壊れた花瓶
「ウエルテル、人間を壊れた花瓶と同じ扱いにするのは乱暴なのでは」
「おや、ヴィクター異端審問会議の連中ってエマの敵でどうでも良い人間ではなかったと言っていたように思うのだけど」
「ウエルテル、お前、ただ実験がしたいだけじゃないのか?」
「その通り、失敗しても悪い「男の魔法使い」が教皇たちを消してしまっただけ、もし成功すれば魔法医学が発展する。ケガをしてもケガをする前の状態に戻せる。病気になっても病気になる前の体に戻せる」
「ウエルテル、そのためには膨大な魔力が必要になるよ」
「僕たちの前にいる偉大な魔法使いは死者蘇生ができる。それこそ莫大な魔力を持っている。問題ないだろう」
イヤ、それって二人とも教皇様たちを助ける気持ちがゼロじゃないのか。失敗しても構わないって気持ちでやられると、もの凄く私は困る。ヴィクターも嫌な笑顔になっている。ごめんなさい教皇様、私、失敗したポイです。
イアソーさんから連絡が入った。三人ほど完全にハエの魔物になって虫かごから飛んでいった。決して自分の召使いが食べたわけではないとことわりが入っていた。それを見て絶望した者たちの魔物化が加速度的に進行しているとも書いてあった。猶予期間は一年もないみたい。
ウエルテルとヴィクターが楽しそうに魔術式を書いている。それをカオリさんが見てここはこうした方が良いとか、いつの間にか三人で魔術式を書いている。私には三人の言っていることが理解できない。
高等部の頃経験した、私だけが落ちこぼれなんだを再体験している。そうよ、私は単なる魔力の供給源なのよ。グレてやる!
「エマ、ヤサグレない。専門家に任せる方が上手くいくから」とウエルテルに慰められた。この敗北感をどうすれば拭えるのか。
レヴィ様の神代の言葉の講義は相変わらず受講させれられている。ミカサの凄まじい勢いに負けて、私がきちんと祝詞を唱えられるようになると略式の儀式ではなく、正式な儀式ができるようになると言われて、私とニコラとお付き合いでマリアも講義に参加している。
レヴィ様の講義の後にはミカサとカオリさん主催の補講が私だけに課せられている。祝詞を唱えながらの舞のお稽古。戴冠式後の余興で私は皆さんに舞を見せることにいつの間にやらなっていた。なぜにこうなるのか。
魔物化した人間を元に戻す魔法というより新しい治癒魔法というべき魔法が開発された。治癒魔法だと傷ついた箇所を活性化させて、治癒力を高めて治す魔法だったのが、時間を巻き戻すことで、ケガさのもの、病気そのものがなかったことにする魔法になった。リザレクションの魔法を行うよりかは魔力は使わない。それでも術者の寿命が十年は短くなるとは思う。そう簡単には行えない魔法だとは思う。
神代の言葉はカオリさんが書いて、ウエルテルが魔方陣を描いた。失敗すると時間が巻き戻り過ぎて、子どもになる可能性がある。下手をすると生まれる前の状態、つまり生まれなかったことになるらしい。実験はできないので本番一発勝負になる。成功する確率は三割成功、七割失敗らしい。
開発者全員が治癒魔法にしか興味がない。当初の目的が完全に忘れられている。治癒魔法の方は植物、動物実験を重ね、従来の治癒魔法では治療できなかった患者さんで実験し完璧に治癒させたので、そちらの魔法はまったく問題がない。魔力は私が担当した。
メインの神代の言葉の魔法陣については明らかに、片手間って感じで作っている。カオリさんが「文法的にはおかしくない」、ウエルテルが「この記号で大丈夫かなぁ。候補としては後三つほどあるのだけれど」とか不安要素が満載だったりする。ヴィクターの「まあこんなもんでしょう」の一言が一番怖かった。
イアソーさんから、またハエ化して虫かごから十匹ほど逃げ出したと連絡が入った。急いだ方が良いのだが、呪いの解呪は、私の戴冠式の後にすることになった。ウエルテルが術者になんらかの影響がでる可能性がゼロではないと言うので。念のため、戴冠式を優先することになった。
ドワーフ王国から国王夫妻が到着した。ウエストランドからはカバラさんと国王陛下、ホーエル・バッハからは大公夫妻。エルフの里からは長老会議の代表が二名。戴冠式特設会場の上空に天空船がやってきて、ホログラムで天界の首相と外務大臣が現れた。お茶目な元神々だ。
作業員がびっくりして逃げだしたので、突貫工事をする羽目になったけど。




