各派閥ごとの演習と春季大行軍その2
霧はなかなか晴れない。時折り悲鳴が聞こえた。この霧の中移動して谷に落ちている生徒がいる。ここはザッツ平原よりも危険だと思う。リタイアを宣言してもこの状況では教師の救援も期待できない。氷雪系の魔物が、臭いなのか頻繁に襲ってくる。私は魔力が豊富なので問題はないけど、他の生徒たちは危険だと思う。今回は糧秣を持って来る様にとの指示がなかったので、私もヴィクターも1日分の食料しか持って来ていない。ウエルテルは5日分の食料を念のために持って来ていた。春とはいえ雪山は危険なので用意してきたと言っていた。雪山の知識があるとないとでは大違い。
日が落ちたので、私たちは雪洞で朝が来るのを待った。ウエルテルは小さなランタンに着火具で火を灯した。小さなランタンから発する灯りがあると落ち着く。
「エマさん、この魔石に魔力を注いで貰えるかな、今、三人が同じシールドで入っているのって魔力の無駄遣い。この魔石で暖を取る方が良い」
私はシールドを解除して魔石に魔力を注いだ。ほんのり雪洞が暖かくなった気がした。
「明日もこのままかもしれないので、体力と魔力は温存してね」
ウエルテルって本当に頼りになる。ヴィクターは寝てるし。神経が太い。雪洞の入口は結界を張ったし、並の魔物は入れない。
「交代で見張りをするので、エマさんも休んでほしい。最初の見張りは僕がする」
ウエルテルがそう言ってくれたので、休むことにした。起きたら朝だった。私って見張りをしていない。
「ごめんなさい、私、見張りをしなかった」「エマさんはうちのグループの切り札だから、温存させてもらった」「僕たち二人で決めたことなので、いざとなったら頼むよ」とウエルテルは言うけど釈然としない。
「霧が晴れた。すぐに出発する」ウエルテルがリーダーだと安心する。出発して間もなく「わああああ」とヴィクターが叫んだ。人が凍っている。確かに凍っている。「死んではいない、でも足の指と手の指は凍傷で切るしかない」ウエルテルが雑嚢から筒、ロートを取り出し魔力を込めたら煙花火が上がった。「これで救助隊が来る」
「ウエルテルって山をよく知ってるのね」「うちの家業がアレだから、雪山には何度か登らされた。あの部門で一流の人も雪山訓練を怖がっていたよ」「雪山はそれだけ危険だと言うこと」
「エマ、気づかなかった。ホーエル派閥だけが雪山対応の装備だったこと」
「そうね、いくつかのグループかは重装備だなって思ったわ」
「彼らはこの山のことを事前に知っていた」
「校長が山の状況を知っていればこの訓練は中止にしたはず。誰かが校長に報告しなかった」
「これは事故じゃないんだよ」
凍っている子の近くに赤い布を切って棒に巻き付けて目印にした。登って行く途中何人もの凍っている人を見た。夜、下山しようとしたみたい。いく人かは既に亡くなっていた。
山頂付近で動けなくなっているグループがいた。重装備のホーエル派閥の子たちだった。
「救助隊が来るので頑張って」と言うと涙と鼻水でひどい顔に笑顔が浮かんだ。
私たちは山頂に着いた。他にグループはいなかった。「すぐに下山する」「救助は救助隊に任せる、僕たちでは彼らを助けられない」「僕たちは目印をつけることだけをする。非情だと思うけどそれ以外に方法がない、理解してほしい」ウエルテルはそう呟いた。
私たちは一気に下山をして教師たちに状況が極めて深刻な事を伝えた。
学校からの連絡で生徒の親たちが山の麓に集まって来ていた。教師の中で登山の経験者が山に登ったが、また濃い霧が出て来たので、捜索は打ち切りになった。救助隊の捜索も山の中腹までで打ち切られた。
「もう一夜、山で過ごすのか、精神がもたないだろうなあ」ウエルテルがつぶやいた。
親たちが私たちに向かって叫んでいた。「なぜお前たちだけが下山できた。救助ができただろう」
「僕たちが救助にあたれば、この状況を伝える人間がいなかった」
「山では自分たちが生き残ることが最優先、それが山の常識、山に登る以上その覚悟なしで登ってはダメだ」「ホーエル・バッハの子どもたちは雪山装備だった。使いこなせていたら生きている」とウエルテルが言う。
「使いこなせるわけがないだろう、雪山は初めてだ」父親の一人がそう言うなり泣きだした。
「金は出す、いくらでも出すから、どうか今すぐに救助に行ってくれ!」「もう一晩雪山で過ごすのは無理だ。助けてやってくれ」と誰かれなしに別の親は頼んでいた。
 




