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恋する魔王は今日も姫を拐う

作者: 金貨の騎士

久し振りに御伽話風の物語を…




 ▷ロゼッタ姫の身柄は預かった、返して欲しくば我が城まで来るが良い!! by魔王◁




 そんな置き手紙を寝室に残し、リステリア王国一の美姫と謳われるロゼッタ第一王女は、城からその姿を消しました。


 手紙の筆跡と、それに残された魔力の残滓。そして厳重な警備の中、城に侵入されたことすら気付かせずに姫を拐うその手腕。王家は此度の件を、魔王の仕業であると断定。


 そうと分かるや否や、国王はすぐに勇者を呼び出し、姫を連れ戻すよう命じました。


 王国最強にして、人類の最終兵器こと勇者は即座に聖剣を携え、愛馬に跨がり、一人で魔王の城を目指しました。


 草原を駆け抜け


 襲い来る魔物を蹴散らし


 立ち寄った村で畑仕事を手伝い


 返り討ちにした盗賊の身ぐるみを剥いで路銀を稼ぎ


 途中で見つけた茶店で優雅なティータイムを決め


 街を襲うワイバーンを一刀両断し


 宿屋で出会った行商の人と意気投合して


 翌朝まで飲み明かして二日酔いに苦しみながら


 勇者は魔王城を目指して旅を続けました


 そして、王都を発ってから三日


 人よりも魔物や魔族に会う頻度が増えてきた頃、勇者はついに魔王城に辿り着きました


 リステリア王国の王城よりも大きく、相対する者を威圧するような物騒で禍々しい雰囲気を放ち、更に正門の前には柱のような大槍を手に佇むオークとミノタウロスが守りを固めています


 普通の人間なら、とっくに逃げ出しているであろう魔王城の光景を前に、しかし勇者は己の役目を果たすため足を進めました


 そして勇者は門番の二人に、道中で購入した土産を手渡し、ロゼッタ姫を迎えに来たことを伝えました


 それを聞いた門番の二人は、『いつも御苦労様です』と労いの言葉と共に、門を開いて勇者を城の中に招き入れました


 魔王城に足を踏み入れた勇者は、更に進みます


 やたらと長い廊下を抜け


 無駄に長い階段を登り


 意味不明なトラップの数々を潜り抜け


 勝負を挑んできた四天王をケチョンケチョンにして


 ついでに途中で買ってきたお土産を彼らにも渡し


 そして、城の中でも特別に大きくて豪華な扉を開け放ちました


 大きな広間には玉座があり、そこに優雅に腰掛け、勇者の姿を見た途端に凶悪な笑みを浮かべる者が



「待っていたぞ、勇者よ」



 青み掛かった黒い髪


 血のような深紅の瞳


 恐ろしいくらいに整った容貌


 鎧と礼服を合わせたような装い


 端から見れば、絵に描いたような美形の王子様


 されど


 頭には2本の白い角


 背中にマントの如く生えた漆黒の翼


 トカゲのような尻尾


 この者こそが


 生きた災害と謳われ


 人類の守護者たる勇者とは対極の存在


 魔王が、そこに居ました



「さぁロゼッタ姫を返してほしければ、魔王たるこのボクとッ…!!」

「なんだ、ここじゃないのか」



 ピシャリと、魔王の言葉を遮るように、勇者は扉を閉めて玉座の間から立ち去ってしまいました。



「待って待って、ちょっと待って!!」


 扉を吹き飛ばすような勢いで部屋から飛び出して、無駄に綺麗なアルトボイスで喚きながら、魔王は勇者の腰にしがみつきました。その魔王に対して、勇者はひどく面倒くさそうな視線を向けます。


「なんだよ」

「むしろなんでだよ、無視しないでよ、ボク魔王ぞ!?」

「俺は姫様を迎えに来たんだ、お前に用は無いよ」

「魔王を前にした勇者のセリフじゃないよね!?」


 更に言うなら、魔王を前にした勇者の態度でもありませんでした。彼のその瞳に『面倒くさい』と言う気持ちはたっぷり籠められていましたが、その代わりに明確な敵意、殺意や憎悪の類はこれっぽっちもありません。今も腰にぶら下げた聖剣と駄々を捏ねる様に喚く魔王をズルズルと引きずりながら、姫を探して勇者は通路を突き進んでいきます。


「ていうか今どこに居るの、姫様」

「ふっ、彼女の居場所を素直に教えるわけ無いだろ。教えて欲しければ、このボクと勝負を…」

「まぁ、どうせこの部屋に居ないってことは食堂でお茶してるか、お前の書斎で本でも読んでるんでしょ」


 うるさかった魔王が一瞬で黙ったので、ひとまず勇者はここから最寄りの書斎を目指しました。


「待って、まだ行かないで!!」

「やだ」

「ねーえぇぇお願いぃぃ、四天王の皆には律儀に付き合ってくれたんでしょー、その優しさをボクにもくれよー!!」

「やだ」

「なんで!?」

「だって面倒くさいんだもん」


 再びうるさくなった魔王を引きずりながら、勇者は歩みを再開しました。進める足に迷いは無く、最早勝手知ったるなんとやら。先程の『どこに居る』という問いも、純粋に『どこ(の部屋)に居る(のか分かれば問題無い)』と言う意味で、姫の現在地、その名前さえ分かれば後は自力で辿り着けるのです。

なにせこの勇者、魔王城に来るのは今回で丁度30回目。魔王城のどこに向かえば何があるのかなんて、否が応でも覚えてしまいました。


(とは言え…)


 この面倒くさい状態の魔王を引っ付けたまま姫の元に辿り着くことは可能ですが、伝統だか様式美だかの都合で、基本的に魔王は勝負に勝たないと姫を返してくれません。

 きっと、このまま強引に姫を見つけて連れ帰ろうとしても、この魔王かまってちゃんは王都に帰ってもずっと腰にしがみついたままでいる気がします。て言うか実際に勇者は、12回目のロゼッタ姫誘拐の時にやられて凄く恥ずかしい思いをしました。


「……仕方ないなもう…」

「やったあ!!」


 その場凌ぎで強引に振り払ったところで、どうせ即座に魔法を使って追いかけてくるでしょうし、最悪の場合、嫌がらせのつもりで王都に到着した瞬間に再び姫を拐う可能性もあります。

 そういうことをされるぐらいなら、ここで魔王の気が済むまで付き合ってやった方がマシ、勇者は半ば諦める様にそう結論付けました。


「それじゃあ早速…」

「いざ尋常に…」


 勇者は腰から聖剣を鞘ごと抜き、魔王は勇者の腰から離れるとマントの中から束になった絵札のような物を取り出しました。


 そして、場所を魔王の私室に移し


 互いにテーブルを挟んで椅子に座り


 抜いた聖剣を邪魔にならないよう壁に立て掛け


 取り出した絵札(トランプ)をテーブルに広げて始まったのは…



 ポーカーでした



「「勝負ッ!!」」


 

 こうして世界の頂点に近い二人による


 記念すべき三十回目の戦いが幕を開けました



「うぼぉぁ…」

「口ほどにも無い」



 でも三十分で決着となりました



「いや、君の表情筋、虚無り過ぎでしょ…」

「お前が顔に出過ぎなんだよ」


 手札の引きによって表情がコロコロ変わる魔王と、終始無表情を貫いた勇者、勝敗の結果は始まる前から決まっていたようなものでしたが、けれど魔王は納得がいかないようです。


「ぐぬぬぬ、もう一回だ!!」

「えー、まだやんの?」


 口ではそう言うものの、勇者は再びカードを集めると、手慣れた様子で念入りにシャッフルし始め、魔王はその姿をウキウキと見つめながら大人しく待っていました。

 この二人、魔王が初めてロゼッタ姫を拐った時こそ全力で死闘を繰り広げましたが、その時の余波で周囲に深刻な被害を出してしまいました。それ以来、戦う時は自重するようになり、直接的な戦闘は避け始め、やがて勝負内容も知恵比べや我慢比べなど、段々と平和的なものへと変わっていき、そして今ではトランプやボードゲームなどの遊戯で決着をつけるようになりました。因みに前回やったのは大食い勝負で、途中で魔王が腹を下しリタイア、勇者の辛勝となりました。


「時に魔王」

「ん?」


 互いに今の肩書きを背負い、初めて顔を合わせてから、そんなやり取りを続けること1年。魔王の悪行が原因で勇者が駆り出されるのは変わらず、けれども最初のように死闘を繰り広げるようなことはなくなり、こうして渋々ながらもトランプに付き合ってやる程度には平和的な、なんとも奇妙な間柄になりました。

 しかし、なし崩し的にこんな関係になり、殺し合うよりは良いかとあまり気にせず今日を迎えましたが、今回で魔王城に来る羽目になったのは三十回目。いい加減気になったので、シャッフルが済んで互いの手札を配り終えた後、勇者は魔王に訊ねました。


「今更なんだけど、なんでお前は姫様に執着してんの?」

「なんでって、そりゃあボクは魔王だけど、ドラゴンでもあるんだ。古来よりドラゴンと言う生き物は、金銀財宝と美女に目が無いものなのさ」


 本当に今更過ぎて、勇者の問いに魔王は苦笑を浮かべながらも答えました。

 本人が言うように、当代の魔王はドラゴンの血を引いています。そのせいか性格も自由気まま、ふらっと外を出歩いては金塊や宝石を収集してきて宝物庫に詰め込み、美しい女性に出会えば手当たり次第魔王城に連れて帰ろうとします。そして同時に、その邪魔をしようとする者には一切容赦せず、酷い時には街一つ丸ごと焼き尽くしたこともあります。

 その振る舞いは成る程、確かに御伽噺に出てくるドラゴンそのものです。


「そういうものなのか」

「そういうものなのさ」


 とは言え、それを踏まえても魔王のロゼッタ姫に対する執着心は他を比べて群を抜いています。

先述の通り、勇者が魔王城に来たのは今回で三十回目。つまり魔王は、これまで三十回もロゼッタ姫を拐っているのです。その度に勇者が連れ帰るのですが、魔王は一切懲りず、すぐにまたロゼッタ姫を拐っていきます。

 勇者が知る限り、魔王がそこまで固執している対象は財宝の類を含め、ロゼッタ姫だけです。ロゼッタ姫は王国一の美姫と呼ばれるぐらいですし、魔王にとって彼女にそうするだけの魅力があると言えばそれだけなのですが、勇者はそれだけが理由じゃ無い気がしました。

 自分で言ってましたが魔王は美女好きであり、勇者もそうだろうなとは思っています。しかしロゼッタ姫は美姫ではありますが、美女と言うより…


「魔王様、お兄様が到着したと伺ったのですが…」


 勇者がその姿を思い浮かべたその時、部屋の扉が開かれ、とても美しく、そして可愛らしい少女が現れました。

 見る者全ての目を奪うプラチナブロンド、まるで空のように清らかな蒼い瞳、決め細やかに手入れのされた素肌にはシミひとつ存在せず、まるで陶器のように滑らか。そして可憐な口から奏でられる声音は、小鳥のさえずりの如く。

 少女としての美しさ、その全てを体現したかのような奇跡の存在。彼女こそが、リステリア王国の第一王女にして王国一の美姫と謳われる、ロゼッタ姫です。


「あっ、お兄様!!」


 勇者の姿を見つけると、ロゼッタ姫は嬉しそうに駆け寄ってきます。彼女に『お兄様』と呼ばれた勇者は魔王との勝負を中断して椅子から立ち上がると、可愛らしい突進をしてきた姫をポフンッと、抱き締めるように受け止めました。

 自分に抱き付き、()の辺りから御満悦の様子で見上げてくる姫に、勇者は少しだけ困ったような、けれど優しげな笑みを浮かべました。


「姫様、その呼び方はお止め下さいと何度も言ってるでしょう?」

「王国領の中じゃなければ問題無いでしょう?」



 因みにロゼッタ姫は、今年で九歳になりました。


 美しいことも、可愛いことも、否定しません。


 でも彼女は美女と言うより、幼女です。



「やぁロゼッタ姫、貸した本はもう読み終わっちゃったのかな?」

「はい、先ほど読み終わったところです。流石は魔王様のオススメ、今日も素晴らしい一冊をありがとうございました!!」


 そして、誘拐犯とその被害者と言う間柄の筈なのですが、今ではすっかり仲良しな魔王と姫様。

 何度も拐われてますが、魔王城に連れ込まれてから乱暴な扱いは未だにされたことが無く、むしろ丁重に扱われ、見たこともない食べ物や飲み物を振る舞われたり、俗物的な恋愛小説や娯楽遊戯などを楽しみ、実家では絶対に許可されないであろう様々な経験をしながら、楽しい時間を過ごしていました。

 なので、ロゼッタ姫が魔王に懐くのには、そう時間は掛かりませんでした。


「特にヒロインの令嬢が復縁を望んできたボンクラ王子の手を振り払って、ずっと自分を陰で支えてくれた従者を選んで駆け落ちするところが本当に良くて…」

「だよね、ボクもそのシーン好きなんだよ。いやぁ、ロゼッタ姫も気に入ってくれたのは素直に嬉しいな。ところで続編もあるんだけど、読む?」

「本当ですか、ありがとうございます!!」


 最近は厳しい教育と面倒な社交から逃げる…もとい休む口実のため、自ら進んで魔王に拐われているフシさえあります。ひょっとすると魔王は時間を掛け、幼い姫を自分好みに育てようとしているのではと、着々と染め上げられているロゼッタ姫の姿を見て、勇者は少し不安を覚えました。


『クルッポー、クルッポー』


 そんな時、部屋に置いてある鳩時計 (魔王お手製)が午後六時を告げました。魔王城の門を潜ったのは昼過ぎでしたが、そこから城の罠や四天王とのワチャワチャでかなりの時間を要し、極めつけに魔王の駄々捏ねとトランプ、日はとっくに沈んでいました。


「もう遅いし、今日は泊まっていくかい?」

「遠慮しとく」

「えぇ、そんなぁ…!!」


 魔王の提案に即答する勇者でしたが、それに残念そうな声を上げたのはロゼッタ姫でした。


「お兄様、もう一晩ぐらい良いでしょう…?」

「姫様、貴女が王宮から拐われてから既に三日経ってるんですよ。そろそろ無事な姿を見せないと、陛下達の胃に穴が空きます」


 これまで必ず無事に帰ってきましたし、当事者である姫と勇者の証言で魔王がどんな性格をしているのかも把握してはおりますが、ロゼッタ姫は国王達にとって大事な愛娘です。それが誘拐という形で連れていかれたとあっては、心配しない親はいません。

 恐らく国王は今頃、魔王が変な気まぐれを起こして姫を傷つけないか、魔王の性格に影響を受けて姫が更にグレないか、何度も面倒事を押し付けてしまった勇者が怒ってないか等々、様々な不安が頭をよぎって王城の中で落ち着きなく右往左往していることでしょう。


(ただでさえ最近の陛下は心配からくるストレスで抜け毛が増えてきたのに、これ以上心配させたら本当に胃に穴が空きかねない…)


 諸事情により、ぶっちゃけ勇者は国王に対して色々と思うところがありますが、本当に胃に穴が空いて倒れたら可哀相と素直に思える程度には情があります。

 行きに三日、帰りに三日、王都に帰還して国王が姫と再会する頃には、誘拐されてから殆ど一週間は経過してしまうでしょう。なので少しでも早く国王を安心させる為にも、これ以上の長居は避けたいところでした。

 とは言え肝心の姫が帰るのを渋っていることに加え、目の前には駄々っ子の魔王、素直に帰してくれるかどうか…


「そうか、残念だけど仕方ないなぁ…」


 ところが、返ってきた反応は思いの外あっさりとしたものでした。てっきり姫と一緒にごね始めるかと思っていたのですが、勇者は思わず拍子抜けしました。

 ロゼッタ姫との交流は勇者が辿り着くまでの三日間で充分に満喫したのか、それともこれ以上ポーカーで勝負しても勝てないと悟ったのか、どちらにせよ今回は早々に帰れそうです。ならば善は急げと挨拶もそこそこに、勇者は魔王の気が変わる前にロゼッタ姫の手を握り、踵を返して帰ろうとしました。


「けど勿体ないなぁ、今日は美味しい魚が食べたくて皇国まで買い物に行ってきたのになぁ…」


 しかし魔王がそう呟いた途端、勇者はピタリと足を止めました。合わせて同じように足を止めたロゼッタ姫が勇者を見上げますが、彼は微動だにしません。


「せっかく勇者の君が来るから、皇国の料理人まで雇って連れてきたのになぁ…」


 いつの間にかニヤニヤと笑みを浮かべた魔王がそう言いますが、勇者は沈黙を貫きます。

 しかし、ロゼッタ姫は勇者の顔を見て、『あ、コレ、もの凄く葛藤してる時の顔だ』と、勇者の心の中で責務と我欲がせめぎ合ってる最中だと悟りました。

 そして魔王の方も、立ち位置から勇者の顔は見えませんが、背中越しの雰囲気でなんとなくそれが分かっていました。なので魔王は、ここぞとばかりに畳み掛けました。


「今日は寿司三昧で豪華に行こうと思ったんだけどなぁ、そうか帰っちゃうのかぁ…」



 因みに勇者は極東の料理…特に寿司が大好物です。



「じゃあ仕方ない、用意したものは全部ボク達が…」

「姫様、やはり帰路に備えて今日は休みましょう」



 魔王とロゼッタ姫は揃ってガッツポーズを決めました。







~翌日~



「お兄様って本当に好きなんですね、寿司」

「王国は基本的に魚を生で食べる習慣が無いですし、あるとしてもスモークサーモンやカルパッチョが精々ですからね。食べたくなったら本場に行くか、かの国に縁のある料理人に会わなければなりません」


 結局、食欲に…もとい魔王の誘惑に敗北した勇者は、ロゼッタ姫と共に夕食を御馳走になりました。

滅多に食べられない好物に舌鼓を打ち、自分の好物を自分と同じように美味しそうに食べるロゼッタ姫の姿を見て勇者はすっかり上機嫌。更に途中から四天王を始めとする魔王の部下達も続々と参加し、いつの間にか飲めや歌えやの宴会状態に。その頃には勇者もすっかりノリノリで、魔王達と肩を組みながら楽しげに歌い、ロゼッタ姫も王城で開かれる社交パーティとは全く違う楽しげな雰囲気に目を輝かせました。


「だったら今日みたいにボクのとこ来なよ。なんなら寿司だけじゃなくて、世界中の料理をご馳走してあげようか?」

「そんな理由で魔王城まで行けるか」


 そして夜が明け、英気を養い、睡眠もすっかり取った勇者とロゼッタ姫は王国へと帰る準備を整え、魔王城の正門前にて魔王の見送りを受けていました。


「つれないなぁ、ボクとしては別に、理由も無く遊びに来てくれても良いんだよ?」

「お前が良くても世間的にダメだろ、理由も無く勇者と魔王が会うのは」


 もうすっかり宿敵同士とは程遠い付き合いになっていますが、未だに世間の認識は違います。長く敵対し続けた歴史のせいで、勇者と姫に実際の魔王の話を聞いた王家と上層部を除き、王国に住まう大半の人々は魔族と魔物を忌むべき存在として扱っており、魔族側も勇者達と面識のある魔王城の住人でない限り似たようなものです。

 もしも今の勇者と魔王の関係を何の考えも無しに広めたら、非常に面倒くさいことになるでしょう。特に光の女神を信仰し、勇者を神の遣いと定義する教会の連中は何を仕出かすか分かったものじゃありません。下手をすれば王国と魔王城だけでなく、世界各国を巻き込んだ大事に発展させる可能性があります。


「……まぁ、そうだよね…」


 普段は我が儘放題の魔王ですが、勇者との直接的な死闘を控えたように、自分の宝や身内を巻き込むような真似を避けるぐらいの分別はあります。ロゼッタ姫を拐う時も、いつも本当にギリギリですが越えてはならない一線だけは絶対に守っています。

 だから勇者の言うことも理解できますし、それ以上は何も言いませんでした。


 けれど、やはりその表情はどこか寂しげです。


 勇者は敢えてそれを意識しないよう魔王に背を向け愛馬に跨がると、ロゼッタ姫を優しく引っ張りあげ、背中にしがみ付かせるようにして相乗りさせました。

 その頃には、馬に跨がった勇者とロゼッタ姫を見上げる魔王の表情も、いつもの明るい笑顔に戻っていました。


「それじゃあロゼッタ姫、勇者が一緒だから大丈夫だと思うけど、道中お気をつけて」

「はい魔王様、今回も色々ありがとうございました」


 魔王と姫が別れの挨拶を済ませたことを確認すると、勇者は馬を走らせ始めました。ただ、心なしかその速度は、いつもより急ぎ足です。


(また長居しちゃったな…)


 今までも何度かロゼッタ姫共々、魔王城に一泊してから帰ったことはありますが、日に日にその頻度が増えていってる気がします。しかも今回の滞在期間は特に長かったので、王都に到着する頃には本当に、ロゼッタ姫のことを心配した国王陛下がストレスで倒れてるかもしれません。

 しかし同時に今回は、それだけ魔王の我が儘に付き合ったということでもあります。もしかしたらそれに免じ、暫くは自重して次の誘拐まで間を空けてくれるかもしれません。


「新刊が手に入ったら、また拐いに行くねー!!」

「楽しみにしてまーす!!」


 そう思ったのも束の間、割とすぐに次がありそうです。勇者は思わずガクッと項垂れると、大きくて深い溜め息を溢しました。


「……まったく…」


 ロゼッタ姫の誘拐、魔王は死ぬまで続けることでしょう


 きっと王都に帰還した一週間後ぐらいには、またロゼッタ姫を魔王城に連れ去ることでしょう


 そして勇者は再び姫の奪還を命じられ、愛馬に跨がりいつもの旅路へと


 道行く人々と触れ合い、時に蹴散らし、魔王城へ


 いつもの門番達と、四天王の皆さんと挨拶を交わし


 魔王の我が儘に付き合い、いつの間にか恒例になったドンチャン騒ぎを経た後


 この半分だけ血の繋がった妹と、愛馬に二人乗りして王都を目指す


 『そんな日々』が、この先ずっと続くことでしょう


 勇者が魔王を殺さぬ限り



「おい魔王!!」



 そもそも勇者の役目は魔王を殺すこと


 互いに死力を尽くし、殺し合う宿敵同士の関係こそが正しい在り方です


 一緒にカードで遊んだり、宴を楽しんだりするような仲になるなんて、有り得ない話です


 本来は仲良くなりたくても、仲良くなってはいけないのです


 それに勇者の居る国でロゼッタ姫を拐おうなんて輩は、今のところ魔王しか存在しません


 魔王さえ死ねば、ロゼッタ姫が誘拐されることはなくなるでしょう


 そうなれば、もう勇者が魔王城に赴く必要はなくなります


 そして、にこやかに此方を見送る今の魔王は隙だらけ


 その気になれば今この瞬間にでも、『そんな日々』に終止符を打てることでしょう


 けれど…



「次は天ぷらも用意しとけ!!」



 何だかんだ言って『そんな日々』が、勇者は嫌いでは無いのです



「お兄様も素直じゃありませんね?」

「姫様達が素直過ぎるんですよ」


 妹の…ロゼッタ姫のからかいに勇者はそう返すと、王都を目指して馬を走らせます。

 そして、そんな二人の後姿が見えなくなるまで、魔王はニッコリと笑顔を浮かべながら、手を振り続け見送るのでした。









 ボクは魔王であり、ドラゴン


 美女と金銀財宝が大好き


 その言葉に嘘は無い


 けどね



(つがい)に選ぶなら、強い奴が良い」



 邪魔をする者


 宝を盗もうとする者


 身内を傷つける者


 その全てを力で捩じ伏せてきたボクと、対等に向かい合える世界唯一の男 


 初めて出逢い、殺し合ったあの日


 ボクの心は君に奪われてしまった


 魔王とは言え、所詮ボクも齢十六の子供で


 色恋沙汰に浮かれる小娘(・・)に過ぎないんだと、思い知らされた



「優しくて、一緒に居て楽しい男なら、尚更だね」



 面倒くさそうにしてるけど、なんだかんだ言っていつもボクの我が儘に付き合ってくれる


 その気になれば聖剣を抜いてボクを退けると言う選択肢もあるのに、決してそれを選ぼうとしない


 勇者の身でありながら、魔族であるボクの配下達とも打ち解けられる度量の広さ


 最近は自ら進んで拐われてる面もあるのに、それでも妹を…ロゼッタ姫を大切に思い、慈しむ


 そんな彼のことが大好きで、心の底から愛おしい



「でも焦っちゃダメだ、こう言う時は、まずはお友達から始めた方が良いってセヴァ爺も言ってたし」



 ロゼッタ姫を拐えば、国は勇者に姫の奪還を命じる


 国に命じられれば、彼も勇者として魔王(ボク)の元に行かざるを得ない


 つまり、彼にボクと会う理由ができるという訳だ


 だからボクは、これからも姫を拐う


 愛しい勇者の彼と会うために



「さて、次はどうしようかな…?」



 いつか、彼の身も心も手に入れる、その日まで









○魔王(16歳、魔王歴2年)

 面白半分で初めてロゼッタ姫を拐った際、姫を取り戻しにきた怒れる勇者と全力の死闘を繰り広げ、歴代最強と謳われる自分と唯一互角に戦える存在に心が惹かれた。それ以来、専属執事にして育ての親でもあるセヴァスチャン(セヴァ爺)の助言の元、勇者と会う口実を作るために姫を拐い続け、交流を続ける内に彼の人柄も気に入り、本格的に番にすることを決めた。今後は悪友のような、腐れ縁のようなこの関係を維持しつつ、ちょっとずつ恋人関係に持ち込もうと色々と計画を練っている。

上級悪魔とドラゴンのハーフで、性格は自由奔放。歴代の魔王と違って世界征服に興味は無いが、自分の『宝』を奪おうとする者、傷つけようとする者には容赦しない。そして彼女の言う『宝』とは金銀財宝だけでなく身内のことも含まれており、かつては彼女の逆鱗に触れた貴族が領地ごと焼き払われたこともある。

因みにロゼッタ姫のことは可愛い妹分として身内認定しており、勇者のことが無くても溺愛している。


○勇者(16歳、騎士歴1年、勇者歴1年)

 訳あって入院中である母の医療費と、食い扶持を稼ぐため騎士団に入隊。剣の才能を見込まれ、期待の新人として活躍していたが、国宝である聖剣を護送中にうっかり触ったら勇者に選ばれた。そしたら『魔王が覚醒せし時、王の息子が聖剣に選ばれる』という神託の内容と、勇者の顔が若い頃の国王にそっくりだったこと、そして国王達自身にも心当たりがあったことから、国王が自分の父親だったことが発覚して心臓が止まりかけた。因みに、実質の国王の隠し子にあたる勇者の存在は政争の火種に成りかねず、この事実は世間には伏せられ、王室を筆頭とした一部の者しか知らない国家機密となっている。本人は今更王族として生きるのは自分でも無理だと思っているし、代わりに母の医療費と身柄の安全を保障して貰えたので特に気にしていない。

 本人の意思に関係なく突然勇者に選ばれてしまったが、給料目当てだったとは言え元騎士の身、勇者という肩書きの重みと責任の大きさは理解している。なので自分なりに勇者らしく振る舞おうと努力はしているものの、しょっちゅう魔王に邪魔され心が揺らぎまくってる。尤も勇者自身、それをダメだと思いつつ、あまり悪い気はしていない。なので立場上あまり口にはしないが、魔王が勇者の大切なモノを傷つけない限り、勇者は魔王を退治するつもりは無く、この日常と、そして魔王達との奇妙な友好が今後も続くことを心の中で願っている。

 ロゼッタ姫とは騎士時代から交流があり、彼女に懐かれ癒され妹のような存在に思っていたのだが、腹違いとは言え本当に妹だったから驚いた。表立って血縁者として振る舞う訳にはいかないが、これからも大切な妹として守り続けるつもり。ただ、父親とロゼッタの母である王妃、更に王太子である弟とは、どうやって接すれば良いのか分からなくて顔を合わす度にギクシャクしている。


○姫様(9才、第一王女歴9年、人質歴1年)

 初恋の相手は勇者で、彼が平民上がりの騎士から勇者にジョブチェンジして『身分差の問題が無くなった!!』と喜んだのも束の間、勇者が血を分けた兄だったことが発覚。失恋と同時に失意のドン底に陥り、何もかもどうでもよくなって、今まで真面目にこなしてきた王室教育もサボりがちになってきた頃に初めて魔王に拐われた。失恋したショックと勢いで半ば投げやりに、いっそ魔王に殺されても構わないとさえ思っていたのだが、自分を拐った魔王が思いのほか優しく丁重に扱ってくれて、しかも凄く甘やかしてくれたので拍子抜けした。そして王城での堅苦しい生活では味わえない数々の経験をさせてくれて、王族では無くただの女の子のとして扱ってくれる魔王を姉…と言うか姉貴分として慕うようになり、もうこのまま王国には帰らず魔王の妹分として、魔王城で生きていくのも悪くないとさえ思った。

しかし、魔王に拐われた自分を命懸けで取り戻しにきた勇者の姿を見てやめた。もう初恋は完全に諦めざるを得ないけど、勇者は自分を妹として大切に思ってくれている、それだけで充分幸せだと、勇者との兄妹の関係をようやく受け入れた。

 現在は王室教育をサボる…もとい適度な休息のため、そして魔王の恋を成就させ、大好きなお兄様と姉貴分が結ばれる未来のため、自ら積極的に拐われている。


○国王陛下(41歳、冒険者歴10年、国王歴16年)

 元々は先代国王の第六王子で、末っ子故に継承権が低いので貴族連中には『利用価値無し』の烙印を押され、にも関わらず王位継承権を巡る兄王子達の派閥争いに巻き込まれて死にかけて以来、王室での生活そのものに嫌気がさして城から逃げ出した。そして身分を隠して冒険者になり、国中を旅していた際に勇者の母と出逢った。

 自分が王族であることを隠しつつ、彼女とは順調に愛を育んでいたものの、その一方で激化した継承権争いの果てに兄王子が全滅。唯一生き残ってる王子として、自分が王位継承権を得てしまったという報せと共に王室から迎えが来る。その時に彼が王族であることを勇者の母は知ってしまい、平民の自分では国王になる彼の足枷にしかならないと思い詰め、彼に何も告げることなく、姿を消すようにひっそりと身を引いてしまう。因みに、その時には既に彼女の腹には勇者の命が宿っていたのだが、二人とも気付いていなかった。

 その後、王位を磐石とする為に有力貴族の令嬢だった現在の王妃と婚姻を結び、晴れて国王に。昔の彼女のことが中々忘れられなかったものの、それを承知の上で自分に寄り添い、献身的に支えてくれる王妃に段々と絆され、王太子とロゼッタ姫が産まれた頃には自らの意思で王妃を、そして家族を溺愛するようになった。

 それだけに、今代の勇者が自分の息子、しかも母親がかつて若かりし頃の自分が愛した女だったと知った時は心臓が止まりかけた。取り敢えず今は国王と勇者として接する分には問題無いが、親子としては今更どうやって接すれば良いのか分からず、互いに毎回ぎこちない雰囲気になっている。


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