大雨大災害、女王退位
滝のような雨がユータリア各地に降った。家は流され、畑が水に浸かり、それなのに、一人の死者を出さなかったのは、宰相のウイルとウエルテルが万全の対策を打ってきたから。もちろんクランツと近衛師団が救助部隊として頑張ってくれたからできたのだ。
クランツが旅に出ると、こういう非常時にはめっちゃ困るよ。クランツの抜群の指導力を失うのはかなり痛い。世の中なかなか上手くいかないものだ。
上手くいかないと言えば、ホーエル・バッハ大公国から私が王家に王冠を返したら、ユータリア連合王国から離脱するという通告があった。現在のユータリアは各地の王国や自治領が集まった国ということで、ユータリア王国という公称はやめて連合王国という呼び名に私が変えた。
で、大公への私からの答えは、「ユータリア王国は聖女国と軍事同盟を結ぶ。ユータリア王国は聖女国の同盟国だ」と大公国に投げ返した。
その答えに対する大公の親書には「聖女国の庇護下に入る国を脅すようなことはしない」と、書かれてあった。かなり誤解が入っている。ユータリア王国を聖女国の属国にするつもりはまったくないのに。
問題はレクターが実質支配しているバイエルンから何も言ってこないことだ。しばらく静観するしかないのか。自分の実家が一番の不安要素なのが辛い。
ユータリア連合王国は各国、各地の支援を得てなんとか、大水害を乗り切った。大水害のどさくさで、宰相が何度か逃亡しかけたけれど、クランツ率いる近衛師団に連れ戻されていた。
私はやっと女王の座から降りた。
ウイルの戴冠式はウイルにとっては拷問だったと思う。逃亡防止のために、魔法で体の自由を奪われ、国王の宣言もヴィクターが開発した音声合成機で勝手に宣言させられたのだから。ちなみにウイルの横にはクランツが立っていて、ウイルが逃げないように完璧にガードをしていた。クランツ、グッドジョブ。
ウイルが何度かクランツに「お前がやれよっと訴えていた」のを戴冠式に参加者していた全員が無視を決め込んだ。これでようやく、ウイルも諦めたようだ。
私は、母上から初めて褒められた。「よくウイル様に王位を譲りました」のたった一言だけど。
私の戸籍も元に戻され、ウイルとの婚姻は元々なかったことになった。ウイルも私もバツイチにはならなかった。これも母上の心証を良くしたみたい。
さて、私は勘当の許しを母上から得た。晴れて私はバイエルン家の娘に戻ったのだ。これって母上からのご褒美だと思う。むず痒い気がする。私はずっと母上から認められたかったのだけど、それを諦めたら認められた。不思議な気分だ。
私はバイエルンに里帰りという名目で、バイエルンがユータリア連合王国に残るかどうかを確かめに行く。私のボンクラ頭では、レクターは王位とかにはまったく興味はないので、連合王国に残るとは思っている。でも、天才の思考は凡人ではわからないから。実際に話してみないとわからない。
「皆さま、ご機嫌よう。私、勘当が解けました。バイエルン家の娘に戻りました」
「姉上おめでとうございます。レクターが応接室で待っています。お越しください」とハンニバルがレクターのお使いをしている。ハンニバルも天才のはずなのに。天才同士が何を考えているのか? 私には想像もつかない。
「姉上、勘当処分が解けておめでとうございます」
「ありがとう。レクター」
「それと姉上、超飛び級で医学部に進学させていただきありがとうございます。これでようやく生命の神秘を解き明かすことができます」
「生命の神秘の研究ですか? 人としての倫理は踏みはずさないように」
「ええ、もちろんです。バイエルン家基準でやりますから」バイエルン家基準って倫理観がゼロなんだけど。
「バイエルンはどうするのですか?」
「対外上の顔は父上にやってもらいます。領内の統治はハンニバル兄上が行います。従来通りです。ホーエル・バッハが連合王国を離脱するらしいですが、バイエルンは父上が領主の間はバイエルン領を名乗ることにしています。ハンニバル兄上が領主の座に着いたら、その時はハンニバル兄上が離脱するかどうかを決めると思います」
「ハンニバル、あなたの考えはどうなの?」
「バイエルンは実質的には独立してますし、ユータリア王家がバイエルンにちょっかいをかけてこなければ、こちらから仕掛けるつもりはありません。ホーエル・バッハのように、バイエルンが連合王国を離脱することはありません。連合王国に残る方が利益が多いですから」
「しばらくは現状維持です」
「そうですか。しばらくは現状維持ですか」
「姉上と争うのは避けたいですからね」
ハンニバルは、私がいなければ王家を飲み込む気満々だ。父上が末長く領主でいてくれることを願うほかはないか。
ハンニバルとレクターとの会談を終えると、「彼女」のお付きが「彼女」が私に部屋にきてほしいと言っていると、私を呼びにきた。
次の投稿で完結です。




