「彼女」と私
「彼女」の部屋に呼ばれ、私は緊張した面持ちで部屋に入ると、「彼女」が立っていた。
「あのう、お姉様。私は、お姉様にお茶を淹れたいのです。ディアブロさんに許可を取っていただけないでしょうか?」
「ディアブロさん、聞こえた。妹がが私にお茶を淹れたいそうなんだけど」
ディアブロさんがかなり苦し気な表情で現れた。お茶を一杯ですね、妹が姉に淹れるだけなのに、その苦し気な表情はなんなの。そこまで独占しなければいけない仕事なんだろうか?
「姫さま、私がお茶の淹れ方を教授しますので、しばし別室に行きましょうか」
「彼女」をディアブロさんが別室に連れて行った。ディアブロさんが「彼女」を消したりはしないと思いたい。
小一時間して「彼女」がディアブロさんと一緒に出てきたティーカップを二人で持ってそっと私のテーブルの傍に置いた。「彼女」が苦笑している。「お姉様はディアブロさんに愛されていますね」
「ハアーー」と思わず声が出た。
彼女ができたことは、火を着けただけ。しかもディアブロさんから渡された着火の魔道具で。後は全部ディアブロさんがやってしまったらしい。
この着火具、これは私が初めてアイデアを出した魔道具だ。懐かしい。自分で作りたかったのだけど。作ったのはヴィクターとカオリさんだ。そうそう、魔力感知自動扉は、バイエルンでそこそこ流行っているらしい。「彼女」とのお茶会が終わったら街に見に行こう。
「彼女」としても初めて体験だったらしい。「彼女」の未来視が外れたのは。「彼女」の未来予想ではディアブロさんは嫌々ながらも「彼女」が主導してお茶が淹れられるはずだったのが、ディアブロさんの私への「愛」ゆえに大幅に変わった。
「お姉様、お疲れ様でした。初めてここまで辿り着けました。まあ、この後も色々あるのですが」と「彼女」が笑った。エリザベートの妹だけのことはある。可愛い。でも、私だってエリザベートの姉なのに、なぜにこうも違うのか?
「お姉様、聞いてます。ぼんやりされてますけど!」
「ごめんなさい。ちょっと思い出に浸ってました。その魔道具は私のアイデアから作られた物だったので」
「お姉様」
「はい!」
「これからも色々あるのですよ!」
「まだ、あるの。私はもうお腹がいっぱいで、勘弁してほしいの。女王は退位したし。聖女国は名ばかり聖女に格落ちしたし、皇帝の婚約者(仮)は辞退し続けているし、もう良いと思わない?」
「お姉様が安穏として畑や花壇のお手入れで過ごす日々はまだまだ先なんですよ。しっかりしてください」
「私、やっと自由になれたのに。このままで良いのですが……」
「諦めてくださいね。それは先のお話ですから。それとですね。ウエルテルとの関係がまったく進んでいないのはどういうことですか?」
「ヘッ、何、ウエルテルとの関係って」
「お姉様って恋愛に疎いのですね。中身は二十歳を過ぎているのに」
そこまでは言わないでほしいわけで。私も自覚はしているのだけど。前回でも恋愛経験はゼロの私に、二十歳を過ぎているのにっと言われても、困るよ。
「ええっとですね。婚約させられたり、勝手に王妃にされたり、恋愛をする暇がなかったというか、恋愛って結婚後にするものって意識があって、前回の私の取り巻きの話を聞いていたせいね。恋愛はまだ早いって思っていたわけなのよ」と私は引きつった笑顔を浮かべながら抗弁してみた。
「その割にはヒノモトのミカサ様とは親密なご関係ですよね。それってお姉様の恋愛対象は同性なのですか?」
「ミカサはグイグイくるから。そう見えるだけです。ミカサは、私をどういう理由であれ、ヒノモトに連れ帰って巫女にしたいのが本音なんです。そういう関係ではありません」
「そうなんですか」と「彼女」は言った。
「そうですね、確かにお姉様の未来は無数にあります。マア、まだどれも確定していないので、お話はできませんけど。お姉様、たくさんの未来があるなんて楽しいと思いませんか?」
彼女は楽しそうに笑った。美しい。私はその笑顔だけで、「彼女」こそが本物の聖女だと思ってしまった。
「あなたの未来はどうなの?」
「私の未来ですか……。お姉様のお陰で無数の未来になっています。とってもワクワクします。私、こんな気持ちになったのは初めてです。とっても楽しいのです」
「そうだね。楽しそうだ」
私はただ畑と花壇の世話をしたいだけなのに。私の無数の未来に私が願う未来があることを信じたい。
ご愛読ありがとうございました。




