異端審問官その2
「私の身が朽ち果てるまでエマ様に忠誠を捧げます」成り行きの命令とは言えアズサちゃんの言葉が重い。また「彼女」に考えなしって怒られてしまう。
「私はエマ様の敵すべてを薙ぎ払います」
「アズサ、ありがとう。期待しています」とでも言わないとこの場が収まらない。
「デルフォイ、どういうつもり?」
「アズサ殿がエマ様を魔女だと異端審問会議に報告すると、皇帝陛下と異端審問官たちとが全面対決しますので、エマ様を神の御使にすることにしました」
アズサちゃんが異端審問会議に私を神の御使と報告しても大変なことになると思うのだけど。お茶が飲みたい気分。
「エマ様、神殿の庭でしか育たない珍しい茶葉をご用意しました」といつものようにディアブロさんが邪悪に見えてしまう笑顔で現れた。
アズサちゃんが「悪魔め」って杖を持とうしてディアブロさんに動けなくされた。
「アズサちゃん、ディアブロさんは一見悪魔に見えるけど、私の執事なの。安心してくださいね」
「エマ様は悪魔さえも使役されるのですか」とアズサちゃんがつぶやいた。使役とかではなく成り行きで契約しただけだし。しかも口約束。口に出しては言わないけど。
私はディアブロさんが淹れてくれた神殿のお茶を飲んでいる。「とっても爽やかな味ですね。美味しいです」とディアブロさんに笑顔を送った。
「雑味を含む神の茶葉は取り除くのが手間でございましたが、エマ様の笑顔で報われました」
神の茶葉が雑味っていうのは不敬だと思う。言わないけど。
「ディアブロさん、ありがとう」と言うといつもは消えるディアブロさんがにこやかな顔で私の横に立っている。凄みがあって怖いのだけど。
「ねえ、デルフォイ君、君、エマ様を神の御使に仕立ててどうするつもりかな」
「いけなかったですか? ディアブロ先輩」
「不愉快だね。帝国の神は初代皇帝だよ。エマ様をそんな下賤な者の御使って、皇帝がエマ様の御使なら許してやっても良いが」ディアブロさんがさらに笑顔になった。デルフォイさんから完全に表情が消えた。死を覚悟した雰囲気が漂っている。
「アズサ殿、実はエマ様は皇帝陛下の母上の生まれ変わりで原初の神なのだ」
デルフォイさん、なぜに私が初代皇帝陛下の母親でしかも原初の神って意味がわからないのだけど。ディアブロさんが怒っているからといって口からでまかせはよろしくない。とんでもない未来しか訪れないと思うのだけど。
「原初の神ですか。今回はそれで許してあげましょうか」と言いつつデルフォイさんのお尻を蹴り上げているディアブロさん。楽しそうでなによりです。
アズサちゃんはポカーンとしている。
「冢宰とディアブロさんは幼なじみなの。とっても仲が良いでしょう」と私は引きつった笑顔を作った。
「異端審問会議には、私が魔女ではなかったということだけを報告してくださるかしら。余計な事は一切省いてほしいの。お願いアズサ」
「私はエマ様の下女でございます。エマ様のご命令のままに」良かった。原初の神なんて言いだしたら収拾がつかなくなるもの。単純に魔女ではなかったそれだけで十分だと、今、思った。婚約破棄ができなくなるのは、惜しいと思ったりするけど。まだ時間に余裕があるし、先送りが一番良い。
デルフォイさんが、悲惨なことになってしまったけれど、とりあえず、熱核爆弾のスイッチは封印したし、当初の目的は果たすことができて万々歳だ。
白亜の街の復興に私は力を注ぐことになったけれど、帝国の臣民にとて、国教徒だけかもしれないけれど、放置するのは良くないと思う。
大理石さえ、ユータリアから運べれば復興が早まるし、私の魔女疑惑も多少収まるかもしれないし。逆に深まる可能性も高いけど。そこは聖女の肩書きを最大限に使おうと思っている。
「デルフォイ、大丈夫ですか?」
「もちろんです。私はエマ様の忠実な下僕でございます」
ディアブロさん、デルフォイさんをかなり絞めたみたい。作り笑いがとても怖い。今回のミッションで私は下僕と下女を手に入れてしまった。みんな自由にしてほしいのに。
「デルフォイ、アズサ、帝都に戻りましょう」
「はい、エマ様」と二人そろって唱和していた。気分が重い。
私は二人をハヤテ丸に乗せて帝都を目指したけど、思わぬ事態に遭遇してしまった。海底で魔物のトレインって!




