クラーケンを捕獲するその5
私とゆきちゃんは安宿を探して街を歩いている。私もゆきちゃんも防犯面ではまったく問題がないから、ゆきちゃんは眠らないし。ゆきちゃんに勝てる強盗は考えられないし、私の周囲には精霊が満ちているので、私に襲いかかった途端、その人は冥府に運ばれる。
「エマさん、美味しそうな匂いがします」と言ってゆきちゃんが匂いの方向へ歩いて行った。そこには、ホテル「お食事何処」というホテルなのかお食事何処なのかはっきりしてほしいと思ってしまうネーミングの建物が建っていた。
「ここって宿泊できますか?」
「もちろん、お食事何処という名前のれっきとしたホテルですから。何泊ほどのご宿泊でしょうか?」
「そうですね、延泊もできますか?」
「はい、満室になったことは過去ございません。大丈夫です」
「それでは、とりあえず一週間お願いします」
「前金制になっておりますので、金貨三枚のお支払いになります。日割り計算はいたしませんので、もし二日間のご宿泊になったとしでも返金はいたしませんので、ご了承ください」
「承知しました」
「あのう、とっても良い香りがするのですが」
「隣の食堂で、今日のメインはサモンのバター焼きを作っております。ご宿泊者様は宿泊者割引で食べられます。これが割引券です。銀貨二枚のところが銀貨一枚になっております」
「ゆきちゃん、食べますか?」
「ええ、とっても良い匂いですから」ということでお隣の食堂に行ってサモンのバター焼きを注文した。
バイエルンも聖女国も内陸なので新鮮なお魚が食べられない。魚料理はとても珍しかったりする。ウエストランドではお魚料理がメインだけれど、焼くか、香味野菜と一緒に煮るとかシンプルな料理が多い。
サモンのバター焼きを食べてみた。見た目は味が濃いかなあと思ったものの、バターがほどよくサモンというお魚の旨味を引き出している感じ。見た目と違って味はあっさりしていた。びっくりしたのはパンが柔らかい。ユータリアのパンはかなり固くて時間が経つとミルクに浸してから食べないと食べられない。どうやって作っているのか知りたいけれど、秘伝になっていると思うので、教えてもらうのは無理だと思う。
メロンジュースとかいう知らないドリンクがメニューにあった。私はやはり飲み慣れたリンゴジュースを注文する。酸味がきいていてそれほど甘くないので私は好き。ゆきちゃんはもう少し甘い方が良いみたいなことを言っている。
ホテルを出てゆきちゃんと街の中を散策中。今はお昼という設定なのでドーム中央に人工太陽が出ている。地上と同様に人工太陽は西に沈む。
「あの人工太陽ってどういう仕組みなんだろうね」
「ヴィクターさんがあれこれ、調べ回っているので、帝都に戻ったら尋ねてみては」
私とゆきちゃんはそんな話をしながら様々なお店をウインドショッピングをした。
「服の種類が多いですね。しかも新品ですよ」ユータリアの服は貴族があつらえて、着ることがなくなった服は専門業者が買い取って、高級中古の服を扱う店に流れる。その服がさらにボロくなると今度は庶民の古着屋に売られて、最終的には雑巾になるまで使い倒している。服は貴族しか新品が着られない。とは言え最近は貴族もお金がなくて中古品を買っているけれど。
お店に入ってみた。店員は私たちをちらっと見ただけで側には寄ってこない。試着室という部屋がある。見ていると試着室に入って気に入れば店員を呼んで簡単にお直しをして買っている。
「ゆきちゃん、ほしい服はありますか?」
「軍服はないみたいですね」
「ここ、婦人服のお店だから軍服はないと思うよ」
ユータリアの貴族の女性がよく着ているフリフリの多いドレスがない。すべての服が機能的というか、装飾過多な服がない。あんまり可愛いくない。しかも、同形の服が色違いで展示されているのには圧倒された。
買いたいと思える服がなくて店を出てぶらぶら歩いていると、協会で聞いた書店を見つけたので、入ってみた。薄い本が多い。ユータリアと違って物語の本が多い。同じ本が何冊もあってびっくりだ。平台には絵というにはあまりにリアルな絵が表紙を飾っていた。これも何冊も同じ絵が表紙になっている。不思議だ。
料理のレシピ本も多い。パラパラ中を見てみたら、魚料理がやはり多いみたい。このあたりの書棚の本は実用書が多いみたい。奥に行くと科学一般とか社会科学とか自然科学とかの表示があった。平民でもこういう本を読むのだろうか?
「エマさん、海の魔物事典がありますよ」そこは児童書のコーナーだった。私の容姿ならぴったりのコーナーだとは思うけど、なんとなく抵抗感がある。




