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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

うちの妹・アリュシアちゃんは、いわゆる天災である(かわいい)。

作者: 未紗 夜村

 うちの妹・アリュシアちゃんは、いわゆる『天才』である。


 べつに、兄馬鹿とか身内の欲目でこんなことを言い出してるわけじゃない。

 俺が鼻を垂らして道端の草とか食って、母ちゃんに後頭部ひっ叩かれてたようなアホな三歳児だった頃。まだ揺り籠の中から出られなかった赤子のアリュシアは、なんと大気中から謎の綺麗なキラキラを集めてちゅーちゅー食べては、自らも仄かにキラキラと発光したりしてた。

 そのキラキラが万能元素こと魔力であり、妹のやってるのが魔法使いの基礎鍛錬と同じものであると知ったのは、それから何年も経ってからのことだ。それを知るまで俺は「シアだってなんか変なの食ってんのに、なんで俺だけ怒られんだよ!」と内心憤ったりしていたのだがそれは割愛。ついでに、アリュシアが親や他人の前ではキラキラちゅーちゅーすることがなかったせいで、いまちチクるタイミングがなくて一時期イライラしてたりしたのも割愛。


 俺が鼻垂れ小僧を卒業して、出稼ぎに出てる両親の代わりに家の畑を一人で面倒見てた十歳の頃。幼女へと成長したものの特に仕事とか言いつけられていなかったアリュシアは、俺の周りをちょろちょろしては変な草をブチっと抜いたり変な虫をブチっと絞めたりしては、それを天日干しとか発酵とかさせた挙句に例のキラキラと一緒に鍋で煮込んでゲロ不味いゲテモノ茶を作ったりしてた。

 そのゲテ茶がいわゆる魔法薬と呼ばれるものであり、万病を治すなんて言われて王都では最低でも金貨で取引されるような高価で希少なものだと知ったのはわりと最近のことである。それまでは「おままごとが好きなんて、シアも女の子だなぁ」なんて微笑ましく思いながら、差し出される金貨もといゲテ茶を毎度毎度くそマズと思いながら吐き気と一緒になんとか飲み下してた。

 もし価格を知ってたら飲むフリだけして取っておいて適当に売りさばいてボロ儲けしてたとこだけどそれは割愛。今でも自分の飲んだ金貨の枚数を夢に見てはあまりにもったいなさすぎて一人で時々泣いてたりすることも割愛。


 そして、俺が十五歳の誕生日を迎えて成人し、同じく成人した村の悪友共と一緒に街で日雇いだったり日雇いじゃなかったり手探りで金を稼ぎ始めた頃。

 少女と呼べる年齢になってなんか妙に可愛くて綺麗で「これ完全に俺とか両親と同じ遺伝子入ってないでしょ」とアリュシア義妹説を浮上させるほどの美少女に成長し、「留守番は任せて!」なんて頼もしいセリフを言って見送ってくれるアリュシアは、その自信を裏付けするだけの数々の実績を既に打ち立てていた。

 具体的に言うと、幼女から少女になるまでの数年の間に、村に迷い込んできた獣を炎の魔法で丸焼きにしたり、同じく迷い込んできた盗賊を魔導具で丸焼きにしたり、新しい魔法や魔導具を開発するたびにその試運転として俺を丸焼きにしてた。

 獣や盗賊は焼かれる度に慈悲無く死んだし、それはべつにお咎めのあることでもないからどうでもいいんけど、俺は事前に『焼け死ねなくなる魔法のゲテ茶』とか『我慢強くなる魔法のゲテ茶』とか飲まされてたので毎回死ねなかった。おい妹よ、そもそも焼けなくなる茶を持ってこい。なんで毎回毎回我慢する方向性の茶しか持ってこないの?

 そんなことを思いながらも、あの無駄に整った顔で無邪気に笑いながら請われるとどうしても断れず、結局毎回燃やされたり氷漬けにされたり感電させられたりしてる俺を誰か褒めてやってほしい。


 そして。俺より遠方の街――王都へ出稼ぎに出ていた両親が、強盗にあっけなく殺されたと紙切れ一枚で報された、今日。


 ただでさえ自分が非凡なことを積極的に隠そうとしていなかったアリュシアは、周囲の目を一茶気にせず、自分の能力をフルに使って両親を殺した犯人を追い詰めて見せた。


 具体的に言うと、魔法のホウキ(なぜ箒?)の先端に俺を引っかけたまま数千キロメートル先の王都までものの数時間で飛んでいき、騎士団に殴り込みに行って屈強な兵士を一人残らずぶっ飛ばすと、腰の抜けてる騎士団長のおっさんに事件の詳細を力づくで聞き出そうとし、けれど望む情報が得られなくてさらにブチキレたアリュシアは、王都上空に巨大な暗雲と魔方陣を呼び出して謎の術で犯人を空中に磔にした。



 台風のように巻き上がる黒い雲。そこに浮かぶ、紫色にバチバチと放電する巨大な魔方陣。そこへ地面から吸い上げられていく、恐怖で涙とヨダレと悲鳴を撒き散らす、みすぼらしい風体の一人の男――。


 突然の天変地異に大パニックとなっていた群衆の視線が、自然と空中の男に集まり、ちょっと前の地を揺るがすような怒号が嘘のように皆呆然と事の成り行きを見守る。見守るというか、矮小な人の身では、もうそれしかできることがなかった。それは、ここに至るまでの経緯を余すことなく見ていたはずの俺でさえ同じ。


 というか、たぶん俺が一番状況を理解していなかった。周りのみんなは「なんかすごい超常現象がおきてる! ヤバイ!」で済むだろうけど、俺は「え? うちの親が強盗に殺された?? そんなん紙切れ一枚で報されてもまるで実感なんて湧かないんだが???」からの、ブチギレの妹をなだめる術を思いつかず流されるままに空輸された挙句のコレである。たぶん空中でめっちゃ小便もらして半狂乱になってるあの男が件の強盗なんだろうけど、親の仇に対する憎しみどうこうなんてちっとも湧いてこない。俺の頭の中は、家にいた時からここに至るまで相変わらず真っ白のままだ。


 ただ、俺と違ってうちの妹は天才なので、彼女に任せておけばとりあえず大丈夫だろう。ていうか、アリュシアちゃんにどうにもならないことが俺にどうにかできるわけもないので、あとは放置の方向で。


 怒髪天を衝く勢いのアリュシアちゃんが、自慢の銀髪やお気に入りのスカートの裾をふわふわ揺らめかせながら、辺り一帯に響く妙にエコーの利いた声で空中の男に自白を促しにかかる。その様を眺めながら、ようやく平常心を取り戻してきた俺は、傍らでぽかーんとしていらっしゃる強面の騎士団長氏に問いかける。


「すいません、お茶とかもらえます? 朝飯も食わずに村からすっ飛ばして来たんで、喉カラカラで……」


「………………………………」


 ぎぎぎと軋みそうなぎこちない動きでこちらを見下ろしてきた団長氏は、群衆を観客として繰り広げられるアリュシアちゃんと強盗男の断罪劇を力無く指さしながら、魂の籠らぬ声でそぼそと呟いた。


「………………アレは、なんだ?」


「うちの可愛い妹をアレ呼ばわりせんでください。指も差さない」


「………………。………………失礼した」


 強面のくせに人が良いらしい団長氏は、素直に頭を下げると、少し感情の色が戻って来た顔を前へと向けた。


「……彼女は……、…………いや、確か、両親が殺された事件について聞きに来たのだったか……。それでなぜ、ウチの連中が吹き飛ばされることになる? ああいや、そもそもなぜ大の男共があんなか弱い少女に後れを取ることに――いや違うそうじゃない、ええと、つまり、その……」


「『鍛え方が足りん! 最近の若者はこれだから』と?」


「ああそうだ、その通り――違うわ馬鹿者が!!」


 いきなりキレられた。勝手にノリツッコミしてキレる中年、超理不尽。


「あれは! なんだと!! 聞いているッ!!!」


「えぇ……。だから、あれはウチの妹のとってもかわいいアリュシアちゃんで――ああはい、そういうことじゃないですよね、わかったからその顔で凄まないで、怖い……」


「貴様が、ふざけたことばかりぬかすからだろうが!! なんなのだ、この状況は! 空が! 魔方陣がっ! 雷、人が浮く、どれもこれもまるで意味がわからんわ!! アレは本当に人なのか!!?」


「それは俺も大いに疑問ですね。俺の実妹にしてはあまりに可愛すぎると気付いてからの『実は義妹説』に加えて、ここにきて『アリュシアちゃん、実は地上に舞い降りた女神説』が浮上してきたっていうか……」


 あ、今アリュシアちゃんのお耳がぴくってした。あれ女神呼ばわりされて恥ずかしがってるな。そして強盗男をなじってるフリしながらこっちに聞き耳立てていらっしゃる様子。恥ずかしがるアリュシアちゃんかわいい♡


「……まあそれはさておいて。アリュシアちゃんは頭の良い子なんで、ほっといても大丈夫ですよ。いつも一見無茶してるように見えて、終わってみれば結局一番良い結果に落ち着いてて、俺の気苦労はなんだったんだーみたいなね。そういう子ですから。これ、お兄ちゃんの経験則です。まあ、そうわかってても毎回一旦心配しないといけないのもお兄ちゃんのサガなんですけど」


「……そんなん聞いとらんわ……。………………とにかく、あれは大丈夫なんだな?」


 俺が大丈夫と言ったからって安心していい立場の人じゃないと思うんだけど、団長氏、なんかもう色々と諦めたっぽい。もしくは俺のへらへらした態度が頭に来すぎて一周回って毒気抜かれた様子。まあそもそも、眼前で繰り広げられてるこのハルマゲドンに抵抗できる人間なんていやしないわけだけれども。ところでハルマゲドンって何?


「あの男は大丈夫じゃないかもですけど、少なくとも無関係の皆さんの安全は保証します。もし仮にパニックのせいで怪我したとかあったら、後でアリュシアちゃんに肩こり腰痛失明四肢欠損その他既往症含めて全快させるようお願いしますし。怪我してたらむしろお得ってなもんです」


「………………失明……」


 アリュシアちゃんばりに一瞬ぴくっと耳を反応させた団長氏かわいくないは、今度は何か難しい顔で押し黙ってしまった。あ、失明とか四肢欠損直せるとかは試したことないのでわかりませんよ? 本気にされるとちょっと困る。


 でもアリュシアちゃんなら出来そうな気するし、ここで慌てて否定するとアリュシアちゃんの力を疑ってるっぽくなっちゃうのでどうしようかと悩んでいると、アリュシアちゃんが横目でこっち見ながらこくりと頷いてくれた。あ、直せるんだ、失明とか四肢欠損……。ていうか試したことあるんだね……誰で試したのか怖くて聞けないヘタレなお兄ちゃんが俺ですさーせん……。


 こっちがひと段落したと見てか、アリュシアちゃんが改めて磔男に向き直り、断罪劇がとうとう佳境に入る。


「――以上で、間違いありませんね?」


「ふ、ふざけるな! そんなの、ぜんぶ、言いがかりじゃないか! しょ、証拠、証拠はあるのか!?」


「その言い方がすでに犯人そのものなのですけど……。まあ、たしかに証拠はありませんね」


「ハハッ、それ見たことかぁ!!」


 うわぁ、思いっきりそれ見たことかって顔で「それ見たことか!」って言ってる……。あの超馬鹿にしくさった勝ち誇り切った顔、殴りてぇ……。


 俺のみならずアリュシアちゃんや哀れな群衆までもが一瞬『イラッ……!』とした空気を滲ませたものの、アリュシアちゃんが可愛くこほんと咳払い。その澄んだ音色によって表情を緩ませた観客の皆様方は、もうこの事態が誰によって引き起こされたどういうものなのかを理解しているようで、本当の意味で観客になりつつあった。人の不幸は蜜の味。しかも、正義はかわいい女の子側で、悪は見るからにムカつく小悪党。場の空気は明らかにアリュシアちゃんの味方だ。


 それを知ってか知らずか、アリュシアちゃんは持ち前の美貌を活かした艶っぽい仕草で、同情を煽るように『ほぅ……』と悲し気な溜め息を吐いてみせる。


「証拠が無ければ、あなたを裁く権利は誰にもない……」


「そうだそうだ! わかったらさっさと下ろしやがれ、このビッチの糞魔女め――」


「――ですけど、それって『人の世』の理ですよね?」


 ビッチ呼ばわりされたアリュシアちゃんから、突如極寒の吹雪が解き放たれる。比喩ではなく、物理的で魔法的なガチの吹雪だ。


 同時に、空からもひらひらと小さな雪の結晶が舞い降り始める。垂れ込めていた黒い雲が仄かな灰色へと変わり、春真っ盛りだったはずのこの国に唐突な冬が訪れた。


 磔男が猛烈に白い息を吐き、止まらない震えでがちがちがちがちと間断なく歯を鳴らし始める。顔色も真っ白になりつつある所から見て、ヤツの周りだけ極寒状態らしい。ただ観客の皆さんや俺のいるあたりは息が白くなるほどではなく、ほんのり涼しくて快適なくらい。アリュシアちゃんは気遣いの出来る優しい子なのだ。


 ただし悪に対する慈悲は無い。それは過去、村を襲ってきた盗賊を一切の躊躇いも呵責もなく嬉々としてキャンプファイヤーにしたことからも実証されている。


 自らも音も無くふわりと浮き上がったアリュシアちゃんは、さりげなくスカートを太腿で挟んでパンチラを防止しながら磔男と目線を合わせる。


 氷細工のように澄み切った冷たい視線が、磔男を刺し貫いた。


「――人の道理を守らない輩は、人の道理に守ってもらえることもない。……あなたは、『人としての、尊厳有る死』を剥奪されますが、それでいいのですね?」


 アリュシアちゃんがなんか小難しいこと言いながら燐光を放ち始めたぞ……。たぶんあれ、俺の『アリュシアちゃん女神説』に乗っかってきてるな……。意外とお茶目さんだからなぁ、アリュシアちゃん……。


 ちょっと呆れてる俺を他所に、周囲が『まさかあのお方は……!?』みたいな感じで息を飲む。特に、今まさに真の意味で人生の岐路に立たされている磔男は反応が劇的だった。


「…………ま、まさか、おまっ、いや、貴女様は……、リュミナス神様であらせられっしゃるのでうか……!!?」


「…………………………。い、いいえ、私はその遣い……の、仮初の姿にすぎません」


 一瞬『誰だよリュミナス』みたいな顔したアリュシアちゃんだったけど、その後乗っかろうか一迷いつつも無難も無難な落としどころを選んだ様子。さすがアリュシアちゃん、このヘタレな兄と一緒に暮らしているだけのことはある!


「ですが、そんな低位の私でもある程度の権限は与えられています。たとえば――」




「あなた様のご両親を殺して金を奪ったのは俺だ!! すまなかった!!!」




『……………………………………。は?』


 いきなり手の平をクルーして全力で罪を認めた磔男に、その場の全員がぽかんと口を開く。


 ちょっと前までのふてぶてしさが嘘のように従順になった磔男は、おいおいと滂沱の涙を流しながら盛大に嗚咽を撒き散らす。


「俺ぁ、元々はイブソムニア教国の兵士だったんだ……! でも、平民じゃいくら頑張っても兵士長にすらなれねぇし、筋肉だってちっとも付かねぇし、そもそも戦うとか怖いから、戦があっても戦わないで禿鷹やってたんだ……そしたら、いきなり後ろから仲間に殺されかけて、生きたまま俺が禿鷹に食われてよぉ……。その時に『コレ』まで持っていかれて、どこに行ってもまともな働き口なんて無くて……」


『コレ』と言いながら、磔男が右腕をアリュシアちゃんへと差し伸べる。だが、その腕は明らかに常人のそれより短かった。


 ――持ち主を失った肘から先が、依然として宙に張り付いたままだった。


 義手。唐突な事実の発覚に、アリュシアちゃんの息が詰まる。磔男に同情的な――アリュシアちゃんを責めるような空気が流れかけるが、それを阻止したのは磔男自身だった。


「でも、リュミナス様は、ちゃんと俺を見ててくださったんだな……! 今回のが、アミノの章43節にある『誠なる者の審議』ってやつだったんだろ!? そうだろ!!?」


「あ、あみ……? え、っ。と、ええ、まあ、はい、そうか、も……?」


「だろっ!? ああよかった、俺はこれで『誠なる者』だ! 手ぇ付けなくてほんとに良かった……!!」


 なんか意味不明なこと言って勝手に感激してる磔男が、肘までしか無くなった腕を懐に突っ込んでガサゴソ漁り、先っぽに何かを引っかけてアリュシアちゃんへと差し出す。


 それは、俺やアリュシアちゃんにとって見覚えのある、父親が財布代わりに使っていたクソダサ柄の小さな袋だった。大きさからいって中身は限界まで詰まってそうであり、増えはしてても減っていそうな気配がない。ていうか、俺はあのクソダサ袋がやつれた顔してる姿しか記憶に無い。なんであんな太ってんだあいつ。


 困惑しながらも思わずといった感じで受け取ったアリュシアちゃんに、磔男が憑き物の落ちたような清廉な面持ちで告解する。


「御使い様。わたくしは一週間ほど前、貴女様のご両親が建築資材に挟まれて死にかけている現場に遭遇しました。昔取った杵柄で、もう助からない怪我であることを察したわたくしは、二人に『言い遺すことは無いか』と尋ねたのです。そうしたら二人は、口を揃えて『息子と娘よ、クソダサって言ったことを後悔してありがたく受け取りやがれ、今回は大勝ちだぞフハハ!』と言って、このいっぱいに詰まったクソダ――イカした柄の財布をわたくしに託し、それで思い残すことはないとばかりに満足げな表情で息を引き取ったのです……」


『………………………………』


 なんか、あまりにもあんまりな遺言だった。てかあれギャンブルで稼いだ金かよ。夫婦揃って出稼ぎに出てるわりにウチって貧乏だなと思ったら、ギャンブル狂いかよ。てか死因ただの事故かよ。そりゃ専ら凶悪事件を扱ってる騎士団に情報が無くて当然だわ。


 微妙に気まずくなってきた空気の中。そろ~りと宙から降りてきたアリュシアちゃんを救ってくれたのは、同じくそろ~りと宙から降ろされてきた元・磔男の焦りと喜びが綯い交ぜになった鬼気迫る笑みだった。


「勝手に二人が死ぬものと決めつけて救護をせず、あまつさえ預かった金をネコババしようか悩みに悩み、けれどとうとう騎士団に届けようと決意したわたくしの前に、こうして貴女様直々に最後の試練を課しに来てくださった。――わたくしはっ、貴方様のご両親を殺して金を奪い、掴まってなおも白を切ろうとしたわたくしは、それでも『誠なる者』なのでしょうか!!?」


 ――いや、お前両親殺して無いし、金届けようとしたらしいし、白を切ろうとしたけど最後は全部告白してるし……。相変わらず証拠は無く証言しかないものの、クソダサの件から言っても、話してる内容に嘘や矛盾あるとは思いづらい……。


 そもそも、とうとう膝立ちになってアリュシアちゃんに片手だけの不格好な祈りを捧げ始めちゃった男の、この敬虔な信徒っぷりが嘘や演技であるならば、わざわざ強盗殺人なんぞせずともその道で十分で食っていけるレベルの役者だ。


「………………えっ、と……」


 アリュシアちゃんは、ちらりと周囲を見てみた。そしたら、群衆の老若男女皆が皆、無駄な訳知り顔でこくりと頷く。なんかみんなもう色々と察してしまったらしい。


 ちょっと涙目になってきちゃったアリュシアちゃんが、俺を振り返る。俺もまた、無駄な訳知り顔でこくりと頷く。俺も当事者のはずなのに完全に丸投げのスタイルである。


 アリュシアちゃんは、空を見上げる。気づけば、立ち込めていた雲は晴れ、春らしい爽やかな青空が広がっていた。


 降り注ぐ柔らかな陽光の中、アリュシアちゃんは祈りを捧げる信徒に向かって、空元気百パーセントの笑顔と共に判定を下す。


 それは、まばゆく輝く、虹色の光。それが収まった時、誰の目にも明らかな形で、男へと沙汰は下った。




 ――光が収まった時。そこには、隻腕の男ではなく、両手できちんと祈りを捧げる男の姿があった。




「あなたは、『誠なる者』です!!」


『……………っ、う、お、おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――ッッッッッッ!!!』


 歓喜で飛び上がる元磔男。湧き上がる民衆。やんややんやのお祭り騒ぎが始まり、元磔男が魔法ではなく皆の胴上げによってわっしょいわっしょいと宙に舞う。通りの人々のみならず屋内から見守っていた人々まで盛り上がりに盛り上がり、一部の人は色とりどりの紙吹雪まで投げまくってる始末。なんだこれ……。いや、なんだこれ……。都会人、みんなノリで生きすぎだろ……。


 唐突なビッグウェーブに乗り切れずドン引きしてた俺の元へ、アリュシアちゃんがこっそり回収した義手を両手で持ってそそくさと駆けてきて、クソダサ財布をがっしゃがっしゃ言わせながら必死の形相でぴょんこぴょんこと飛び跳ねる。


「おにーちゃん、どうしよこれ、どうしよこれぇっ!!?」


「こらこら、小汚い義手でぺちぺち叩いてくるのはおやめ。そんなの元の場所に返してきなさい」


「元の場所もう無いよー!? 新しいの生やしちゃったよ!??」


「もっかいもぎ取ってやりなさい」


「鬼畜!!? 無理だよ、あの人悪人じゃなかったじゃん!!」


「知らんがな。あいつを文字通りつるし上げたのアリュシアちゃんじゃん。てかなんであいつ吊るしちゃったの?」


「『今、おとーさんのクソダサ財布持ってる人』で検索かけたの!」


「ガバガバだな……。せめてもうちょっと絞り込めよ。中身抜き取られて財布だけ捨てられてて、その後たまたま財布を拾っただけの人とかだったらどうする気だったの?」


「……………………。てへっ☆」


 うちの妹のてへぺろが可愛すぎてつらい。でも流石にお咎め無しはアカンだろうから、この愛くるしい年下の銀髪少女の可愛らしい舌を軽く引っ張って半泣きにさせてやった。


 何はともあれ一件落着。両親が死んだことはまだ微妙に現実感無いけど、たとえ受け入れた後でも、あの遺言を聞いたらもう素直に悲しんでやる気にはなれないと思う。アリュシアちゃんもきっとそんな感じだろう。


 そんなふうにまとめてどんちゃん騒ぎを他所に兄妹のスキンシップを楽しんでた俺の肩へ、ぽん、と重くてゴツい手が置かれた。


『…………………………』


 見ればそこには、アリュシアちゃんに理不尽に吹っ飛ばされた、フルアーマーの兵士諸君が勢揃い。


 その中心で、仁王立ちしながら騎士団長氏は厳かに告げる。



「――さて。詳しい話は、詰所で聞かせてもらおうか」




 拝啓。今は亡き、ギャンブル狂いだった挙句に事故死した、愉快なお父様、お母様。


 あなたたちの愛する息子と娘が、今とってもピンチです。お助けぇ!

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