。
彼は もう幾つか披露してしまっている事に、今更になって気付いた。
しかし「それでも良いか」と、感じさせるものが番頭にはあった。
――大丈夫そうなヒトだけど やっぱりヤバかったかな。
少年の様子を見て 眉間を押えながら俯いた番頭は、「これじゃ、まるで……」と呟き、何か決意したように 彼に視線を向ける。
「今更 こんな事を言うと、君に誤解を与えそうですが、私の養子になりませんか(実は、手続き上は もう済んでいる)。
そして あと3~5年くらい迄にでしょうか、暖簾分けして頂いた暁には、私の跡継ぎになって欲しいのです。
なお、私には直近の親族はいません。遠い親戚など 数十年も会っておりませんから、誰にも文句は言わせません」
何とも タイミングの悪い。
だが番頭は それを承知で話したのだ。
「それは 僕が『念話』を使ったからですか。それとも、他の能力を知ったからですか。それと 僕は、父と同じ冒険者になりたいのです」
とても率直な言葉である。
――これには誠実に応えるべきだ。
そう これは、番頭の 人間性が問われているのだ。
「そうですね。あの『声』を聞いた時が切欠で、私の『鑑定』が通じなかった時点で決めました。
それに冒険者と商人は、両立出来ますよ」
「えっ、そんなに前からですか。
冒険者と商人が 両立なんて出来るんですか」
「はい。冒険者の仕事は『依頼達成』だけではありませんからね」
番頭は 遠くを見るような表情をして語る。
「私が この御店に奉公に来て、もう20年余りになります。その間 旦那様には、とても多くの事を学びました。
その中に『欲しいモノが目の前にある場合の購買判断は、その時の直感に従え』という心構えがあります(勿論 それに似た教訓や、全く逆のモノも多くある。つまり、状況に合わせて行動せよという事だ)。
今回は それに従おうかと思いまして」
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少年の新しい名は『カイム』、色々な名から無作為に選んだので意味はない。
「うん、これが良い」
「そうですね、『カイム』。中々良い響きです」
2人共 気に入ったようだ。
カイムの立場・身分は 第2番頭であるアインスの養子。
冒険者の訓練は 今まで通り続け、アインスは それを支援する。気の済むまで冒険者を続け、引退後に商家を継ぐとうい約束だ。
アインスは 太っているわけではないが、年齢の割に 貫禄のある体形をしている。淡い黄色の肌で 暗い赤毛、そして柔和な茶色の瞳をしている。
そして しっかりした良く通る声は、包み込むような優しさと共に、不実と妄言を もっとも嫌い、それ等を体現する者には 容赦ない鉄槌を下す厳しさも兼ね備えている。
「冒険者は 体力、気力共に、生涯 続けられるる仕事ではありません。商家を継ぐのは、冒険者を引退した後で良いのです」
「何だか、僕ばかり得をしているみたいだけど」
「いいえ、そんな事はありませんよ。後継者の心配をする事なく働けるのは、君が思っているより ずっと安心感を与えるモノなのです。
それに、実利もありますしね」
「それでも 15歳までは、まるっきり居候だし、教師への対価は結構な額になりますよ」
「それは先行投資というものです。それに 余った時間には商業の勉強をして頂きますので、無駄にはなりません。
どうしてもと言うのなら、採取・収穫したモノの一部を 組合を通さず直接回して下さい」
「オーケイ、分かりました。では、宜しく お願いします。義父さん」