父上が母上?
不用意に言ってしまったゆきちゃんはアワワ状態。それを不思議そうにヤン君とダン君が見つめている。
アール皇帝陛下はぼんやりしていた。
「アールさん、しっかりしてください」
「女王エマ、どういうことなのか? 説明してほしい。ここに寝ておられるのは誰なのか? 父上はどこにおられるのか?」
「それは「父上」から説明をしてもらうべきかと思います。間も無くお目覚めだと思いますから」
アール皇帝陛下は静かに「父上」が目覚めるのをベッドのかたわらで待っていた。
「アール、なぜお前はまだ私と一緒にいるのか? すぐに宮廷に戻らないといけない」
「あなたは誰なのですか? 父上はどこにいらっしゃるのですか?」
「あなたの父上は、私があなたを産むんで、しばらくすると流行り病であっという間にお亡くなりになりました。それまではあなたを毎日のように抱いてそして踊るように、宮廷内を歩き回っていたのに。あっけなかったです」
「あなたも知っているでしょう。ムーラ帝国の皇帝は男性でないといけないのを」
「ムーラ帝国では幼帝の後見はお父上の弟と定められています。あなたの叔父上は帝位を望んでおられたので、あの時、あなたはとても危険な立場にいました。ですから皇帝陛下の弟君が亡くなるまで、冢宰と相談の上。私が皇帝の役を演じました。公には亡くったのは皇帝ではなく皇后ということにしました」
「もちろん宮廷内では、本当は皇帝が亡くなったのではと疑う者もいました。そう思う家臣は宮廷から遠ざけました。結果はほとんどの家臣を宮廷から追放せざるを得なかった。そう誰も信じてはいなかったの」
「それで、冢宰が人形ゴーレムで近衛兵団を作って反乱に備えました」
「ようやく、皇弟殿下が馬から落ちて亡くなり、そのすぐ後です。皇弟殿下があなたから帝位を奪うつもりだったという証拠がたくさん出てきました。私は、ただちに皇弟殿下の妻、子ども、愛妾とそれらの縁者を全員を粛正しました」
「それが終わったら、私は安心してしまったようで、体調を崩してしまい、あなたに帝位を譲って後宮に引きこもりました」
「体調を崩しているのに頑なに医師の診察を拒否されたのは?」
「私が女であることを知った者は消さなければいけませんでした。私はこれ以上、人を殺めたくはなかったのです」
「母上でと呼んでよろしいのでしょうか?」
「構いません。ここは地上ですからね」
「女王エマ様、お願いがあります」
「なんでしょう。皇后陛下」
「私はムーラ帝国には戻りません。あなたに保護を求めます」
「母上、私が母上をお守りします。ムーラ帝国に戻ってください」
「ダメです。私は帝国臣民を騙してきました。帝国には戻れません」
「アール、私は療養の甲斐なく地上で亡くなったことにしてください」
「母上!」
「私は女王エマ様の庇護下にに入ります。また会えますよ。アール」
「皇后陛下、私の庇護下に入れるにあたって条件があります。海水から真水を作る方法を教えてください」
「教えるのはまったく問題ありません。海底都市にある書店に行けば製法を書いた本がたくさんありますから。ただ、あなた方にそれができるかどうかは別問題ですけど」
海底を進む船と言い、海底都市と言い私たちとは技術力が違うのはよくわかっている。
ヴィクターにムーラ帝国に行ってもらおうか。ヴィクターが抜けた穴は誰が埋める。ウエルテルは外交をやってもらわないと。私の国は人材が不足し過ぎだ。
「女王エマ様、それともう一つお願いがありません。アールに兵士五千名お貸し下さい」
「帝位を狙う者はほぼ取り除いたとは思うのですが、絶対ではありません。女王エマ様とアール皇帝との間で同盟を結んでいただきたい」
兵士五千名なら私が二度、三度往復するだけで運べると思う。海底都市への派遣だから志願制にして半年交代かなあ。それまでに大型の潜水艇を開発しないと私が大変なことになるけど。
「皇后陛下、承知いたしました」って答えるしかない。
「母上は本当にムーラ帝国には戻られないのですか?」
「ムーラ帝国が安定したら、こっそり里帰りをするつもりですよ」
「そうですね。アールの頑張り次第です」と皇后陛下が楽しそうに笑われた。
「エマさん、エマさんの副官として具申します」
「何、ゆきちゃん改まって?」
「誰も海底になんて行きませんよ。兵士五千名って無理です。海の中で暮らせるわけがないってみんな思いますよ」
「でしょうね。どうしようか?」
「エマさん、どうしよかはないですよ」とゆきちゃんは真剣に怒っていた。
そう言われてもダメですって言えるわけがないから。スライムを使わずに大量の水を作る技術がどうしてもほしい。そのためにはムーラ帝国と友好関係でいたい。でも、どうしようか?




