異端審問官
「今さらですが、エマ様の婚約式には教皇様は出席されていませんでした」
「皇帝が私的に発表したという扱いになっております。正式な婚約式は異端審問会議の後に行われることになっております」
「そうなのね。気が楽になりました。婚約者(仮)なんですか。良かったです」
「エマ様、皇后陛下になられるおつもりは?」
「まったくありません。アズサ」と私は久しぶりに本当の笑顔を見せた。
「エマ様、アズサ殿は彼女はレオニー様の女官であるとともに、エマ様が皇后に相応しいかどうかを審議する帝国国教会の異端審問官なのです」とデルフォイさんが遠い目をして私に告げた。
「アズサが異端審問官なんですか。凄いですね」ヨシ、これで婚約はなくなったと握り拳を作ってしまった。
「エマ様」
「なんですか? デルフォイ」
「お顔が緩んでおられます。できれば悲しみの表情とか、エマ様も貴族なのですから、作っていただきたいものです」
「ごめんなさい。デルフォイつい本音が顔に出てしまいました。以後気を付けますわ」
「でも、アズサが異端審問官なんて全然見えませんでした」
「エマ様、極秘任務なんですから当然でしょう。アズサ殿は異端審問官で最優秀と評判の方ですから、見えなくて当然だと思いますが!」とデルフォイさんが歌うように言う。
「エマ様」
「なんですか? アズサ異端審問官殿」
「国教徒に改宗されるお気持ちはございませんか?」
「ごめんなさい。まったくありません」
「そうですか。とても残念です」とアズサちゃんがとても残念そうに言う。
「エマ様を魔女として処刑することになってもですか?」
「それが帝国の方針なのですから仕方ございません」
アズサちゃんはスッと杖を出した。紫色の石にアズサちゃんが触れると杖は大鎌に変形した。魔力をまったく感じない。どういう仕組みなんだろう?
アズサちゃんはここの神殿にあるすべての神像及び私を処分する意図が伝わってきた。でも私への殺意はまったくない。ただこの世から滅するのが、彼女の義務なのが痛いほど伝わってくる。
私は神像すべてに硬化魔法をかけた。念のため簡易結界も張っておいた。アズサちゃんの大鎌が私の首を落とそうとヒューと、振られた。私はスッと後ろに後退したけれど、その動きに合わせて、アズサちゃんが踏み込む。アズサちゃんの大鎌が私のシールドを二枚粉砕した。
この戦いは長期戦になる。アズサちゃんは力まず自然に大鎌を私に振り下ろしてくる。なんの躊躇もなく、私は避けることに全力をあげているけど、アズサちゃんの先読みが的確でシールドがまた粉砕された。
アズサちゃんからは本当になんの感情も伝わってこない。ただ完璧な仕事をするただそれだけって感じだ。
「エマ様、アズサ殿への手加減はアズサ殿を傷つけます」とデルフォイさんが忠告してくれた。わかっている。でも、私はアズサちゃんを気に入っている。私のウインドミルをアズサちゃんは受け止められるだろうか? 私はアズサちゃんを信じたい。
「ウインドミル」上下四枚の風の刃、左右六枚の風の刃がアズサちゃんに向かって放たれた。私は一切手は抜いていない。彼女の誇りを絶対に傷つけたりはしない。
アズサちゃんは大鎌を変形させて盾を作った。アズサちゃんの頭の上はガラ空きだ。
「ライトニングサンダー」アズサちゃんの頭上に雷が落ちた。
アズサちゃんはウインドミルを弾いたものの、ライトニングはモロに受けたように私には見えた。でも、アズサちゃんはまだ立っている。でも盾は床に落としていた。
「私ではエマ様を倒すのは無理でした。わかってはいたのです。私はここで死ぬことになっております。審問官の失敗は即、死でございます。異端審問官は常に見張られておりますゆえ。レオニー様には、私が逃亡したとお伝えください」
「ねえ、デルフォイここって異界だよね」
「はい、亜空間でございます」
「異端審問官さんたちにここの様子を見ることができるのかしら?」
「何も見られないのは気の毒なので、ダミー映像を見てもらっております」
「アズサ殿にはエマ様の真のお姿が見られるようにしましょう」デルフォイさんが変なことを言い出した。
アズサちゃんが跪いて私に祈りを捧げ出した。
「デルフォイ、何をしたの?」
「エマ様が纏う精霊が、アズサ殿に見えるようにしました」
それはダメだろう。精霊が輝きながら私の周りを飛んでいるのだから明らかに人外決定だよ。勘弁してって、アズサちゃんが短剣を取り出して自分の喉をつこうしている。
「アズサ、やめなさい!」
「神の御使に刃を向けました。これは自死してお詫びする以外ございません」
「私は許しません。アズサ、私に仕えなさい」




