リヒャルト法律事務所
私は園芸の勉強ではなく、リヒャルト法律事務所の事務員として働いている。とは言え法律の相談に来る人は稀で、たいていお花の育て方の話しをしているので、とっても勉強にはなっている。
私がまさかお茶汲みをするとは思ってもいなかったけれども。入国条件が法律学の勉強のためと書類上なっている。園芸学の勉強にすると、他国では栽培できない花、観葉植物がこの国の主要な輸出品なので、滅多な事では園芸学の留学生は受け入れないと言う。
別の目的で留学していても、その人物が園芸の知識が豊富だと、園芸の知識流出を恐れてトリアステを出国出来なくなる事もあると言う。
私としてこの国に暮らしても良いかと思っている。この国にも冒険者ギルドがあるので、冒険者の仕事をしながら園芸を研究しても良いとも思っている。
私の国が内乱さえ起こってなければこの国にずっと住んでいたい。私が内乱の引きがねを引いたわけなので、責任は取らないといけないと思っているから。
私は事務所近くのアパートをリヒャルトさんに借りてもらった。もっとも家賃の支払うのは私だけど。未成年なので、賃貸借契約が出来ない。
15歳にならないとトリアステでは契約行為が出来ない。中身は18歳なのだけれども、見た目と書類上は8歳の私。時々、年齢を尋ねられるとつい18歳ですと言ってよく笑われる。
リヒャルト法律事務所に珍しくお客さんが来た。とは言っても最初は自分の家で育てているお花の自慢話から入っていつまで経っても本題に入らない。
やっと本題に入ったら離婚時の財産分けの話だった。内容は妻の預金を勝手に夫がチューリップの球根に投資をして失敗した。夫の言い分は妻の財産は夫のもので、返済する必要はないと言っている。
トリアステの法律では離婚時に清算されるので、妻としては夫と離婚して財産を取り戻すと言う内容だった。
夫の方はチューリップ投資以外にも負債を抱えているので、妻に離婚されると破産するらしいので必死に抵抗している。
もし、妻が亡くなれば返済はしなくて済むし、夫に妻の遺産が入るので何やら良からぬ事を計画していると言う、ドロドロの話を8歳の私に聞かせて、結婚を夢みていた中身が18歳の乙女心を返してほしい。
金の切れ目が縁の切れ目と言う言葉の意味を実感してしまった。
「エマ君、この方の護衛をお願い」
「えっ」と依頼者と私が同時に言ってしまった。
「私が護衛ですか?」
「エマ君、お願いします」
「この少女に私の護衛が出来るのでしょうか」
「エマ君はこう見えても銀のプレートを持っている冒険者ですから」
リヒャルトさん、護衛業務と冒険者の仕事って全然違うし、私は護衛されたことはあっても護衛したことはない。初心者です。
結局、ミラルダ夫人の身辺警護に私はつく事になった。私はミラルダ夫人の姪っ子という事で屋敷に入った。離婚間際、離婚成立後、夫は破産と言う状況で、屋敷の中はかなり険悪な雰囲気が漂っている。
私はミラルダ夫人とミラルダ夫人の夫との話し合いに同席することになった。子どもに聞かせる事ではないと言う真っ当な理由をミラルダ夫人の夫は主張したが、ミラルダ夫人がこの子が一緒でなければお話しはしませんで押し切った。
私は護衛だし、話し合い中に何かあってもいけないので、文句はないけど結婚願望がおそらくなくなると思う。
「今、君に離婚されると僕は破産するしかない」
「そこは頑張って破産しない様にご友人たちの援助を受ければ良いのでは。今まであなたはご友人たちに援助して来たのですから」
「離婚には応じるけれど、今はダメだ」
「では、いつ離婚していただけるのでしょうか?」
「今、投資している分が回収出来れば離婚に応じると以前から言っている」
「はっきりとした期日を教えてくださいませ」
ミラルダ夫人の夫は黙ってしまった。
「一月後です、一月待ちますがそれ以上は無理です」
ミラルダ夫人の夫は無言。ミラルダ夫人と私は扉の外に出た。
「一月以内に何とかしないと、俺は破滅する」とミラルダ夫人の夫のつぶやきが聞こえた。私は耳だけは良い。
ここのお屋敷のお庭は美しいけれど、家の中はガタガタだった。
話し合いの翌日から、ミラルダ夫人には微量の毒物に苦味を感じるポーションを飲んでもらっている。ミラルダ夫人は、日常的に銀食器を使用しているけれども、一部の毒物には銀のスプーンの色が変わらないものもある。純度の高いヒ素だと銀食器は変色しない。
翌日の朝食のスープに苦味があった。私にも入れて来るのか。私は体が小さいから致死量は成人よりも少ないって事も知らないのか? スープを少量試薬に入れると透明の試薬がブルーに変色した。極めて純度の高いヒ素が使われていた。
私は誰がヒ素を盛ったのかの調査をする事になった。私は探偵でも司法官でもないのに。私は料理場に行って残っていたスープを試薬に入れてみたけれど反応はなし。
調理後、運ばれる過程でヒ素が入れられたのは間違いない。スープが入っていた食器には、料理人とメイドの他になぜか執事長が触った痕跡が残っていた。執事長はミラルダ夫人の夫の直属で夫人の食器に触れることはない。
ミラルダ夫人はすぐに執事長をクビにしようと言ったが、それは止めた。執事長の動きを監視しておくと、次の動きが読み易いから。




