俺は天下の素浪人
ミカサが紹介してくれた医学部受験専門の家庭教師が来る。どんな人が来るのだろう。頭はやたら良くて上から目線でバリバリの母上の様な人だと私は潰れると思う。私って平凡が服を着て歩いている存在だしね、断られることが前提になるよね。
時間になっても先生は来なかった。ただ、加齢臭がいっぱいのおじさんがふらっと入って来た。それにしてもこのおじさん、王立魔法学校によく入れたなあ。服装は明らかに畑作業に行く野良着だよ。
「あのう失礼ですがどちら様でしょうか?」
「うん、貴族様って自分の名前を名乗ってから人の名前を聞くもんじゃねえのかい」
「大変失礼致しました。私は、エマ・フォン・バイエルンと申します」
「けっこう、俺は天下の素浪人のダイキチだ」
「天下の素浪人様ですか? 何をされていらっしゃるのでしょうか?」
「素浪人ってもしかしたら死語かぁ、一言で言えば無職」
「無職のダイキチ様はなぜここにいらっしゃるのでしょうか?」
「ミカサに呼ばれた。女の子に会ってほしいだとよ」
「ダイキチ様はもしかして私の医学部受験の家庭教師なのでしょうか?」
「俺は家庭教師じゃなくて、無職のオッサン、これはやはり恥ずかしいので天下の素浪人」
「ダイキチ様は私の勉強を見てくださるとかのお話はミカサ様はされていないのでしょうか?」
「あんた、医学部を受験する様な顔には見えない、花屋でもした方が絶対良いと思うぜ」
「私もお花が好きなので農業学とか園芸学とか魔道工学を学びたいのですが」
「だったらそうすれば良いじゃないか、家が医者ってわけでもないんだろう」
「家庭の事情で医学部以外受験が出来なくて、合格したら転部したいと思ってます」
「医学部に合格したら農学部に転部するってか、俺も変わっていると思ったが更に上を行くお嬢ちゃんだね、気に入った勉強を見てやろう」
ダイキチさんは布に包んだ2冊の本を渡して「問題を解いて」一冊は医学部受験の教科書でもう一冊は問題集だった。私は教科書と背表紙に書いてある本から読みだしたが、意味がまったくわからない。これは暗号ですか。
「教科書から読んではダメだ」
「問題集から読む、問題文の意味はわかるか?」
「問題集だと問われている意味はわかります」
「凄い。問題文の意味がわかるのか? 合格率1パーセントだね」
「それってないのと一緒です」
「0パーセントだと絶対落ちるけど1パーセントあれば合格できるかも、あるとないとは大違い」ダイキチさんのツボにハマった様で大笑いしてる。
「お嬢ちゃん、また来るね。ほんじゃ」
「えっあっおおーーーーー」ダイキチさん、帰っちゃった。「私、どうすれば良いの」と声に出してしまった。
「ダイキチさん来たの凄い。勉強教えてくれるってあり得ない」
「実際には問題集から読めと言われただけですけど」
「これが医学部の受験の教科書、まったく読めない。これは暗号かしら、問題集は、問題文の意味すら理解出来ない」
「エマ、私の国に来ない? 医者になるならここの国より成れると思うよ」
「ミカサお姉様、私は医学部に合格したら農学部に転部するとつもりなので、医者にはなりません。大学に邪魔をされずに進学したいだけなので」
「エマは何に成りたいわけ」
「職業で言うと庭師兼業農家でしょうか」
「侯爵家はどうするの」
「家は出ます。独立して自分の力で生きていきます」
「私も来月で三年生か。この国とも後一年で引き上げかあ、もう一度聞くけどうちの国に来ない?」
「ここの王家はもうお終い。次の王に誰がなるかを巡る内乱が始まっている。バイエルン領に攻め込む馬鹿がいるかも」「仕掛けるのは教会だろうな。バイエルン領はイグノーを匿っているから」
火力バカの多いバイエルン領に攻め込んだら殲滅確実なのに、勝ってもすぐに他領に攻め込まれる。同盟したとしても先陣を切るので揉めると思う。先陣の部隊は間違いなく消滅するから。
教科書という暗号の本は読まないことにして、問題集に載っている問題文に関連する内容の本を学校の図書室で探して、問題を解いていった。時間ばかり掛かって全然進まない。図書室にいるのはたいてい私しかいなかったので集中はできる。
ヴィクターとウエルテル、は部室で次に開発する魔道具について語り合っている。他の生徒たちは将来の不安と愚痴しか言っていないのと対称的だ。各派閥の結束が強まって、学校内で派閥間の抗争が激化している。学校内も混乱している。




