1話 白い青年と朝焼けの者
むかし、虚無に侵食されていく世界を捨て、みんなが幸せに暮らせる星を創った、奇跡の魔術師と呼ばれた男がいたらしい。
だから、今ある幸福を噛み締めて生活をしなさい。と、とある大人は言った。
しかし、虚無の世界の住民はこう思う。
『元の世界を捨てて創った星なんかに、真実の幸せなどあるのか』と。
◆◆◆◆◆◆
ここは自然之星に存在する、5つの国の中の一つの国……ユントス。この国は海に面していて、国にしてはかなり小規模で、人口は1万人もいないがこれが普通で、自然之星の5つの国は全て、人口1万人未満なのである。
そんなユントスの外れの草原で、夜にも関わらず、激しい戦闘の音が静かな空気をかき消すように、こちらまで響いてきた。
「【疾】……【炎-散-5重音】」
目の前に迫りくる化け物の攻撃を、高性能の機械のように飄々(ひょうひょう)と交わして、5本に散らばる炎矢を放ち、異咲波シロは次々と変則的に現れる化け物……魔物達を討伐していった。
もうかれこれ異咲波は、1時間以上この場で魔物を討伐している。しかし、周りには魔物の死体は1個も落ちていなかった。代わりに、黄色や青色など様々な色の球が、沢山転がっていた。
それはそうだ。なぜなら、魔物は討伐した瞬間、紫色の煙となって、魔物の中心……心臓のような役割を果たす核だけを落として消えてしまうからだ。理由は分からない。だが、それが世界の摂理なのだ。
「【炎-散―って、詠唱してる時に攻撃してくるな!」
異咲波は身を低くして、詠唱を邪魔してきた魔物の攻撃をかわして、再び詠唱をし、その、魔物を焦がして蒸発させた。
そして魔物は、主人公の彼女を誘惑する不良達のように次々と現れ、異咲波を次々と苦しめる。
「ったく……何匹魔物を倒しても、朝が来るまで、一生狩り続けなきゃならないなんて。ブラックな環境だ……」
異咲波は迫りくる魔物を物理攻撃で葬りながら、詠唱と共に愚痴を吐き出す。
「朝が来るまで」というのは、魔物は夜にしか現れないのだ。つまり、朝になると魔物は湧かなくなり、仕事を上がれるということを言っているのだ。しかし、最近では昼間にも出現する魔物もいるのだ。まさに、ブラックな職場である。
この異咲波。魔物討伐のプロである、未知之星の処理人だったが、どういう理由か、処理人を辞め、自然之星の港町でぼそぼそと魔物を討伐していた。
魔物とは、目の前にいるモノを、排除するという脳しか持っていない、言わば戦闘のためだけに作られた機械……狂戦士だ。いや、こんなこと言ってしまうと、本職の狂戦士に失礼なのだが。
むかし、こんな戦闘民族と仲良くなって、共存しようという計画をたて、実証実験したやつがいたのだとか。結局実験は失敗に終わって、その計画をたてたやつは、肉を一齧りされたらしいが、真相はよく分かっていない。
「魔物と、共存ねえ……【魔術改変……風刃】」
考えるように、言葉を発した異咲波の周囲にから、無慈悲にも周を描くように、風の刃が飛び出してくる。そして、異咲波の周囲に迫っていた魔物達の首を刎ね飴を拡大化させたような珠が、雨のように異咲波の周囲に注がれる。
「そんなことができたら、それこそ《みんなが幸せに暮らせる》だよなあ」
どこか寂しそうに呟きながら、周囲に散らばった、色とりどりの魔物の核を拾い、持っていた袋に詰めて、遠くの空を見る。地平線から赤黄色の淡い光が溢れ出して、異咲波の身体全体を照らす。
草原に広がる幻想的な風景を、肌で体感しながら、核回収作業に戻る。そして異咲波は、最後の1個の核を拾って、それを眺めながら呟いた。
「綺麗な色をしてるなあ……」
朝日にかざすと、光を目一杯に吸収して、それを放射して、自ら輝きを放っていた。彼の髪よりも眩い白色の光。
「魔物の核でも、こんなに輝けるのに、オレは一体何をしているんだか」
誰に伝える訳でもなく、誰に聞いてもらうためでもない。しかし、異咲波の口から自然と溢れた小さな声に、手に持っていた核が反応して輝いた気がした。
◆◆◆◆◆◆
「どうしたんだシロ。元気なさそうに見えるぜ?」
異咲波は、核回収を終えたあと家へと帰った。
魔物狩りで疲れていたこともあってか、フラフラな状態で今にも倒れそうだったが、なんとか全て木でできた家……シロのおうちの玄関まで辿り着いた。
そして中に入ると、、キッチンでエプロンを着て料理をしている、同居人の男が、異咲波に気遣いの言葉をかける。それに対して異咲波は
「徠人……マジでエプロン似合わないな」
「それは酷いぜ!って大丈夫か!?」
エプロンが似合わない男……暁月徠人に返答をした途端、疲労のせいか異咲波は倒れてしまった。そんな異咲波を見て暁月は「ここ最近、ずっとこの調子だな……」と呟きながら、死体のように転がっている男を軽々と持って、近くにあったベットへ寝かせる。
そして何事もなかったかのように暁月は、自分のしていた作業へと戻る。
慣れた日常。
毎日のように異咲波は、深夜魔物狩りに出かけて、疲労困憊で帰ってきて、暁月がそれをサポートするという、無限ループがここ最近ずっと続いていた。
「こんな生活じゃ、俺がいなくなったらシロはだめになる……じゃあ、どうすればいいんだ?」
そう質問するも、誰からも答えは帰ってこない。暁月はもうすぐで、このユントスの町から出ていってしまう。そんなことになったら、シロが疲弊して、過労死してしまう。なら、魔物狩りをやめさせればいい話だが、そう簡単には行かなかった。
魔物を狩るというのは、同時に町を守ることでもあるのだ。
まず前提魔物は夜になったら湧いて、朝になったら姿を消す。じゃあ魔物は、朝になったらどこに姿を消すのか。
答えは、その魔物の生まれた後に生まれた魔物の核となるのだ。
どういうことかというと、さっき異咲波が倒していた魔物を仮に倒さなければ、次の日の魔物が、倒さなかった魔物分だけ強化されると言うことだ。
だから、異咲波は夜は休まないし休めない。そして暁月もシロを気遣うことを、休まないし休めない。
「いっそのこと、守るモノが消えればいいのに……はっ、流石にそれはないか」
暁月はキッチンの小窓から、暁の空を眺めながら、縁起でもないことを口にする。
それが、『真実』となることを知らないまま。