ムーラ帝国その4
トテトテと七歳くらいの男の子が出てきて玉座に座った。玉座が皇帝陛下の背丈くらいの高さにあるので、皇帝陛下は苦労して玉座に登った。私は思わず「誰か手伝えよ」ってと言ってしまった。
「朕はムーラ帝国第百二十代皇帝アールである。その方らはどうして帝国に来たのか?」
「お答えしてよろしいのでしょうか?」
「構わぬ。今日は冢宰も不在ゆえ直答を許す」
「ユータリアにある古代ダンジョンで視察中の帝国臣民の皆さんに帝国に来るように言われて、帝国に参りました」
「古代ダンジョンとは帝国の財宝が隠されているところのことか?」
「視察中の皆さんはそう言っておられました」
「彼らは財宝の回収に失敗した罪で牢に入れている」
「視察に来られた方々からの報告は受けておられますか?」
「いや、彼らが戻ってくるとすぐに牢に放り込んだので、何も聞いていない」
地上を視察させた意味がないと思うのだけど。これが帝国のやり方なら特に文句はない。
「宮廷内に地上の人間を捕らえたという噂が流れていたので、朕が確認したところそなたたちが見つかった」
私たちって本当に忘れられていたんだ。
「それで、朕は名前を名乗ったのに、なぜその方らは名前を言わないのか?」
「私は冒険者バニラと申します」
「私はゆきと申します」
「ええと、ゆきとやら、その方毎日朕の食事を運んできている者に似ているのだが」
「はい、運んでおります」
「その方が運ぶようになってから朕は温かい食事が食べられるようになった。嬉しく思っている」
「食事は温かい内に食べないと美味しくありませんから」
ゆきちゃんの場合、数百キロの森で小一時間で猪を狩って戻ってくる娘だから秒で食事を運んでいるのだろう。
冢宰様、ご入廷となぜか皇帝陛下の時にはなかった呼び声があった。
「その方らなぜ、生きている。お前たちには食事、水を与えるなと命じたはずなのに。しかもなぜ、手枷をしていない」
「冢宰様、申し訳ありません。手枷は勝手に壊れました。それと牢屋の扉の鍵も壊れておりまして、私たちはずっと自由でした」
「近衛、この二人を捕らえよ。近衛に命じる。この者たちを捕らえよ!」
「なぜ、動かない。私に逆らうとどのような目にあうか知っておろう! 土に戻すぞ」
近衛の皆さんは見えないロープで縛られて動けない。私がこっそり魔法をかけた。冢宰が何か呪文を唱えると檻が降ってきた。その檻の中にはフェンリルという絶滅したはずの狼がいた。
「エマじゃなかった。バニラさん、見たことのない狼ですよ」
「ゆきちゃん、あの狼はユータリアでは絶滅したフェンリルって狼なのよ」と二人で相変わらず緊張感のない会話をしていた。
フェンリルがゆきちゃんに近寄ってくるなり、お腹を見せた。ゆきちゃんは嬉しそうにフェンリルのお腹を撫ぜている。
私は檻を消した。フェンリルはゆきちゃんを守るように冢宰に牙を剥いていた。
「お前たちは何者? いや言わなくても良い。お前たちは天界の者に違いない」
「そうであろう!」何を一人興奮しているのかわからない。どうもムーラ帝国を海に引き込んだのは天界の人たちみたい。どうせ、ドワーフにやらせたのだろうけど。
困ったなあ。このオジサン完全に逆上してるから、もう何を言っても聞こえないし。
「アール皇帝陛下、お願いがございます。牢に入れられている視察団の皆さんをここに招いてください」そう言いながら近衛の皆さんを縛っていたロープは消しておいた。
「良かろう。近衛、視察に行った者たちをここに連れて参れ」皇帝がそう命じると近衛兵全員が大広間を後にして牢に行ってしまった。見ようによっては全員が逃げた。これには皇帝陛下も冢宰もびっくりしていた。
「天界の使者よ。我々は天界には逆らわない。絶対にだ。地上に逃げたムーラ帝国の臣民は必ずここに戻すことを誓うので、大人しく天界に帰ってほしい」
「冢宰様が、何もしなければ私たちも何もしませんよ」
「冢宰、朕もこの者たちには悪意がない。安心して良いと思うぞ」
「陛下」と一言言うと冢宰はその場に座りこんでしまった。
「冢宰様、この子連れて帰っても良いですか? フェンちゃん可愛い過ぎるので」とゆきちゃんが冢宰さんにおねだりしている。
「勝手にすれば良い」
フェンリルがゆきちゃんの顔を舐め回して、ゆきちゃんの顔はフェンリルの唾液でベトベトになっている。ゆきちゃんってテイマー素質があるのかも。あるいは単なる動物好きかなと、私は視察団の人たちが来るのを待っている間ぼんやり考えていた




