熱核爆弾のスイッチ
「デルフォイ、熱核爆弾のスイッチについて皇帝陛下に話していないの?」
「記憶にございません」
「えっ」
「皇帝陛下、冢宰から熱核爆弾のスイッチのお話はありましたか?」
「さっきも言ったように朕はそのようなスイッチなど知らぬ」
「あのうですね。皇帝陛下がいつも首からかけておられますペンダントがそのスイッチでございます」
アール君の顔から表情が消えた。「朕には、このペンダントを握りしめる癖があるのだが!」
「そう言えば、何度か私もその癖は直した方が良いと言っていましたね」とデルフォイさんはにこやかに笑った。デルフォイさんは元々悪魔だから地上がどうなろうと関心がない。でも、熱核爆弾ってこの星丸ごとなくなるから、デルフォイさんも困るのではと思ったりもする。
「ペンダントを握りしめてはめ込まれた宝石が外れたり、壁に投げつけたりしてペンダントが壊れると熱核爆弾を搭載したミサイルが地上目掛けて発射されます。元々対天界用の兵器だったのですが、予算不足で地上までしか飛ばせないのです。次回配備の際、天界に届くミサイルの開発をしたいと思っております」とデルフォイさんが胸を張った。そんなもの開発しなくて良いから。
アール君が恐る恐る首からペンダントを外した。「このペンダントをどうすれば良いのか?」
「皇帝陛下、お願いがございます。この小箱にそのペンダントを入れてはもらえないでしょうか?」
「入れるとどうなるのか?」
「この小箱についている魔石に触れると鍵がかかります。鍵を外す際は魔石に登録した者、全員が魔石に触れないと、小箱は開かない仕組みになっております」
「私としては、皇帝陛下、レオニー様、冢宰のお三方が小箱の鍵になるのが良いのではと思っています。帝国の防衛の要ですから」
「朕はエマも鍵になるべきだと思う」アール君はそう言うけど、私はそんな大それた者にはなりたくないのだ。
「私も皇帝陛下のご意見に賛成でございます。将来の皇后が鍵ではないというのは理解しかねます」
「私もエマ様が小箱の管理をするのが最善だと思います」レオニー様の笑顔に私は屈した。
小箱にペンダントを入れて蓋を閉めて魔石を撫ぜるだけでその人は鍵として登録される。皇帝陛下。レオニー様、私、冢宰の四人が魔石に触れて鍵になった。小箱を覆うように幾重にも私は結界を張った。登録者以外の者には小箱は触れない。
小箱が皇帝執務室の机の引き出しに入れられた。
やっと緊張が解けて、私はその場に座り込んでしまった。「デルフォイ、もうペンダントはないですよね?」
「ペンダントはございませんが熱核爆弾のスイッチの予備がまだございます。
「えええええー」と貴族にあるまじき奇声を私は発してしまった。
「デルフォイ、その予備のスイッチはどこにあるのですか?」
「神殿にございます」
「デルフォイ、神殿に案内してください。可及的速やかにです!」
「神殿ですが、後見人騒動の際に砲撃を受けまして現在再建中でございます」
熱核爆弾のスイッチがある神殿を砲撃するなんてバカなのアホなの。
「再建工事は一時中止してください。スイッチが心配です」
「皇帝陛下、デルフォイと神殿に行って参ります」
「朕も行きたい」
「アール、あなたが神殿に向かうのは、神殿が再建されてからでないと、再建に携わっているものが不敬罪に問われます。今回は私とお留守番をしましょう」
「母上とですか」アール君がとっても嬉しそうだ。こういう親子の関係に私は憧れる。うちはギスギスしてたから。
私はデルフォイさんとハヤテ丸に乗船している。ここでもアール君が男性と同じ船に二人きりで乗船するのは、許可できないって言い出して困った。結局、レオニーさんお付きの女官が同乗することで落ち着いた。女官の名前はアズサという十七歳の活発な女の子だった。おしゃべりなので、たまにイラッとするけど。
「エマ様、この船はどうやって動いているのですか? エンジン音がまったく聞こえません」
「アズサ、この船は魔法で動いています」
「エマ様は邪法をお使いになるのですか? 異教徒、魔女なんですか?」
「アズサ、言葉に気を付けなさい、皇帝陛下の婚約者だぞ」とデルフォイさんが厳しめにアズサを叱った。五分でその効果は消えるけど。




