宿屋の主人、地獄を見る
「バイエルン家に恨みでもあるのでしょうか?」
「恨みはないが、お嬢様を誘拐すれば大貴族様から報奨金が出る」
強盗のリーダーの人が私のことをお嬢様って言い出した。宿屋の主人は、「私はこの人たちに脅されただけで被害者です」と繰り返し叫んでいた。強盗のリーダーさんが「嘘をつくのはやめろ。協力するから分け前が欲しいって話を持って来たのはお前ではないか」
宿帳に書いた名前を読んで報奨金目当てに私をこの宿屋の主人は売ったのか。
「宿屋のご主人さん、今から地獄の門を開けるので生きたままそこで反省して下さいませ」と空間に穴を空けて宿屋の主人をその中に飛ばした。地獄ではなく幻覚の沼地にだけど。穴から「助けて、助けて」と泣き叫ぶ声が聞こえてくる。強盗のみなさんも既に覚悟を決めたみたいだ。「バイエルンのお嬢様、地獄に行くのは俺だけにして貰えないか」と言う。めっちゃカッコイイ。「コイツらは普通の農民だった。内乱で農地が無茶苦茶になって食い詰めて俺の配下になっただけだ」「見逃してほしい」
「みんなさん、お仕事がないわけで、結局強盗とかするしかなかったのだから、働き口を紹介しないといけないわけで」「ねえ、バイエルンの兵士になるのはみんなさん、嫌かしら。良ければ推薦状を書きますけど」
「良いのか」
「バイエルン家は兵士募集中ですから問題ありません」
「それは有り難い。じゃあ俺を地獄に放り込んでくれ」
「それはダメです。引率責任者をそんなとこに送るわけには行かないので」
「はい、これが推薦状です。バイエルン家の兵士に見せて下さい」
「恩に着るよ、お嬢様」
「おい、みんなバイエルンに行くぞ。行きたくない奴は好きにしろ」
みんな行っちゃった。宿屋の主人はどうするの。聞くことがあるので、穴から宿屋の主人を引き出した。沼に飛び込んだ様で全身泥だらけだった。
「もしもし、ご主人さん起きて下さいませ」宿屋の主人が目をあけると床に這いつくばってただただ震えていた。
「ご主人、報奨金のお話のことが聞きたいのですが」
「この領地の領主様であるビスタール男爵の家臣の方が来られまして、バイエルン家の者が宿泊しているのであれば、内密に連れてくる様にとおっしゃいまして、私どもは貴族様には逆らえません」
「ご主人、私がビスタール男爵の所に行けば良いわけですね、案内をお願いします。それとももう一度穴に入りますか?」
「お嬢様、ビスタール男爵は男爵位ではありますが、魔力量は並の貴族の量ではないと言うお話ですので、単身で行かれるのは危険ではないかと」
「大丈夫です。ご主人馬車の用意をお願いします」
ビスタール男爵の屋敷の前に着いた。宿屋の主人には馬車を離れた場所に隠す様に2時間しても私が戻らなかったら、宿屋に戻って逃げた方が良いことを伝えた。私は1人旅に見えるがバイエルン家の影の者に常に見張られているので、ご主人はバイエルンの者に消されると話しておいた。主人は真っ青になってどうかご無事でと祈っていた。
ビスタール男爵の屋敷の門番にビスタール男爵に取次ぐ様に言ったが、夜分に無礼であろうと言われたので、空間に穴を開けて入ってもらったら、すぐに取り次ぎますと叫びだした。
「エマ様、公爵令嬢と言えども夜分にアポイントもなく来られるのは非礼かと」
「バイエルン家の者はすぐに領主の屋敷に出頭すべしとご家臣方がおっしゃっていたのを聞いていたのですが、うっかり忘れておりました」
「ビスタール男爵様、私にどう言うご用がおありなんでしょうか?」
私が立っている床が二つに割れて穴が開いた。私はその上を浮いていた。宣戦布告とみなして、ウインドカッターを10数個を周辺に放った。隠れていたビスタールの家臣が斬られて倒れて行く。
「単身で乗り込んで来るからそれなりの自信があるとは思っていたが」
ビスタール男爵がそう言い終わる前にビスタールに向けて特大のファイアボルトを放った。ビスタールには直撃せず屋敷の壁が吹き飛んだ。ビスタール男爵の魔法は空間操作系の魔法の様だ。でも、屋敷が壊れてるし、かなりの出費になると思う。攻撃しても当たらないと言うのは過去のトラウマを刺激する。
ビスタール男爵は汗だくになっていた。
少し疲れたのでお茶が欲しいと思ったら、ディアブロさんが「お嬢様お茶でございます」とやって来たのだけど、屋敷の中がメチャクチャでテーブルも椅子もどこかに飛んだ様でなかった。ディアブロさんはテーブルと椅子をサッと出してくれた。やはり出来た執事だ。私にお茶を淹れるとまたいなくなった。魔力をけっこう多めに残して帰って行った。これ以上魔力を残すと並の人だと死んじゃうので注意しておこう。
ビスタール男爵は顔面蒼白でモゴモゴ言っていてわからないので、「座ってお茶でもご一緒しませんか」と誘ったら、「ご辞退します」と言われてしまった。
報奨金の事を尋ねたら、スラスラと話してくれた。ホーエル・バッハの本家からの依頼で断れなかった事を延々と訴えていた。報奨金もホーエルの本家から出されること。成功すれば報奨金の9割はビスタール男爵の取り分になるとか尋ねてもいない事も話してくれた。ホーエル・バッハ系の貴族すべてにこの話は伝わっていることも話してくれた。これからは宿屋に行く前に領主の所にご挨拶に行こうと決めた。
「ビスタール男爵様、バイエルンに宣戦布告されたので、この領地には遅かれ早かれ兵士が向けられますけど」
「私はホーエル家に脅されただけでバイエルン家に刃向かうなどしない、どうか取りなしてほしい」と懇願された。
「父上にその旨お手紙を書きますので、出来るだけ早くビスタール男爵ご自身が父上に面会されるようご助言申し上げます」と言ってビスタール男爵に手紙を渡した。
ビスタール男爵は翌日単身、バイエルンに向かったとの事。
2時間も掛からずに宿屋の主人の元に戻って来た。宿屋の主人は腰が抜けて立てなくなっていた。突然ビスタール男爵の屋敷が崩れた事に驚いた様だ。