前皇后に会いに行く
私はヴァッサを操って、アカデメイアで静養している「前皇帝陛下」に会いに行った。とても無理なお願いをしに。
「皇后陛下、お元気ですか?」
「私はすでに亡くなったことになっているので、レオニーと呼んでくださいませ」
「レオニー様、お願いがございます。さっそくですが、どうか私の侍女になってくださいませ」
「はい?」
「私の女官として帝都に戻っていただきたいのです」
「エマ様、何かアールにあったのですか?」
「はい、アール様の心がとても不安定なのです。私が常にそばにいられれば良いのですが、私に向かって地上の厄介ごとが押し寄せています。私はアール様と一緒にいられないのです」
「一度で良いので帝都に、私と帝国に戻ってほしいのです」
「アールがそれほど軟弱だったとは、私の教育が至らなかったせいです。謝罪します」
「わかりました。私、喜んでエマ様の女官になりましょう。まさか前皇后が女官になると思う者はいないでしょうから」
「ありがとうございます。レオニー様」
「私はエマ様の女官ですからレオニーで良いですよ」
「では、ドラゴンに乗っていただきます」
「えっ、ドラゴンにですか?」
「少々急ぎますので、ウエストランドまでドラゴンに乗って空を飛んでいただきます」
「エマ様は楽しい方ですね」私は今切羽詰まっている。いつアール君が癇癪を起こしてスイッチを押すかわからないのだから。
さすが帝国の皇后陛下、ドラゴンに乗っても怖がることもなく、とても楽しそうだ。
「ドラちゃん、ウエストランドまで特急でお願いね」
私は青色の精霊の装束を着るとヴァッサでアカデメイアを飛び出した。ドラちゃんは余裕でついてきている。
「エマ様、空を飛ぶのは気持ちが良いですね」とレオニーさんが笑う。
「次回、空を飛ぶ時は観光しながら飛びたいと思っています」
ウエストランドに到着するとレオニーさんにハヤテ丸に乗ってもらい、帝都を目指して出航した。ハヤテ丸の自動操船機能は停止、エンジンもかけず、シールドに包んで魔力で帝都までハヤテ丸を運ぶ。
「この船は海底を飛んでいるように進んでいるように感じるのですけど。もの凄く早い!」
「はい、魔法で動かしているので通常速度の倍は出ているかもしれません」
「魔法って凄いのですね。だから何度も禁令を歴代皇帝が出したのでしょうね」とレオニーさんはつぶやいた。
帝都に無事到着した。良かったまだ世界が破滅していない。私はデルフォイさんに帝都に到着したことを念話で伝えたら、皇帝自ら私を迎えにきた。そしてレオニーさんを見て硬直してしまった。
まさか私がアールの母親と一緒に戻ってくるとは思ってはいなかっただろうから。
「アール皇帝陛下、これは地上で私の女官として雇ったレオニーでございます」
「ええ、それで良いのですか?」アール君の思考がついていっていないのがよくわかる。前皇后が女官ってあり得ないものね。
「皇帝陛下、もう少し威厳をお持ちください。目が泳いでおりましてよ」とレオニーさんがアール君をからかっている。
「少し、びっくりしただけです。心配はありません」
「言葉が少々崩れております」
「早く、宮廷に戻ろう」私たちは皇帝専用の自動車に乗った。アール君は何がどうなっているのか混乱しているようで、車の中では何も話さなかった。
私も世界の命運がかかっていたので、無理を承知で前皇后陛下に頼った。私が帝都を留守にしても皇后陛下がそばにいれ皇帝の心の安定は保てると思うから。それと「彼女」の予言なのでさらなる安全を確保したいと私は考えている。みんな協力してくれるだろうか?
宮廷に到着すると冢宰のデルフォイさんが怪訝な顔で出迎えてくれた。そのまま私たちは皇帝の執務室に向かった。
「ごめんなさい」と私は最初に謝罪をした。「彼女」の予言を話しても誰も信じないだろうけど、「彼女」の予言を話さなくては。現状私一人が何かに怯えて必死になっているようにしか見えない。
「エマ様、一体全体どうしたというのです。静養中のレオニー様まで引っ張り出して」
「たぶん誰も信じてはくれないと思うのですが、私の妹には未来が見えるのです。その妹が皇帝陛下が熱核爆弾のスイッチを押すと予言したのです。私はその予言を阻止しようとして皆さまにご迷惑をおかけしました。ごめんなさい」
「朕はその熱核爆弾のスイッチなど知らぬし、知らぬものを押すわけがないではないか?」と思い切り不満そうにアール君が私に抗議をしてきた。
デルフォイさんは唖然とした顔で「帝国の最高機密が漏れるとは」とつぶやいている。レオニー様は真っ青な顔になっていた。
アール君だけが知らないわけ。それって偶然、アール君が癇癪を起こしたはずみでスイッチを押してしまうってどんだけ杜撰な管理なんだよ。世界が破滅するって言うのに!




