エンドラ動く
メンゲレ男爵が裏切った。ヒノモトと言う聞いた事もない東の国の姫君の庇護下に入ったとの情報が飛び込んで来た。ヒノモトと言う国は黄金の国らしい。その姫君は王族待遇で国賓としてこの王国に来ている。身分を隠して高等部の生徒として寮で暮らしている。しかもあのアホズラのルームメイトだと言うではないか。
ハンニバル、早く大人になってこの侯爵家を救ってほしいとエンドラは願った。また、エンドラは、無名の東の国の姫君を国賓で招くなど王家の格が落ちることを、大貴族の横暴を、この侯爵家の当主として絶対に認めることはできないと考えた。
アホズラと姫君の暗殺は確定している。ただ、ホーエル・バッハ家の王家を蔑ろにする態度をもはや許すことはできない。ホーエルバッハの当主、また後継者の暗殺で王家の威光を示さないといけない。しかし、メンゲレが裏切った今私には手駒がない。長男と長女を刺客として向かわせよう。死んでも我が家のために殉じるのだから本望だろうから。
私は、長男と長女を呼び出した。長男は病と称して別宅から出て来ない。長女は他家に嫁ぐのが決まったので母上の命は受けないと断ってきた。どいつもこいつも使えない。まだ幼いハンニバルのためにも、ここで長男も長女も始末しておくことに決めた。
兄上の暮らしていた別宅は大規模な火災が起こって消失した。別宅には偶然訪ねていた姉上もいたらしいと父上の手紙には沈痛な想いがこもった字で綴られていた。
母上が兄上と姉上を始末したのは間違いない。しかしおかしい、前の私の時は兄上は別宅に引きこもり、姉上はお酒ばかり飲んでいたけど、始末はされてはいなかった。
母上は明らかに焦っている。何かに、あの母上が怯えている。メンゲレ男爵に裏切られ、直属の暗殺部隊も壊滅した今、動けるのは母上のみ。暗殺部隊の再構築もせずに母上自ら動くとは予想もしなかった。
ホーエル・バッハの邸宅が何者かによって放火された、屋敷のほとんどは消失し、ホーエル・バッハ家の後継者の息子が焼け死んだと言う話が学校内に飛び交った。王家とホーエル・バッハとの戦争は避けられないと、生徒たちも教師たちも口々に言い出した。どちらの側に付くべきか、中立の道はないのかと探り出した。しかし、王家が異端の教徒が犯人であると発表し、その異端の教徒は即日処刑された。ホーエル・バッハ家も王家との全面戦争は望んでいなかったため、それで納得してみせた。しかし、国内では異教徒、イグノー教徒狩りが始まり、あちこちで異端審問会が開かれ多くの無実の人々が殺され国中が騒然となって来た。
母上がやったに違いないが誰もそのことを口にはしなかった。私は母上の狂気を感じる。
国中が騒然としているのに、なぜかバイエルンの領内は異端審問会も開かれることもなく、他領から流入してくる人々を受け入れ、安い労働力を確保して領内の経済は向上している、領民の暮らしが良くなっている。バイエルン領だけが、国内の争乱とは無縁と言う不思議な光景になっている。しかも異端のイグノー教徒を積極的に受け入れているらしい。
バイエルン家のみが利益を得ている事から、王家のみならず大貴族からもかなり怨みを買っている。おかしい、母上は王家の利益第一に考える人だ。この絵を描いたのは別人だと私の直感は教えてくれた。一体誰があの母上を操っているのか、まったく見当もつかない。
エンドラのババアが先走ったお陰で俺の計画が無に来するかと思ったら、領主(仮)上手く立ち回ったじゃないか、とくにイグノー教徒は商工業分野では突出した才能の者が多い。他領はイグノー教徒を弾圧している。イグノー教徒は安全なバイエルン領にやって来る。富はバイエルン家が独占出来る。さすが領主(仮)の手腕は優れている。
エンドラのババアが所在不明になったことも大きい。おそらく、二女の暗殺に自ら赴いた。俺としては二女がエンドラのババアを消してくれれば良いと思うのだか、お人好しのようなので期待出来ないか。
俺もエンドラのババアはすごいと思う。出産直後に動くとは。これでこの国は動乱の渦に巻き込まれて行く。下克上の始まりだ。まさに俺に相応しい時代が来た。俺がまだ1歳なのが本当に残念だ。
 




