ゆきちゃんのご両親のところにご挨拶その2
料理とお酒がテーブルの上に用意された。私は未成年なのでジュースだけど。
「俺は娘さんと結婚したい。許してほしい」とド直球でゆきちゃんの両親に結婚の許可を求める脳筋クランツだった。
「お父さんどうします? 私は良いお話だと思います」
「母さんもそう思うのか。私も良いお話だと思うよ」
見事な手のひら返しだ。お酒と宝石でコロッと寝返った。ゆきちゃんはと見ると、諦めた表情になっている。結婚は親が決めるものって思っているから、ゆきちゃんはまったく抵抗する気を失っている。少しは抗ったらって思ったりする。
「ゆき、お前の両親の許可をもらったぞ。参ったか」
さすが脳筋。結婚も勝ち負けで判断するのか。
「ええ、参りました。こうも簡単に両親に裏切られるとは思ってもみませんでした。やはり怖いのは前の敵ではなく、後ろの味方でした。参りました。降参ですよ」
「勝負は抗うことも大事だが、潔く負けを認めるのも武人として当然だ」いやあ、クランツの養い親たちが、高価な土産をクランツに持たせたから、上手くいっただけだとも言えるのだけど。
「俺はウイルが王位に戻ったら旅に出ようと思っている」とまた迷惑な話を蒸し返すクランツだった。
「構いませんよ。でも私はエマさんの副官なのでついては行きません」
「おい、小さいの。ゆきに俺と一緒に旅に出るように命令しろ!」
「クランツ、あなたはまだ旅に出るなんてことを言っているのですか? 私もウイルも近衛師団の兵士たちも全員反対したのを忘れたのですか?」
「ウイルから、私は王位をあなたに譲れと言われています。私があなたを旅になんか出すはずがないでしょう! いい加減諦めてくださいませ」
「王位はウイルに渡せ。俺から自由を奪うな」
「逃しませんよ。絶対に。ウイルもあなたも絶対に逃しません。私だって自由になりのたいですから」
「今年さえ乗り越えれば、ユータリアは平時に戻るはず。小さいのが退位したらユータリア王家は小さいのの国と同盟を結ぶ。これでホーエル・バッハはユータリア王家にはちょっかいをかけてこない。バイエルンが攻めてくれば勝ち目はないので、即降伏だ。俺の出番はない。なので俺は旅に出る」
旅に出ないでウイルを支えるという発想はないのか?
「あなたの親たちは、あなたが国王になるのを望んでいるのですよ。親孝行をしたらいかがですか?」
「モーゼル元伯爵の願いは知っている。ウインザー侯爵は俺が王位を望めば協力すると言っている。だが、俺は王位は望まない。俺は小さいのと同じように、あちこち旅をしてみたい。近衛師団長ですら、長期の旅ができない。王になってしまえば尚更、どこへも行けない」
私は女王になってからもあちこち飛び回っているのだけれど。私の畑と花壇をほったらかしてだよ。私は外国に行くよりも畑と花壇の面倒がみたいのに。
「ゆきちゃん、あなたの結婚相手に旅に出るなって言ってやってよ」
「エマさんのお言葉ですけど、クランツは世界を回りたいのです。その責任の一端は私にもあります。雑談で私たちが行った各国の話をしたのが私ですから。クランツはユータリアから外に一度も出たことがないのです。行かしてあげたいと思っています」
「ゆきは俺の味方か。嬉しいぞ」
「クランツは広い世界を見た方が良いと思うだけです」
「私としては、クランツを国王に宰相はウイル、相談役にウインザー侯爵が良いのはと思っていたのですが」
「クランツはウイルの兄ですし」
「俺は正妻の子どもではない、論外だ。ウインザー侯爵も俺が国王にならなければ、引退するはずなので期待するな」
「ウイルが国王で宰相はウエルテルだ。この組み合わせがユータリア王国には最適解だと思う」
クランツってただの脳筋ではなかったみたい。ちゃんと見ているところは見ている。でも、クランツの自己評価が低く過ぎる。軍団を率いる将の器なのに。
「クランツがユータリア王国軍を率いれば万全だと思うのだけど」
「さっきも言ったようにユータリア王家は戦ってはいけない。俺がいると俺を頼りにして一戦して雌雄を決しようと考えるバカが出る」
「ユータリアが戦争をしないために、クランツは旅に出るわけですね」と私が言うと、ニカッと笑うクランツだった。
「ゆきちゃん、クランツが旅から戻ってきてから結婚する方が良いよ。クランツが旅先であの世に行くかもだから」
「私からの条件、あなたを国王にはしない代わりに、ゆきちゃんとの結婚は旅から戻ってきてからでどうかしら?」
「ウイルが国王なんだな」
「ウイルが国王ね。あなたもウイルが逃げないように監視をしてくださいませ。ウイルが逃げたら、自動的にあなたが国王ですから」
「承知した」とまたもニカッと笑うクランツだった。ウエルテルをユータリア王家に長期派遣するのは、私としても痛手なんだけど。ユータリア王家が安定するまでは、仕方ないか。
明日完結します。




